スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

人形劇を通してこどもたちに夢を

大阪市内の幼稚園や子ども会からの依頼を受け、子どもたちが大好きな人形劇や紙芝居を巡回公演する大阪市立こども文化センターの「こどもクラブ号」。25年前に活動を始めたきっかけは「わが子の笑顔」。いつしかそれは「大阪の子どもたちの笑顔」へと変わっていきました。「子育て中だからこそできたこと」というボランティア活動の極意を伺いました。

人形劇団ベル代表 中津川多津子さん
なかつがわ たづこ  1948年大阪市東住吉区出身、住吉区在住。1982年大阪市立こども文化センター主催の「人形劇講習会」修了後、受講者11人とともに「人形劇団ベル」を結成。以来活動を続けて25年、メンバ−3人。「こどもクラブ号」の活動を中心に、20種以上におよぶさまざまな人形劇公演を展開し、人気を博す。「はじめての腹話術」「エプロンシアター」「バルーンアート」「手づくり人形」などの講師も務める。大阪市立こども文化センター理事。大阪市人形劇連絡会代表。大阪国際人形劇フェスティバル2005猫の手隊長。大阪国際人形劇フェスティバル2008を成功させる会事務局長を兼務する。

子どもに徹底させた3つの約束

藤本 人形劇の活動をして25年になるのですね。きっかけは何ですか。

中津川多津子さんとの対談写真 その1

中津川 大阪市立こども文化センターで開催された、人形劇の講習会に参加したのが始まりです。

藤本 人形劇を「見る」のではなく、「演じよう」と思ったのはなぜですか。

中津川 上の子が小学1年生、下の子が幼稚園の年少さんのときでした。こども文化センターや「おやこ劇場」で人形劇を見せたら、2人ともすごく喜んだんです。早速、講習会に参加すると、「これなら私にもできるかもしれない」と直感しました。

藤本 「人形劇団ベル」は、まさに子どもの笑顔から始まった活動なんですね。

中津川 人形劇を通して、子どもに夢や感動を与えたかった。振り返ると私の子育ては人形劇とともにあったという気がします。

藤本 子育てだけでも大変なのに、活動を続けられてしんどくなかったですか。

中津川 大変なこともありましたが、公演には子どもを連れていき、ほかの子どもたちと一緒に人形劇を見せていました。そのうち舞台裏であれこれ手伝ってくれるようにもなりました。子どもを巻き込んで活動できたのがよかったのかもしれません。

藤本 きっとお子さんたちは、ごく自然に「お母さんは人形劇をする人」と思いながら成長していったのでしょうね。

中津川私が楽しんでいるのを一番知っているのは、うちの子たちです。

藤本 子どもたちにとってはお母さんの笑顔が一番ですし、みんなのためにやっていることもわかっていたと思いますよ。

中津川 誰かのためというよりは、自分のためなんでしょうね。人形劇を通して子どもたちとふれあうことで、たくさんの出会いや感動があり、本当に楽しかったんです。子どもたちも一緒に何かを感じながら育ってくれたと信じています。

藤本 今は、多くの母親たちが孤立した子育てに悶々としています。中津川さんのような地域での活動が、いい子育て社会をつくるのでしょう。

中津川 わが家は「中津川保育所」といわれていたほど。毎日のように、近所の子どもたちがたくさん遊びに来ていました。昔は私のようなおせっかいおばちゃんもいましたが、今はそんな人も少なくなっています。さびしいですね。

藤本 地域の人々が交流できる場を、あえてつくらなければならない時代になりました。

中津川 子どもは大勢の人の中で育っていくのが一番です。さまざまな場面で人としての大事なことを学んでいきます。

藤本 お子さんはもちろん、周りの子どもたちをどんな風に育てられたのですか。

中津川 昔から「男の子は頭を下げて大きくなる」といいますが、うちは男2人。やんちゃもしてご近所に迷惑もかけたと思います。そのたびに頭を下げてきました(笑)。

藤本 なるほど。そういう意味なんですね。

中津川 うちの子もよその子も同じ。挨拶はきちんとする。うそをつかない。人に迷惑をかけない。この3つは絶対の約束です。

藤本 今は「しつけ」も学校に任せるような時代。そういうことを地域の関わりの中で自然に学べたらいいのですが。それにしても、ひとつのことをここまで続けるには、ご苦労もあったのではないですか。

中津川 子どもが思春期のころがひとつの山でした。「人形劇ばかりやって…」と不満を言ったり、口をきいてくれない時期もありました。中津川多津子さんとの対談写真 その2

藤本 多くの母親たちが一度は通る道です。母親が何かに夢中になればなるほど、子どもたちは反発する。ここで挫折する人もたくさんいます。

中津川 子どもが「こっちを向いてよ」と叫んでいる。わかっていても「ここでやめたら、あかん。あとで息子が傷つくやん」と。でも悩みましたね。「私は今まで、一体何のためにやってきたん?」。そう思ったら「とことんやるしかないな」と。

藤本 本気でやってこられたからこそ、そう思えるのですね。ボランティアも責任のある仕事です。

中津川 プロでなくても、待っている子どもたちがいるからには、やめられません。

藤本 子育てと仕事(活動)の両立は大変ですが、時には仕事を優先せざるを得ないときもありますね。やはりバランスが大切ですね。

中津川 幸い長く続けられたのは、夫や子どもたちの理解があったからですが、いざというときには、いつでもやめる覚悟はできていました。何があっても、一番は家庭ですから。

藤本 母親の活動には、家族の応援が必要です。パートナーは、中津川さんの活動をどう思っていらっしゃいますか。

パジャマや制服でつくる人形たち

中津川 夫は協力的で、お互いに好きなことやろうというタイプですね。実はここにある人形はすべて手づくりですが、この子(人形)たちが着ている服はどれも、子どもや夫が着ていた服でできているんです。パジャマだったり、幼稚園の制服だったり。夫も子どももそれを喜んでくれています。こうした活動ができるのも、家族あってのことです。

藤本 ご家族の思いや歴史がいっぱい詰まっているんですね。だからでしょうか、古めかしさに味があります。表情も豊かですし、かわいいだけではなく、何かがビンビン伝わってきますよね。

中津川 今日連れてきたのは、10年以上一緒に活動してきた人形ばかり。私の人生のパートナーともいえます。

藤本 それにしても、生きているみたいに、どれもよくできていますね。

中津川 1体の人形をつくるのに数か月もかかります。体だけでなく、耳や目などの素材もあれこれ試してみたり。面白いエピソードですが、あるとき完成間近のきつねの人形を見て、夫と息子が「こいつはどうも違う」と言うんです。私としては丹精込めてつくった人形にケチをつけられて納得できずにいると、こう言いました。「おかんは人形をつくって20年やけど、ぼくらは見て20年や」と。これには脱帽です。素直に意見を聞き入れて、手直しをしましたよ。

藤本 中津川ファミリーそのものを語るエピソードですね。人形劇を通じて、家族の絆がそこにある。一生懸命に人形劇をがんばってきた中津川さんや人形劇への愛情があればこそですね。

中津川多津子さんとの対談写真 その3

中津川 うれしかったですね。改めて夫や子どもたちに感謝しました。好きなことをやってきた私を、認めてくれる家族がいる。

藤本 そういう話を、子育て中のお母さんたちにぜひ聞かせてほしいですね。家族のために、夢をあきらめてしまうお母さんたちも多いんです。

中津川 私のように普通の主婦でもやろうと思ったら何でもできる。がんばったら、きっと家族も認めてくれると思うんです。

藤本 実際にやってきた方の言葉は重みがあります。

中津川 2005年に大阪で開催された「大阪国際人形劇フェスティバル」では、「人形劇団クラルテ」の演出家・松本則子さんから「猫の手隊長」を任命され、世界的なイベントに関わらせていただきました。

藤本 人形劇を通じて海外と日本との架け橋を担う、素晴らしいお役目ですね。

中津川 裏方ですが、3か月間必死でやりました。人形劇活動をコツコツ続けてきたことがこのような大役をいただくことにつながり、結果として私の自信になりました。

藤本 私たちもさまざまなイベントや企画をやってきましたので、その仕事がどれほど大変であり、また大切かはわかります。本当にお疲れ様でした。

中津川 おかげさまでイベントは成功し、現在は、同フェスティバル「2008年成功させる会」の事務局長をやらせていただいていますが、本当のところ、何の取り柄もない私が、いつの間にか大阪を代表するようなことになって、戸惑いもあります。

藤本 長く続ければ誰にでもできるというものではありません。やはり人間的な信頼の部分だと思います。そのほか、これまでの活動の中で、うれしかったことがあれば教えてください。

「また来てね」の声に支えられて

中津川 大好きな子どもたちに「おばちゃん、また来てね」と言われるのが最高の喜びですね。いつだったかサインを頼まれたこともあって、ドキドキしました。サインにもならないような字で書きましたよ(笑)。それから、あるとき茶髪にした中学生の女の子に声をかけられたんです。「おばちゃん、前に○○子ども会に来てたやろ。面白かったで」と。随分前のことでしたが、「見て覚えていてくれたんだ」と思ったら感激でした。「私の人形劇にいろんなことを感じてくれる子がおるんやな」と思いました。

藤本 この先、中津川さんの活動はどのように広がっていくのですか。

中津川 上を見ればキリがありませんが、常に向上心を持って勉強していきたいです。皆さんに見ていただくためというよりは、自分がとことん楽しむためです。今もプロの人形劇や腹話術を鑑賞するほか、「マジック」や「エプロンシアター」「パネルシアター」などの講習会に参加しています。やるからには、中途半端にはしたくないんです。

藤本 中津川さんのように「自分のため」とはっきりおっしゃる方は少ないので、気持ちがいいですね。でも本当にその通り。楽しんでやっていたらみんなも楽しいし、人も寄ってくるんだと思います。

中津川 それから少しずつですが、若いお母さんたちに、人形づくりの機会をつくっていきたいです。つくることの楽しさや、その意味を一緒に感じていきたいんです。

藤本 お母さんが子どものためにつくる、世界でひとつしかない人形ですね。

手づくり人形の大切さを伝えたい

中津川 最近は、針仕事をしたことのないお母さんもたくさんいます。一針一針子どもを思い、苦労してつくったものには、お金では買えない喜びがあります。何より、人形づくりの楽しさを知ってほしいのです。

藤本 モノも情報もあふれ、感動する心を忘れてしまいがちな世の中ですね。だからこそ、原点に戻り、大切なことに気づいてほしいと思いますね。

中津川 子どもはお母さんがつくった人形を大事にするはずです。そんな心を伝えることが、本当の子育てではないでしょうか。

藤本 「子どもと一緒に何かやりたい」だけでもいい。講習会に参加して、中津川さんの思いにふれたお母さんは、きっとその日から子どもへの接し方も変わるはずです。ぜひ続けてくださいね。最後になりますが、人形劇を見たい、演じたい人はどうすればいいのですか。

中津川多津子さんとの対談写真 その4

中津川 今日私があるのは「こども文化センター」のおかげです。「こどもクラブ号」(※)に乗って保育所や幼稚園、子ども会などへ出かけ、公演させていただきました。昨年、21年間一緒にやってきた相方が孫の世話で忙しくなったため、若い人をメンバーに加えて活動するようになりました。現在もさまざまな活動をしていますので、ぜひお問い合わせください。

藤本 「こどもクラブ号」は、お母さんや子どもたちにひっぱりだこだそうですね。

中津川 現在も、講習会を卒業したボランティアが19団体登録し、人形劇や腹話術、紙芝居などの公演をしています。おかげさまで、予約もたくさんいただいています。

藤本 グループ同士のつながりはあるのですか。

中津川 毎年恒例の人形劇まつりには多くの団体が集い、それぞれの演目を披露するほか、メンバー合同で人形劇を演じることもあります。子どもたちへの思いがいっぱい詰まったイベントです。今年も行いますので、たくさんの方に遊びに来ていただけたらと思います。

藤本 イベントに向けてますます忙しくなりそうですが、たくさんの子どもたちのために、がんばって活動を続けてください。今日は本当にありがとうございました。

※こどもクラブ号/大阪市教育委員会児童文化振興事業のひとつ。依頼に応じ、人形劇・腹話術・紙芝居などを演じるボランティアがワゴン車に乗って、幼稚園や図書館など市内を巡回公演している。

●大阪市こども文化センター
大阪市西区北堀江4-2-9 TEL06-6531-5975

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