藤本 人形劇の活動をして25年になるのですね。きっかけは何ですか。
中津川 大阪市立こども文化センターで開催された、人形劇の講習会に参加したのが始まりです。
藤本 人形劇を「見る」のではなく、「演じよう」と思ったのはなぜですか。
中津川 上の子が小学1年生、下の子が幼稚園の年少さんのときでした。こども文化センターや「おやこ劇場」で人形劇を見せたら、2人ともすごく喜んだんです。早速、講習会に参加すると、「これなら私にもできるかもしれない」と直感しました。
藤本 「人形劇団ベル」は、まさに子どもの笑顔から始まった活動なんですね。
中津川 人形劇を通して、子どもに夢や感動を与えたかった。振り返ると私の子育ては人形劇とともにあったという気がします。
藤本 子育てだけでも大変なのに、活動を続けられてしんどくなかったですか。
中津川 大変なこともありましたが、公演には子どもを連れていき、ほかの子どもたちと一緒に人形劇を見せていました。そのうち舞台裏であれこれ手伝ってくれるようにもなりました。子どもを巻き込んで活動できたのがよかったのかもしれません。
藤本 きっとお子さんたちは、ごく自然に「お母さんは人形劇をする人」と思いながら成長していったのでしょうね。
中津川私が楽しんでいるのを一番知っているのは、うちの子たちです。
藤本 子どもたちにとってはお母さんの笑顔が一番ですし、みんなのためにやっていることもわかっていたと思いますよ。
中津川 誰かのためというよりは、自分のためなんでしょうね。人形劇を通して子どもたちとふれあうことで、たくさんの出会いや感動があり、本当に楽しかったんです。子どもたちも一緒に何かを感じながら育ってくれたと信じています。
藤本 今は、多くの母親たちが孤立した子育てに悶々としています。中津川さんのような地域での活動が、いい子育て社会をつくるのでしょう。
中津川 わが家は「中津川保育所」といわれていたほど。毎日のように、近所の子どもたちがたくさん遊びに来ていました。昔は私のようなおせっかいおばちゃんもいましたが、今はそんな人も少なくなっています。さびしいですね。
藤本 地域の人々が交流できる場を、あえてつくらなければならない時代になりました。
中津川 子どもは大勢の人の中で育っていくのが一番です。さまざまな場面で人としての大事なことを学んでいきます。
藤本 お子さんはもちろん、周りの子どもたちをどんな風に育てられたのですか。
中津川 昔から「男の子は頭を下げて大きくなる」といいますが、うちは男2人。やんちゃもしてご近所に迷惑もかけたと思います。そのたびに頭を下げてきました(笑)。
藤本 なるほど。そういう意味なんですね。
中津川 うちの子もよその子も同じ。挨拶はきちんとする。うそをつかない。人に迷惑をかけない。この3つは絶対の約束です。
藤本 今は「しつけ」も学校に任せるような時代。そういうことを地域の関わりの中で自然に学べたらいいのですが。それにしても、ひとつのことをここまで続けるには、ご苦労もあったのではないですか。
中津川 子どもが思春期のころがひとつの山でした。「人形劇ばかりやって…」と不満を言ったり、口をきいてくれない時期もありました。
藤本 多くの母親たちが一度は通る道です。母親が何かに夢中になればなるほど、子どもたちは反発する。ここで挫折する人もたくさんいます。
中津川 子どもが「こっちを向いてよ」と叫んでいる。わかっていても「ここでやめたら、あかん。あとで息子が傷つくやん」と。でも悩みましたね。「私は今まで、一体何のためにやってきたん?」。そう思ったら「とことんやるしかないな」と。
藤本 本気でやってこられたからこそ、そう思えるのですね。ボランティアも責任のある仕事です。
中津川 プロでなくても、待っている子どもたちがいるからには、やめられません。
藤本 子育てと仕事(活動)の両立は大変ですが、時には仕事を優先せざるを得ないときもありますね。やはりバランスが大切ですね。
中津川 幸い長く続けられたのは、夫や子どもたちの理解があったからですが、いざというときには、いつでもやめる覚悟はできていました。何があっても、一番は家庭ですから。
藤本 母親の活動には、家族の応援が必要です。パートナーは、中津川さんの活動をどう思っていらっしゃいますか。