スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

歌は私の人生そのもの 歌手  中村美律子さん

河内音頭で鍛えた確かな歌唱力と情感たっぷりにうたうステージで多くのファンを魅了する歌手・中村美律子さん。迫力ある台詞回しとこぶしのきいた歌声とは裏腹、素顔はとてもチャーミング。応援し、支えてくれる家族のこと、ファンの皆さんのこと、そして子育てのことなどを本音で語った。

 

歌手 中村美律子さん
なかむら みつこ  東大阪市出身。河内音頭、浪曲などをベースに歌手として活動。1986年『恋の肥後つばき』でメジャーデビュー。1989年『河内おとこ節』の大ヒットで、実力派歌手としての全国的な認知を得る。1992年にNHK紅白歌合戦に初出場。日本レコード大賞で美空ひばり賞を受賞。『大阪情話』『瞼の母』などヒット曲多数。現在は20周年記念の舞台、コンサートで全国公演中。8月2日〜27日は大阪新歌舞伎座公演、12月は明治座公演が決定。2005年盲導犬育成活動家として「まちかどのフィランソロピスト賞(※)」を受賞。

※まちかどのフィランソロピスト賞/フィランソロピーとは、ギリシャ語で「人類愛」「慈愛」の意。日本では「社会貢献」と訳され、「まちかどのフィランソロピスト賞」とは、社団法人日本フィランソロピー協会によって、個人の寄付行為に対して贈られるもの。

「心でうたう」意味を問い続けて

藤本 コンサートお疲れ様でした。今日は対談の前にあんな素敵なライブを拝見させていただけて、本当によかったです。ありがとうございました。 中村美律子さんとの対談写真 その1

中村 歌だけでなく、会場の雰囲気も感じていただけましたか。

藤本 ええ。驚いたのは、ざわついていた会場が開始ベルとともに静まり返り、皆さん襟を正してステージに向かわれたのです。

中村 そうですか、うれしいですね。

藤本 それに1曲目から、会場のあのノリようには、ビックリでした!

中村 今日は、デビュー20周年記念の感謝を込めたコンサート。『夜もすがら踊る石松』のCDを買ってくださった方の中から、抽選で450人をご招待という企画でした。

藤本 2時のコンサートに、朝9時から並んでいた方もいらっしゃったそうですよ。それにしても素晴らしいライブ、心から楽しませていただきました。中でも『河内十人斬り』のうたいっぷりはすごかったですね。

中村 自分でも思わず入り込んでしまい、次の曲に入るまで、気持ちを落ち着かせるのに時間がかかりました(笑)。

藤本 「熱唱」という言葉では物足りないくらい、恐ろしいほどの凄みがありましたね。

中村 以前、作曲家の古賀政男先生が「歌は心でうたうもの」と言われましたが、「どないして心でうたうん?」と、若いころはずっとその意味がわからなくて。

藤本 周囲からは、すでに認められていたわけですしね。

中村 声もいいし、こぶしもうまく回せるしと満足している私がいたんです。でもメジャーデビューし、「好きな歌をうたわせていただいているんだ」と実感したころから、だんだんとその意味がわかるようになってきたんです。今でもまだまだですけどね。

藤本 そんなことはありません。あれほどの表現力! 歌が上手な人はいても、心で歌える人は、なかなかいないと思います。歌手としての経験や実績もそうですが、人間としての幅の部分なのでしょうね。

中村 デビュー前から「ドサ回り」と呼ばれる歌の仕事をずっとやってきました。うたってきた時間の長さは、相当なものです。 

藤本 下積み時代を経てなおも続けられたのは、信念があればこそですね。

中村 一言でいえば、歌が好きでしたから。父はお風呂屋のボイラーマンでしたが、私はいつも父と一緒に仕事場のラジオを聞いていて、歌が好きになったんです。お風呂場ですから「天然エコー」がかかるでしょ。とくにうまく聞こえたんでしょうね。「美律子は歌がうまいから、絶対に歌手になれる」って。

藤本 物語は、お風呂場から始まった!のですね。

中村 父が無理をして歌謡教室に入れてくれたのは、8歳のとき。「のど自慢」で優勝したのは中学1年生のときで、そのころから「みっちゃん、十八番うたってや」と方々で言われ、みんなからごほうびでお菓子やたまごをもらったりしていました。

藤本 お父さん、自慢の娘さんだったんですね。 中村美律子さんとの対談写真 その2

中村 ほかのきょうだいからは、「みっちゃんばっかりずるい」と言われていましたね。母が病弱で5人きょうだいでしたので、姉と2人で小6まで新聞配達をしていました。朝5時に朝刊を、夕方4時には夕刊を配りますが、友だちと遊んでいる途中で抜けるのがつらかったし、我慢も多かったですね。

藤本 皆が手を取り合って生きていた時代ですね。

中村 うちは特別。私が中1のときに母が亡くなり、父の給料では食べていけず、姉を残してきょうだいバラバラに。私は鉄工所の社長の家、3人は京都の叔母の所へと。別れ際に「泣いたらあかんで!」「がんばりや」「また一緒に暮らそうな!」と、話しました。だからこそ、絶対歌手になって稼いで、みんなを喜ばせてあげたかったんです。

藤本 苦労の中でも家族がお互いを理解し、美律子さんの夢を応援されたのですね。

中村 周りで応援してくれる人もたくさんいました。近所の市場では「八百屋の○○さん、お電話です」という館内放送があり、アナウンスがないときには「みっちゃん、うたって」とマイクを持たされて、アカペラでうたっていました。大人がみんなやさしくて、どの子も分け隔てなく育ててくれた。貧しくても「いい時代」でしたね。

満点のステージはありません

藤本 義理や情けの残る地域があった時代に、中村美律子という歌手が生まれたのですね。まさに、演歌をうたう土壌があった。先ほどコンサートの握手会で、お客さん一人ひとりに接している美律子さんを見ていて、やさしさあふれるお人柄を感じました。ただサービスでやっているんじゃないというのが、よくわかります。

中村 心から「ありがとう」の気持ちです。だって私がお客さんからパワーをもらっているんです。皆さんが「みっちゃん、うまいね、きれいだよ」って言ってくださる。だからもっときれいになって、そしてもっとうまくなって、皆さんに喜んでもらえる歌をうたおう、って。それを思ったら、何度ステージを踏んでも、満点はありません。

藤本 美律子さんの曲には「男歌」が多いのですが、男歌から女歌に変わるその瞬間、とてつもない美しさというか、色気があって、ゾクッとしました。それに、男歌をうたっていらっしゃる美律子さんは、まるで男性でした。しかも歌う曲によって、それがみんな違う男性なんですね。 中村美律子さんとの対談写真 その3

中村 いやぁ〜、うれしいわ。それは私に対する何よりのほめ言葉です。春野百合子師匠の浪曲を聴いていると、お芝居を観ているように、次々に物語が展開する。歌ではなく、まるで映像の世界なんです。

藤本 演じるというより、いろいろな中村美律子さんがそこにいらっしゃるのでしょう。今度、お芝居もぜひ拝見したいですね。

中村 8月には1か月の大阪新歌舞伎座公演、12月には明治座公演がありますので、ぜひいらしてください。ハンカチ必携の泣かせるステージですよ。

藤本 スケジュールを拝見しましたら、コンサートにお芝居にと全国を回られていて、お休みもない状況ですね。

中村 今年は20周年で忙しいのですが、とにかくうたっているときが一番楽しいので、がんばれます。舞台が終わっても移動車の中で鼻歌をうたうほど。毎回マネージャーから「まだうたい足らんの?」と言われます。今日もこれから福島、翌日は山形です。

藤本 お住まいはどちらですか。

中村 ずっと大阪です。私は大阪が一番落ち着くんです。「仕事上、東京に居たほうが便利と違う?」と言う人もいますが、今は全国を飛び回っているので、住んでいる所は関係ありません。

藤本 さすが、河内節をうなる中村美律子さんですね。仕事以外では、長年、盲導犬のボランティアをされているそうですね。

筋の通った生き方を見せていく

中村 昨年、長年の盲導犬育成の寄付活動を評価され、「まちかどのフィランソロピスト賞」をいただきました。盲導犬の育成には1頭につき300万円というお金がかかるんです。すでに25頭分を寄付しています。

藤本 すごい金額! 1回、2回のチャリティーコンサートはできても、13年間も活動を継続していくのは大変でしょうね。

中村 『壺坂情話』という、盲目の夫を支える妻の歌との出会いがきっかけでした。こうして大好きな歌をうたわせていただけるのも、両親をはじめ、家族やこれまで応援してくださった皆さんのおかげです。私にも何かできることがあったらと、そんな気持ちでやらせていただいています。

藤本 美律子さんのご活躍を、ご両親もきっと喜んでいらっしゃるでしょうね。

中村 残念ながら、働き過ぎで命まで削った母。10年間もの長期ローンで私にテープレコーダーを買ってくれた父も、15年前に他界。1992年の紅白歌合戦を、見てもらうことはできませんでしたが、その前の大阪フェスティバルホールのリサイタルには、来てもらうことができました。

藤本 親孝行ができたのですね。お父様もさぞかし、うれしかったでしょうね。

中村 父もそうですが、私も父を見たら泣いてしまいそうで、父の方を見ないでうたいましたよ。

藤本 美律子さんご自身もお母さんでいらっしゃいますね。

中村 息子と娘がいます。もうどちらも 成人していますが。

藤本 どんなお母さんなんでしょう。

中村 子どもが小さいころは時間にゆとりもあって、結構手をかけて育てましたね。ケーキを焼いたりもしていたんですよ。ところが、そのうち少しずつ忙しくなってきて…。

藤本 学校の授業参観にも行けませんね。 中村美律子さんとの対談写真 その4

中村 その通りです。子どもにはいっぱい迷惑をかけたし、我慢もさせたと思います。決していいお母さんではないですね。いってみれば、子どもの成長とともに、歌手・中村美律子も成長させてもらったという感じですね。

藤本 子どもは日々成長していきますが、親はつい子ども中心になりがちで、自分の生き方を見失ってしまう方が多いんです。子どもと一緒に成長できるなんて、最高の子育てをされたのだと思います。

中村 今も時間があれば自転車で買い物に行くし、家では台所にも立ちます。そんなとき娘が帰ってくるでしょ。先日も、私が「おかえり!」って言ってるのに黙って2階に上がったから、「滅多に会えないんだから、顔くらい見せに来〜い!」って言ったんです。すると「今、荷物片付けてからと思うててん」と返してきた。こんな感じです。

藤本 今の子育て社会を見ていかがですか。

中村 いろいろな問題が起きていて、こわいですね。でもあまり考え過ぎないほうがいいのでは。考え過ぎたら、かえってわからなくなる。大事なのは、親としてのポリシーを持つこと。たいそうなことじゃなく、自分の生き方に一本筋を通すこと。そこを大きくはみ出さなければ、問題はないと思います。子どもにはいちいち口で教えるのではなく、見せていくことだと思いますね。

藤本 そうですね。基本がしっかりしていれば、多少のトラブルも解決できますね。今は、その土台もなければ、解決することもできない親が多いようです。つまり、自分流の生き方を持っているかどうかですね。

中村 子どもにいきなり「学校で何かあったの?」と聞いても、答えてはくれません。だからこそ、普段から親として、同時に、人間としての生き方を見せていくことが、真の子育てだと思います。

そろそろ変化球も投げてみたい

藤本 美律子さんの場合は、「舞台」でその生き方を子どもに見せているんですね。

中村 そんな立派なものではありませんが、今も舞台には必ず来てくれます。いくつになってもお母さんは好きなことやっているって、子どもたちは思っているでしょうね。 藤本 好きなことをして輝いているお母さんは、最高です。プライベートはどんな風に過ごされていますか。

藤本 好きなことをしているお母さんは、どんな風に過ごされていますか。

中村 オフの日は、シェイプアップ体操に通っています。また、3年前から三味線の稽古を始めました。これは、舞台にも関係がありますが、私の楽しみになっています。

藤本 ファンの皆さんと一緒に「ウォーキング」もなさるそうですね。

中村 健康のためには歩くのが一番。ファンの方はご高齢の方も多いので、地方のコンサートツアーの空いた時間に一緒に歩くんです。歩きながら話をして、食べて写真を撮って…。私にとっても、楽しい時間です。

藤本 演歌の大スターが、そんなに気さくでいいのですか。

中村 私自身、そうすることが楽しくてやっているんです。

藤本 先ほど会場にいらした方々に、美律子さんの魅力を伺ったんです。「歌が抜群にうまい」「気どらないところが好き」「心でうたっている」「ファンに気配りする人」…。もうキリがないくらいでした。

中村 うれしいですね。遠くから来てくださる方も多いんです。

藤本 「みっちゃんのこと、よく書いてよ」と言われましたので、責任重大です(笑)。みんな、心から中村さんを愛しているのが伝わってきました。さてこれからの美律子さんは、どうなっていかれるのでしょう。 中村美律子さんとの対談写真 その5

中村 今はかなりのハードスケジュールなので、これからは少し余裕のある歌人生を送れたらなと思っています。今年は豪速球でとことんがんばりますが、来年からは、ちょっと変化球も投げてみたいような。遊び心も大事だし、何より、楽しく歌うには、まずは健康でいなければなりませんね。

藤本 最後になりますが、今日のお着物もとてもお似合いですね。たくさんのステージ衣装をお持ちだと思いますが、どんなものがお好きなんですか。 

中村 男歌を歌うので、黒っぽい着物が多いですね。実は今、姉が好きだったミヤコワスレの花の模様を描いてもらっているんです。小さくて可憐な花…。亡くなった姉には心配ばかりかけてきたんです。だから、姉と一緒に華やかな舞台に立ちたいと…。

藤本 今日は、歌手としての美律子さんと、人間っぽい美律子さんを同時に知ることができて光栄です。新歌舞伎座公演は必ず伺います。これからもますますのご活躍をお祈りしています。ありがとうございました。

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