スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

役者として、人間の本質を問いかける  俳優 永井一郎さん

国民的アニメ『サザエさん』の波平役でおなじみ、俳優の永井一郎さん。さまざまなキャラクターを演じる声優、また番組のナレーションや朗読を本業とする傍ら若手俳優を育成、講演や執筆活動などもこなすマルチな活躍ぶりは広く知られるところ。俳優である前に、人としてどう生きるかを伺った

 

俳優 永井一郎さん
ながい いちろう  1931年、池田市生まれ。京都大学文学部仏文科卒業後、電通に就職。2年後に俳優に転職。『ローハイド』のウィッシュボン役で当たり、以来、声優としても活躍。『サザエさん』の波平役ほか、『宇宙戦艦ヤマト(佐渡酒造)』『じゃりン子チエ(小鉄)』『風の谷のナウシカ(ミト)』など数々の名作に出演。『機動戦士ガンダム』や『百歳バンザイ!』など ナレーションも多く、日本中のお茶の間にその声を知られている。水泳やスキー、油絵やギターなど多芸多才。著書に『波平、ニッポンを叱る バカモン!』(新潮社)、『永井一郎の「朗読のヒント」』(ふきのとう書房)。青ニプロダクション所属。

親や先生に敬語を使える子どもに

藤本 私も子育て真っ最中だったころは、番組が始まる時間に夕飯の支度を済ませ、一家で『サザエさん』を見ていました。いまだに『サザエさん』を見ると、いえ、画面を見なくても、あの音楽や登場人物の皆さんの声を聞いただけでホッとするというか、心が騒ぐんです。波平さんの役をなさって、どのくらいになりますか。

永井 昭和44年からなので、37年になります。

藤本 『サザエさん』といえば、国民的アニメーション。原作者の長谷川町子さん亡き後も、多くの人に愛され続けていますね。

永井 サザエさん一家は、日本人が持っている理想の家族像なのかもしれません。 永井一郎さんとの対談写真 その1

藤本 私たちは『サザエさん』を見てホッとしたり幸せを感じたり。どこか現実社会にはない、安らぎのようなものを求めているのでしょう。

永井 4コマ漫画の『サザエさん』が、昭和21年に九州の『夕刊フクニチ』という新聞に連載されたのが始まりです。そのとき波平は53歳ですから、計算すると明治の生まれなんです。ところが長年続けてくると、どうも時代設定がおかしくなってきた。

藤本 アニメだから、歳をとらないのですね。

永井 ですから波平も、今となってはどの時代にも共通する理想の父親でなければいけません。原作とは異なり、今テレビでやっている波平には戦争体験はありません。しかし、そこには明治の気骨というか、美学が確実に存在しています。たとえば怒るときは「それはいかん!」と一言。「恥を知れ!」は、日本の美学の象徴だし、波平は倫理観を持った上で、しっかり子育てをしています。そうやって私たち日本人は、正義や秩序を重んじてきたのです。

藤本 残念ながら、そういうものが、今は失われてしまいましたね。

永井 節約とか謙虚とか、日本人の美徳とされてきたものを、洗い直さないといけません。

間違ってほしくない言葉の定義

藤本 素晴らしい日本の文化がありながら、なぜそれがなくなってしまったのでしょう。

永井 西洋人の真似をしたからでしょうね。日本文化の最たるものは「敬語」です。日本語ではわたくし、わたし、せっしゃ、わし…と、そのつど相手を見て適切な言葉を選び、関係をつくらないといけません。時には「俺とお前」の関係をつくる。すなわち「言葉」というのは、自分の身を守る「武器」なんです。

藤本 言葉を知らないと身を守れないというのはもっともですね。でも今は、子どもばかりか、大人も正しい敬語を使えません。

永井 子どもに英語教育もいいが、その前に子どもに敬語を使わせなさい。親や先生に敬語を使えないまま、就職してすぐに「あんたね」では通らないでしょ。

藤本 国際社会に向けての英語教育の大切さもいわれていますが。

永井 仕事でドイツに行ったぼくのいとこは、半年でドイツ語がペラペラになりましたし、相撲界には、見事な日本語を話す外国人力士もたくさんいる。つまり、必要のない子どもに語学を強要しても何もならないというか、むしろ嫌いになる子もいるでしょう。ぼくは英語を9年間、大学の4年間はフランス語を勉強しましたが、ちっとも身につきませんでした。でも、もし英語を武器とする人が本気で勉強すれば、半年で覚えてしまうものですよ。

藤本 言葉は「コミュニケーションツール」といわれますが。

永井 ぼくに言わせれば、その定義自体が少し違っています。人間同士のコミュニケーションに必要なのは「心」であって、言葉は二の次、三の次です。この前、高倉健さんが中国に行って素晴らしい映画を撮ってきましたが、あれだって、健さんが中国語をしゃべれたかっていったらそうじゃない。

藤本 それ以前の問題なのですね。

永井 相手とどうコミュニケーションしたいかです。何万人に一人のピアニストやバイオリニストを育てようと思ったら、小さいころから音楽の環境の中に入れて教育することも必要でしょうが、英語はまた少し違うような気がします。

藤本 小さいころ外国に暮らしていて英語が話せたのに、日本に帰ってきたらすっかり忘れてしまったという帰国子女も多いですね。 永井一郎さんとの対談写真 その2

永井 国は学校にネイティブスピーカーを導入するのに、ものすごいお金をかけていますが、そういう方向にいってしまうのは、言葉の定義を考えない役人が多いからでしょうね。

藤本 現場の先生も、がんばって教育の変化に対応していっていますが、実際のところ、かなりしんどさはあるようですね。

永井 「詰め込み教育」に「ゆとり教育」、そして今度は「学力問題」。先生も右往左往でしょう。子どもの能力は無限にあって、教えたら教えただけ伸びるものです。2か月という芝居の上演期間中、与えられたことだけをやっていた人と、自ら役に関する知識を細かく研究し、勉強した人とでは、うんと差が出ます。結論をいえば、やはり知識は必要なんです。知識についての教育方針が、コロコロ変わり過ぎるのも問題です。

藤本 一人ひとりの先生や親がしっかりしていれば、問題もないのでしょうが。

永井 多くは自分の考えを持たずに、マスコミや情報に影響されてしまう。評論家たちの責任も大きいですよ。みんなが「夢を持たなきゃいけない」と騒ぐから、まだそこにたどり着けない人たちがコンプレックスを持ってしまう。

藤本 そうですね。夢なんて、そう簡単に見つけられるものではありませんね。

永井 ですからぼくの所に来る若者たちには、「夢を持ちなさい」ではなく、「何でもいいから好きなことをしなさい」と言っているんです。ぼく自身、芝居が好きで好きでたまらなくて、それをやっていたら自然と道が開けてきた。 先日もシニア世代の講演に招かれましたが、与えられた演題は「生きがい」というものでした。

藤本 書店に行けば、「生きがい探し」や「自分探し」の本がたくさん並んでいます。

永井 生きがいなんて、慌てて探しても見つからない。本を読んだってダメですよ。今まで面白くもない仕事だけで生きてきて、今ごろ「生きがいを失った」と言っても仕方ない。退職してやることがない人もいれば、ぼくみたいに、いまだにやりたいことだらけで忙しい人もいる。

それぞれの幸福感を読み解いていく

藤本 何もすることがない、やりたいことが見つからないシニアが多いですね。

永井 おかげさまで、その点ぼくは毎日楽しく仕事をさせていただいています。

藤本 生涯現役ですね。最近は「声優になりたい」という人も多いようですが、若手を育てていくのも重要なお仕事なのでしょうね。

永井 大阪と東京に養成所があり、そこでは、基本的な生活習慣まで厳しくみています。それから、以前出した『朗読のヒント』という本の改訂版を出してほしいといわれているのですが、「技術的なことをもっと盛り込んで」という注文もあって困っています。

藤本 どういうことですか。

永井 発声法や呼吸法など、朗読テクニックは山ほどありますが、肝心なのはそこではない。ダンスは本では覚えられないのと同じで、朗読も目の前にいなければ教えられない。世間には「ハウツー本」もたくさんありますが、今さら ぼくがそれを書いてもしょうがない。それより もっと大切なのは、人間の本質を知るということで、教えるフォーマットなど何もありません。

藤本 演じるということに通じるのでしょうか。

永井 これまでの最高は、ひとつの物語の中で 55人を演じ分けたことがありました。 永井一郎さんとの対談写真 その3

藤本 そんな神業的なこと、いったいどうやったらできるのでしょう。

永井 演じるというのは、ひとりの人間をつくり込むということ。どんな役でも、演じる前にその人間のことを研究し尽くします。イメージというのは知識の延長上にだけしか存在しない。ですから、その人間によってとる行動は一人ひとり違っているわけで、当然マイクの前に立ったときにはもう、勝手に声が出てくるんです。ぼく自身、声を変えているという意識は全くないし、役になりきるというのでもありません。たとえば、大悪党や卑劣きわまりない男を演じるとしたら、その男はどういう環境で生まれ、どうしてそんなダメ人間になっていったのかを徹底的に考える。役者は、そこからが出発です。

藤本 やはり、相当な勉強や努力があってのものなのですね。でも人間を研究するなんて、どうしたらできるのでしょう。

永井 動物や植物、すべての生き物は幸福を求めて生きています。ですから役者は、その人物が「何を幸せに感じるか」をとらえることが大事です。何が幸せかでその人の生き方がわかる。

藤本 お金儲けを幸せと思う人もいれば、人の役に立つことを幸せと考える人もいます。

永井 人間は、生き物の根本である子孫を残すことを忘れて、条件であるはずの権力や名誉、お金を目的にしてしまったんです。

藤本 「金持ちになりたい」と語る子どもが多いのはとてもかなしいことだと思います。

永井 絶対に要らないというとまた違いますが、「金は汚いんだよ」と言いきれる大人がいない。「何が幸せか」は生きていく永遠のテーマであり、役者はそれを読み解いていく商売といえます。

教育とは、良き社会人に育てること

藤本 話は変わりますが、大阪教育大学附属池田小学校が母校だそうですね。例の事件のときは、心を傷めたと聞いていますが。

永井 1992年に、池田小のPTA研修会で講演をしました。演題は「開く」。「俳優のような表現者はスポーツマンと同じ、体が開かないと心も開かない」と話し始め、「校門を閉ざしたままで心の教育をいうのはやめよう。まず、校門を開くことから始めよう」と結びました。

藤本 事件は9年後に起きてしまったのですね。

永井 あの男は、校門が閉ざされたころに子どもだったのではないでしょうか。地域がなくなり、子どもたちに閉塞感が蓄積していって、学級崩壊が起こった。時代の産物という言い方もされますが、それ以前に、親がどう教育してきたかです。自分より弱い子どもたちの命を犠牲にして気持ちいいなんて…。ゲーム世代ともいわれますが、ぼくらの時代にも、小説の中には殺人事件がいっぱいあった。でも「これは現実とは違うんだよ」という一言を小さいころに聞いているかいないかなんです。やっていいことと悪いことを教えるのが親であり、周りの大人たちなんです。たとえ学校の門が閉まっていても、入ろうと思えば、いくらでも入れます。

藤本 永井さんの子ども時代は、今の時代とはまた全然違っていたのでしょうね。

永井 地域にはすごい大人がいっぱいいました。商店街にはブリキ屋も畳屋もあった。放課後は寄り道をして、1時間もじーっとプロの手つきに見とれていたものです。どの技も面白過ぎて、尊敬なんてものではありませんでした。

藤本 今は子どもたちに職業観がありません。

永井 たとえば、い草や消毒液の匂いを嗅げば、畳屋や病院のイメージがわいてくる。紙の上では職業観は広がりません。

藤本 最近は「職業体験を通して、子どもに職業理解を」という試みも行われています。ところでご自身は、どんなお子さんだったのですか。

永井 ものすごいやんちゃでした。でもしてはいけない範囲は守っていたと思います。ぼくは人より体が小さくて、けんかになったら負けてしまうことを知っていた。だから、常にどこかで自制心が働いていました。それから、やはり親の影響が大きいでしょうね。

藤本 ご両親はどんな方ですか。

永井 親父は口数は少ないけれど、昔気質の礼節を重んじる人でした。反対を覚悟で「役者になりたい」と話したとき、こう言われました。「お前に遺してやれるものは何もないのだから、好きにしろ」と。「でも、みんな食ってきたぞ」と付け足された一言はインパクトがあって、納得させられてしまった。常に、物事の本質をスパッと言いきれる人でした。母からは童謡やことわざをたくさん教わりました。「勉強しろ」と言われたことはありませんが、両親から学んだことは生き方のすべてに通じています。

藤本 最後に、読者の皆様に一言お願いします。 永井一郎さんとの対談写真 その4

永井 子どもたちは、とにかく自分が楽しいと思うことを夢中でやってほしい。きっとそこから何かが生まれるから。そして親ごさんには、子どもにとって家庭は最初に出会う社会ですから、世の中のしくみやルール、ものの良し悪しをきちんと教えてほしいと思います。学校の先生には、学校は教育機関というより、社会そのものととらえ、子どもたちには分をわきまえた「良き社会人」とは何かを、教えてほしいですね。

藤本 今日は、役者というものが、いかに人間の本質に関わる仕事であるかというお話を伺いましたが、それは、どの仕事にも共通するのかもしれません。素晴らしいお話をありがとうございました。これからも生涯現役を目指して、がんばってご活躍ください。

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