スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

隣近所から全世界へ  インド家庭料理店「サンタナ」オーナー クンナ・ダッシュさん

大阪ミナミの街の活性化を目的に、周辺の飲食店に呼びかけてガイドブック、『みんなのミナミ』を発行したのは、インド料理店を営むクンナ・ダッシュさん。お店では、早口な関西弁と駄ジャレの応酬。屈託のない笑顔とマツケン似の風貌でお客さんを和ませる。「隣近所とのつながりが街を元気にする」と、人のつながりを重視した街づくりを展開。インドと日本との文化、教育の交流への夢を語った。

 

インド家庭料理店「サンタナ」オーナー クンナ・ダッシュさん
1969年インドオリッサ州プリー生まれ。父親の経営するホテルに宿泊する日本人との交流から日本に興味を持ち、19歳で来日。神戸のインド料理店を経て、現在は、大阪ミナミでインド家庭料理店サンタナを経営。2003年には周辺の飲食店に声をかけ、オリジナルガイドブック『みんなのミナミ』を発行。好評につき、昨夏Vol.3の発行に至る。企画と行動力で地域づくりに貢献。道頓堀振興会の役員として「道頓堀ウエスト」の活性化に奔走。「NPOインド日本友の会」の理事長として学校や福祉施設で料理講座や文化教室の講師をするなど、日本とインドの交流に努める一方、故郷プリーに学校を建設。子どもたちの教育に尽力。日本との交流事業も企画中。

●インド家庭料理店サンタナ(SANTANA)
〒542-0071 大阪市中央区道頓堀2-2-20インド家庭料理店サンタナ(SANTANA) 店内
TEL06-6211-5181

営業/12:00〜15:00、17:00〜22:00

定休/月曜日(ただし最終月曜日は、各国文化と異業種交流パーティーを開催)
http://www.minnanominami.com(NPOインド日本友の会)

街頭のチラシ配りからスタート

藤本 クンナさんと日本との出会いから教えていただけますか。

クンナ 故郷は、東インドのオリッサ州プリーという、ヒンズー教・四大聖地のひとつとして知られている街です。ベンガル湾を望むビーチがあり、リゾート地としても栄えています。この街をたくさんの人に知ってもらいたいと、父は40年前に外国人宿「サンタナ」を始めました。宿泊者の多くは日本人で、交流していくうちに日本に興味を持つようになったのです。クンナ・ダッシュさんとの対談写真 その1

藤本 クンナさん、日本語が上手ですね。ホテルに来られた日本人に教えてもらったんですか。

クンナ 小学生のころからベッドメーキング、フロント、料理と、ホテルの仕事を手伝っているうちに自然に覚えました。伝えたい、聞きたいという気持ちが強かったからでしょうね。

藤本 日本に来ることになったきっかけは?

クンナ 最初に興味を持ったのはインドとの違いでした。日本の建築、日本の海…。もっと日本を知りたい、学びたいと思い、口に出していたら、ある日本人旅行客が日本に招待してくれました。今から17年前、19歳のときのことです。

藤本 日本に来て、どうでしたか。

クンナ 驚きの連続でした。インドは学校に行けない子どももたくさんいる。貧しくて食べられない人もいる。日本は教育も生活も恵まれ過ぎていることに仰天しました。大型ごみが大量に捨てられていたのにもびっくりです。

藤本 私たちにとっては当たり前の日常も、全く違って見えるのですね。物があふれ、ありがたみすら感じない。日本人が、地球人として恥ずべきところだと思います。

クンナ それは仕方がありません。だって知らないんだから。日本がすぐれているところもたくさんあって、インドもそれを見習わなければなりません。だからぼくは、日本とインドがもっと交流できたらいいなと思って、このお店を始めたんです。本場インドの家庭料理を通して、多くの日本人にインドの文化を伝えたいんです。

藤本 これだけの飲食店があるミナミでお店を経営していくのは、大変でしょう。

クンナ ここにお店を出す前は、知人に紹介されて神戸にあるインド料理店に勤めたんです。自分が入ったからにはお店を繁盛させたいと、チラシ配りから始めました。でも道でチラシを配っても、みんな、なかなか手に取ってくれません。話しかける言葉もいろいろ研究したし、雨の日も風の日もがんばって配りました。

藤本 どんな風に声をかけられるんですか。

クンナ 最初は冗談を言って和ませます。「ねえ、食事した? まだ決まってない? よかったらあとで、この店に寄ってね。カレーだけど、辛さは調節できるから大丈夫よ」とこんな感じで話せば、10人中8人は「今度行ってみようか」という気になってくれる。そうやって、地道にお客さんを増やしていきました。

藤本 がんばったから今があるんですね。

情報誌づくりで心がひとつに

クンナ 11年前にここにお店を出したときも、ゼロからのスタートでした。同じようにまた、表の交差点に立ってチラシ配りから始めました。

藤本 集客は本当に大変ですね。集客は本当に大変ですね。

クンナ ミナミといっても、ぼくらのいる西道頓堀は、戎橋のある東側に比べたら人通りが少なかった。うちの店だけじゃなくて、みんなでがんばろうと思い立ったわけです。

藤本 通りにはどんなお店があるのですか。

クンナ 御堂筋から四つ橋筋までの300mの間に多国籍料理店あり、老舗の料理店あり、出世地蔵ありと、魅力的なお店やスポットがたくさんある。初めは「皆さんのお店のチラシも置いてあげるよ」と言っていました。ところがそうしているうちにどんどんチラシが増えていき、テーブルに置けなくなってしまったんです。お客さんを見ていると、数枚を持ち帰る人がほとんどでした。それなら全部持っていってもらおうと、ホチキスでとめることにしたんです。

藤本 なるほど、考えましたね。

クンナ そこで思いついたんです。いっそのこと、一冊のガイドブックにしたらどうかって。

藤本 チラシをつくるにも、広告を出すにもコストはかかりますからね。

クンナ 一軒一軒訪ね歩いて、賛同してくれた61店舗が7000円ずつを出し合って、オリジナルガイドブック『みんなのミナミ』ができました。クンナ・ダッシュさんとの対談写真 その2

藤本 皆さんの反応はいかがでしたか。

クンナ 情報誌をつくる過程で、みんなの心がひとつになりました。完成パーティーではメンバーが集まって交流し、81冊ずつに分けてそれぞれが配りました。

藤本 集客のための冊子づくりが、街のネットワークづくりになったんですね。

クンナ お客さんも増えてほしいけれど、地域の仲間が増えることのほうが意味があります。

藤本 今は、なかなか地域づくりができない社会ですからね。まして商売となれば、極端な話、お互いがライバルですよね。でもその人たちの心が通い合っていれば、街の雰囲気もあたたかく、自然と人が寄ってくるのでしょう。

クンナ 地元の人に愛され、リピートしたいと思えるお店というのがポイントです。

藤本 去年は、『みんなのミナミ』の拡大版をつくられたそうですね。

クンナ 1号と2号の発行部数は5000部でした。去年つくった3号は、もっとたくさんの人にミナミ周辺の素敵なお店を知ってもらいたいという企画で、前回参加した店舗が自分の店のほかにそれぞれおすすめの店を9軒ずつ紹介し、全部で440軒の、文字通り「みんなのミナミ」を紹介し合おうという趣向です。ミナミを愛してくれる仲間を誘い合い、協力を得たおかげで、1000人の交流会が開催できました。そこで、1人10冊ずつ合計1万冊を配布しました。「隣近所から全世界へ」の発想です。

藤本 アイデアも素晴らしいけれど、すぐに実行に移す、その行動力には頭が下がります。頭で考えていろいろ言う人は多いけど、自分で汗をかく人はなかなかいませんから。

クンナ 口で言うだけは簡単です。でもぼくはそういうの大嫌いだから。そうでないと、人はついて来てくれません。

藤本 しかもクンナさんがすごいのは、しっかり戦略があること。もう経営者を通り越して、地域の総合プロデューサーですね。

クンナ フリーペーパーは山ほどありますが、掲載料が高いでしょ。1回出したらどうやって採算を合わせるかが、大変です。

藤本 今は、お金を出せば何でも記事になる。でも多くの人は、その情報を信じてしまいます。

クンナ そこが問題なんです。たとえ500円、1000円出したとしても、本当の情報が載っているガイドブックが欲しいんです。

藤本 見た目や雰囲気じゃなく、本物の味とか、料理人の心意気とかを伝える情報誌…。

クンナ そうそう。簡単に誰でも彼でも載せられないくらい敷居を高くして。

インドと日本の絆を深めたい

藤本 いいですね、そんな情報誌。それにしてもクンナさんのようなバイタリティーあふれる行動力や斬新な企画力は、最近の日本人には、失われてしまっているのかもしれませんね。クンナ・ダッシュさんとの対談写真 その3

クンナ ミナミの街に活気がないのもそうですが、日本人はバブルの時代から不況を経験し、少しナーバスになっている。考えたらあの時代が異常だっただけで、今でも十分に豊か過ぎる。インドの生活と比べたらわかるでしょう。インド人はもっとハングリーだし、みんな何かやろうと闘争心を燃やしています。

藤本 日本人も原点に還って、考えるべき時がきているのでしょう。

クンナ その意味でも、日本とインドがもっと近い関係になって、お互いの良い所を共有し、助け合っていけたらいいなと考えています。

藤本 そのための活動について教えてください。

クンナ 日本で暮らすインド人に生活のサポートをし、また反対にインドに興味のある日本人には、たとえばインドへの旅行の注意を伝えるなど、お互いの国で楽しく過ごせるためのサポートをしていく会として「NPOインド日本友の会」を立ち上げました。毎月第2月曜日には、ここで交流会を開催。お互いの情報交換が気軽にできる場として定着してきました。

藤本 大阪は外国人居住者も多く、国際交流も盛んですね。

クンナ 単にお互いの国を知るにとどまらず、一歩進んだ国際交流を目指しています。

藤本 具体的にはどんなことを?

ひとりの力ではできないけれど

クンナ 一昨年、日本の友人9人に資金援助をしてもらって、故郷プリーに学校をつくりました。幼稚園児から中学生まで120人の子どもたちが、将来に夢や希望を抱いて、母国語、英語、日本語を学んでいます。

藤本 日本語も教えているんですね。

クンナ 現在は日本語の教師は1人しかいませんが、今後は日本から先生を送り込み、もっと日本語教育に力を入れていきたいんです。ぼく自身がそうだったように、日本語を覚えることが日本を理解する一番の近道です。それに日本語が話せれば、インドにある日本企業に就職することもできます。

藤本 インドの生活は大変なんですか。

クンナ 貧富の差があります。現に学校では、家庭が貧しくて学費を払えない子ども12人の面倒を見ています。もっとお金を投資できれば、たくさんの子どもを迎えられる。ぼくの少しの努力で、子どもたちの未来を広げてあげることができたら幸せです。

藤本 クンナさんのお子さんはおいくつですか。

クンナ 小学校2年生の女の子が1人います。

藤本 父親として、今の学校や子どもを取り巻く環境を見てどう思いますか。

クンナ 幸い、娘はいい人たちに恵まれて幸せに生活できています。でももっと広い目で見たら、日本は自然を壊しちゃダメ。子どもたちの遊び場もないし、このままでは地球もなくなってしまう。それからお父さん、お母さんは、子どもに働く姿を見せたり、仕事や生き方について話したりしてほしい。ぼくの体験からいえることですが、それが一番の教育だと思います。

藤本 日本の人たちに何か望むことは?

クンナ 英語教育を大事にして、もっと国際感覚を身につけてほしいですね。それから日本人は少し働き過ぎ。何のためといったら、お金のため。これでは夢がない。人のあたたかさややさしさは、絶対にお金では買えません。大切なものが何かを、もう一度考えてほしいですね。

藤本 経済優先の考え方や生き方が、見直され始めています。このままでは子どもたちに全部しわ寄せがいってしまう。今一度大人たちが、しっかり考えるべきだと思いますね。では最後に、これからの夢を聞かせてください。クンナ・ダッシュさんとの対談写真 その4

クンナ今ぼくを支えてくれている人との出会いに、本当に感謝しています。そして、ひとりの力は小さいけれど、みんなの力を集めれば不可能も可能にする。そのためには、まず自分ができることから始めること。そう思って何でも実行してきました。でも今、インドの学校のことは、ぼくひとりではなかなか前に進まない。できれば交換留学や、日本の不登校の子どもにインドの生活を体験させたりもしたい。そうすれば、きっと何かが見えてくると思うんです。このような考えに賛同してくださる方がいたら、ぜひ力を貸してください。お願いします。

藤本クンナさんと話していると、インドがお隣の街のように感じます。人間のつきあいには国籍なんて関係ないのですね。それに、本気の思いさえあればできないことは何もない。そんなことを改めて感じる機会になりました。本当に今日はありがとうございました。これからもますますのご活躍を期待しています。

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