藤本 早速ですが、大八木さんのラグビーとの出会いから教えてください。
大八木 大工だった父の背中を見ていて「かっこいいな」と思って入ったのが、伏見工業高校の建築科でした。中学時代はサッカーをやっていたので、ラグビーなんてルールもわからない。運命と呼べる出会いの瞬間まで「ラグビー」という文字はぼくの人生には存在しませんでした。
藤本 運命の出会いとは、一体どのように起こったのですか。
大八木 高校の入試当日の朝、校門でいきなりいかついトレーニングウェア姿の男に腕をつかまれたのです。それが、のちに「泣き虫先生」と異名をとる恩師・山口良治先生(伏見工ラグビー部総監督)との出会いでした。
藤本 山口監督の熱血漢ぶりは『スクールウォーズ』としてドラマ化・映画化されたので、あまりにも有名ですね。
大八木 当時、身長はすでに180cmを越えていましたから目立ったんでしょう。「ラグビーをやってみないか?」と声をかけられたのです。
藤本 何て答えたのですか。
大八木 なぜか「そのつもりです」と口から出ていました。
藤本 ラグビー人生の出発点にふさわしく、ドラマチックなシーンですね。
大八木 山口先生の迫力に圧倒されたのかもしれません。入学式を待たずにラグビー部に参加したぼくは、初めての練習が終わった夕暮れのグラウンドで、ラグビーの楕円球の意味をこう教わりました。「ボールのはずみ方は人生そのものだ。右にいくか、左にいくかわからない。うれしいこと、楽しいことばかりではなく、つらいことやかなしいこともあるだろう。楕円球のはずみ方、転がり方はそんな人生を教えていると思う」。
藤本 まるで青春ドラマですね。
大八木 山口先生には何ともいえないかっこよさがあるんです。やさしさと強さ、それに正義感を備えた「男のダンディズム」とでもいうのでしょうか。
藤本 山口先生から学んだことは?
大八木 先生がいなければ、今日のぼくはないといえるほどたくさんあります。高校生という大人になりきれていない時期でしたから、ラグビーだけではなく、人としての教えそのものだったと思います。
藤本 具体的にはどんなことを?
大八木 「おはようございますと今朝親にあいさつをしてきたか」「人との約束の時間は絶対に守れ」「何事にも感謝の気持ちを忘れるな」など、ラグビープレーヤーである前に、人としてどうあるべきかを徹底的に教えられました。ぼくら一人ひとりにきちんと向き合ってくれるので、厳しくてもすべてを素直に受け入れられました。
藤本 数えきれないほどだと思いますが、エピソードを教えていただけますか。
大八木 山口先生には、「おまえは必ず日本代表になれる。世界に勝てる」とインプットされていました。顔を合わせるたびに言われていたので、いつの間にかその気になっている自分がいましたね。
藤本 ほめて育てるというのは、子どもの可能性を最大限に引き伸ばす方法といわれていますが、実際はなかなか難しいことだと思います。