スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

ラグビーは「学校」そのものだった  元ラグビー日本代表・タレント  大八木淳史さん

伏見工業高校から同志社大学、神戸製鋼と、ラグビー一筋の人生を歩み、数々の栄光を勝ち取ってきた大八木淳史さん。現役引退後はユニークなキャラクターでテレビやラジオでも大活躍。一方ではラグビー人口の底辺拡大を目指して講演会や指導に全国を飛び回る。昨春からは同志社大学大学院で「地域スポーツクラブによる青少年の育成システム構築」を研究、教育に役立てたいと意欲を語る。ラグビーに賭けた人生を振り返り、今、子どもたちに伝えたいこととは?

 

元ラグビー日本代表・タレント 大八木淳史さん
おおやぎ あつし  1961年京都市出身。77年京都市立伏見工業高校ラグビー部入部、全日本高校代表としてイングランドに遠征。同志社大学時代は学生日本一に貢献、83年オールジャパンとしてウェールズに遠征。84年ニュージーランド留学。帰国後、神戸製鋼に入社し、日本選手権7連覇の偉業を成し遂げる。97年現役引退後は、神戸製鋼ラグビー部アドバイザーほか、財団法人日本ラグビーフットボール協会普及育成委員、ユニセフ・評議員、京都市社会教育委員などの要職を兼務。テレビ、映画等の出演も数多く、存在感のあるキャラクターとして人気を博す。『勇気のなかに』(アリス館)『友よ』(ダイヤモンド社)等著書多数。1男2女の父。
http://www.shochikugeino.co.jp

人としてどうあるべきかという教え

藤本 早速ですが、大八木さんのラグビーとの出会いから教えてください。

大八木 大工だった父の背中を見ていて「かっこいいな」と思って入ったのが、伏見工業高校の建築科でした。中学時代はサッカーをやっていたので、ラグビーなんてルールもわからない。運命と呼べる出会いの瞬間まで「ラグビー」という文字はぼくの人生には存在しませんでした。大八木淳史さんとの対談写真 その1

藤本 運命の出会いとは、一体どのように起こったのですか。

大八木 高校の入試当日の朝、校門でいきなりいかついトレーニングウェア姿の男に腕をつかまれたのです。それが、のちに「泣き虫先生」と異名をとる恩師・山口良治先生(伏見工ラグビー部総監督)との出会いでした。

藤本 山口監督の熱血漢ぶりは『スクールウォーズ』としてドラマ化・映画化されたので、あまりにも有名ですね。

大八木 当時、身長はすでに180cmを越えていましたから目立ったんでしょう。「ラグビーをやってみないか?」と声をかけられたのです。

藤本 何て答えたのですか。

大八木 なぜか「そのつもりです」と口から出ていました。

藤本 ラグビー人生の出発点にふさわしく、ドラマチックなシーンですね。

大八木 山口先生の迫力に圧倒されたのかもしれません。入学式を待たずにラグビー部に参加したぼくは、初めての練習が終わった夕暮れのグラウンドで、ラグビーの楕円球の意味をこう教わりました。「ボールのはずみ方は人生そのものだ。右にいくか、左にいくかわからない。うれしいこと、楽しいことばかりではなく、つらいことやかなしいこともあるだろう。楕円球のはずみ方、転がり方はそんな人生を教えていると思う」。

藤本 まるで青春ドラマですね。

大八木 山口先生には何ともいえないかっこよさがあるんです。やさしさと強さ、それに正義感を備えた「男のダンディズム」とでもいうのでしょうか。

藤本 山口先生から学んだことは?

大八木 先生がいなければ、今日のぼくはないといえるほどたくさんあります。高校生という大人になりきれていない時期でしたから、ラグビーだけではなく、人としての教えそのものだったと思います。

藤本 具体的にはどんなことを?

大八木 「おはようございますと今朝親にあいさつをしてきたか」「人との約束の時間は絶対に守れ」「何事にも感謝の気持ちを忘れるな」など、ラグビープレーヤーである前に、人としてどうあるべきかを徹底的に教えられました。ぼくら一人ひとりにきちんと向き合ってくれるので、厳しくてもすべてを素直に受け入れられました。

藤本 数えきれないほどだと思いますが、エピソードを教えていただけますか。

大八木 山口先生には、「おまえは必ず日本代表になれる。世界に勝てる」とインプットされていました。顔を合わせるたびに言われていたので、いつの間にかその気になっている自分がいましたね。

藤本 ほめて育てるというのは、子どもの可能性を最大限に引き伸ばす方法といわれていますが、実際はなかなか難しいことだと思います。

負けそうになる心に勝つことが大事

大八木 ラグビーに限らず、人生とは自分とのたたかいである。ラグビーにつきものの、けがや故障の痛みや苦しみを乗り越えるのは、ほかでもない自分自身。負けそうになる心に勝つことが大事である。さらに、人間の幸、不幸はいつも自分の心が決めること、と。大八木淳史さんとの対談写真 その2

藤本 素晴らしい言葉ですね。日々の鍛練が勝負の結果としてあらわれる厳しいスポーツの世界。肉体もそうですが、精神の鍛練も大切なのでしょう。

大八木 ハードな練習を繰り返せば、ある程度技術レベルを上げることはできます。しかし、ラグビーのようなチームスポーツの場合、自分の意思を向上させ、さらにチーム全体として意思統一をはかっていく必要がある。これがとても重要なのです。

藤本 チームの中には、リーダーも必要ですね。

大八木 ぼくは、部員を上手にまとめていくタイプではなく、ひたすらプレーで見せていくタイプ。ピンチをチャンスに変える役でしたね。とにかく365日、一時も休まずに走り続けていました。

藤本 そこまで大八木さんを夢中にさせたラグビーの魅力とは、一体何でしょう。

大八木 ラグビーの場合、たとえばタックルをかわし見事にトライしたウイングに勝因を聞くと、「センターからのパスが良かったから」という答えが返ってくるでしょう。センターに聞くと「スタンドオフがうまく相手マークをずらしてくれたおかげ」、スタンドオフは「スクラムハーフの球出しが早かったおかげ」、スクラムハーフは「フォワードがいいスクラムを組んで押し出してくれたからですよ」と、それぞれが答えるに違いありません。このように、ラグビーとは「おかげさま」の精神で成り立っているスポーツなんです。そこには、競争社会の中で失われつつある心がある。それがラグビーの素晴らしさだと思います。

藤本 伏見工高から同志社大学へ進み、神戸製鋼へと、ラグビー人生の王道を歩いてこられた大八木さんですが、苦しかったこと、うれしかったことなど、振り返っていただけますか。

大八木 大学では5年間の在籍で4回、学生日本一に輝きました。その後は神戸製鋼に入社し、社会人ラグビーで7連覇。もちろんつらいことも苦しいこともありましたが、栄光をつかんだ瞬間にすべてが変わる。この世界では、頂点を極める以上の喜びはないでしょう。

自分を信じてベストを尽くす

藤本 神戸製鋼時代はあまりの強さゆえ、周囲の期待も半端ではなかったようですね。「負けるわけにはいかなかった」と、著書にもありましたね。

大八木 「負けられない」というプレッシャーほど苦しいものはありません。スポーツは楽しめばいいという考え方もありますが、これが実はとても難しいことで、苦難を乗り越えてこそ初めて楽しめるもの。苦しい試合ほど勝ったときの喜びが大きいのは当然です。

藤本 伝説と呼ばれるような名勝負もありましたね。

大八木 「奇跡の逆転」と新聞に書かれたこともありましたが、まずは自分がベストを尽くすこと。皆がそうすることで、運も含めて必ず結果はついてくる。それと同時に自分を信じること。「信は力なり」とは山口先生のモットーですが、自分の生きてきたこと、やってきたことを信じるためには、常にベストを尽くす自分でいなければなりません。

藤本 ストイックなまでにラグビーに賭けた日々。引退のときも相当の決断だったのではないでしょうか。 大八木淳史さんとの対談写真 その3

大八木 ぼくにとっての転機は、1995年。プレーヤーとしての限界を感じ、引退を決意して臨んだ日本選手権で7連覇を達成した2日後に起こった阪神・淡路大震災のときでした。直後の混乱の中でも「V7おめでとう」と多くの人に声をかけられ、それまで自分のために続けてきたラグビーが「こんなにも第三者に影響を及ぼしていたのか」と実感しました。がんばって人々に元気や勇気を与え続けたい。ごく自然に「辞めよう」という気持ちは失せていました。

藤本 あの震災は、多くの人々に立ち止まって考える機会を与えたようですね。

大八木 結果、残念ながらV8は成し得なかった。しかし、過ぎた日を振り返るのではなく、ラグビーを通して世の中に貢献できることはないかを考えるきっかけとなりました。 

子どもたちに未来を伝えていきたい

藤本 その後はラグビーの世界にとどまらず、芸能活動など見事な活躍ぶりですね。

大八木 いろいろやらせていただいていますが、子どもたちに未来を伝えることに全力を注ぎたいという思いが一番です。

藤本 子どもたちに伝えたいことって何ですか。

大八木 ぼくにとってのラグビーは、「学校」そのものでした。ラグビーの精神である「one for all, all for one」は「ひとりがみんなのために」、そして「みんながひとつの目標のために」突き進むことの素晴らしさをいいます。教育、尊重、共生…、人生の局面で必要となる知恵はすべて楕円球から学んだのです。今の子どもたちにも、身をていして仲間を守る気概が欲しいですね。

藤本 現実には、あまりに自己中心的で、いやな世の中になってしまっていますね。

大八木 そんな社会にしてしまった大人の責任として、ラグビーやタグ・ラグビーを通じて子どもたちと一緒に遊ぶ中で、それらを伝えていきたい。外へ出て体を動かすことも大事。肌と肌がふれあうことで、人との距離やコミュニケーションのとり方、感性を学んでいきます。

藤本 いまどきの子どもたちは体を思いきり動かす楽しさも知らずに、大人になっていきます。

大八木 昔みたいに冒険ごっこをする遊び場もないし、塾や習い事で忙しいから遊ぶ時間もないのが現状。「頭を良くするためには、体系だったスポーツが一番いい」と養老孟司さんもおっしゃっていましたが、スポーツは脳の活性化に効果があるらしい。勉強も大事ですが、それだけではだめですね。

藤本 京都市社会教育委員としてもご活躍だそうですね。 大八木 この体格とヘアスタイル。ぼくは、お笑いやバラエティーではユニークなキャラクターですが、教育という分野で物が言える立場ではない。そういう意味ではアカデミックな肩書きも必要だし、ぼく自身がもっと勉強する必要がある、そう考えてお引き受けしました。会議でさまざまな方の意見を聞き、子どもたちの現状を知るたびに、一刻も早く手を打たなければと思います。 藤本 そのためにはどうしたらよいのでしょう。

大八木 21世紀のリーダーを育てるために、国は教育にお金をかけるべきだし、市民はもっと教育に関心を持つべきではないでしょうか。

藤本 目先のことだけでなく、10年、20年後を考えてほしいですね。 大八木淳史さんとの対談写真 その4

大八木 そして、地域社会の中には諸問題が山積しています。スポーツを通じたまちづくりや青少年の育成に本格的に関わっていきたいという思いから、昨年、母校の同志社大学大学院総合政策科学研究科に入学。講議とレポートに追われる日々を過ごしています。

藤本 その先の夢は何ですか。

大八木 ラグビーを通して素晴らしい出会いがたくさんありました。汗をかいて感動することの素晴らしさ、人生の素晴らしさを体感するためにも、スポーツと出会える場をつくり上げたいんです。勉強が苦手でも運動神経が抜群だったり、スポーツはダメでも応援団としてチームを支えていける人材だったり。そんな才能を生かせる場所になったらいいなと思います。

藤本 とても素敵な夢ですね。実現に向けて、ますますのご活躍を期待しています。今日はどうもありがとうございました。

バックナンバーの一覧へ戻る

ページのTOPにもどる
老若男女響学「お母さん大学」プロジェクトはこちら
お母さん大学メルマガ藤本でこぼこ通信 登録はこちらから
『百万母力』はこちらから
『百万母力』はこちらから
『百万母力』はこちらから
『百万母力』はこちらから
ブンナプロジェクトはこちらから
池川 明先生のDVD「胎内記憶」&本のご購入はこちらから
 
株式会社トランタンネットワーク新聞社 〒221-0055 神奈川県横浜市神奈川区大野町1-8-406