藤本 『痛快!エブリデイ』の本番お疲れ様でした。今日は、テレビで見るあのテンポのいいおしゃべりをご一緒させていただければと思います。よろしくお願いいたします。
関 こちらこそ、よろしくお願いいたします。
藤本 早速ですが、アナウンサーのお仕事を始めてどのくらいですか。
関 今年で18年目になりますね。
藤本 随分長いんですね!? そもそも、テレビ局に入られたきっかけは何ですか。
関 豊中で育ち、阪大の人間科学部に通っていました。たまたま家が近かった先輩から「関テレに就職するから、家庭教師のアルバイトを引き継いでもらえない?」と言われたのがきっかけで、漠然とテレビの世界を知りました。1年後のある日、先輩から「アナウンサーになる気ない?」って電話がかかってきたんです。
藤本 厳しい試験をくぐり抜けられた?
関 テレビ局を見てみたいという軽い気持ちで行きましたが、1分間の自己プレゼンテーションでエレベーターガールのものまねをやったんです。それが受けたんです。
藤本 人生ってわかりませんね。
関 大学時代は「相談室のカウンセラーになれたら」と考えていた私ですが、昔から「人」が好きなのでしょう。今のお仕事はたくさんの方と出会えて楽しいし、毎日が勉強です。
藤本 『痛快!エブリデイ』はいつからですか。
関 1993年から。そのころ結婚はしていましたが、子どもはいませんでした。息子は小学4年生、娘は5歳で保育所に通っています。
藤本 産休、育休をとって続けられたのですね。
関 上の子は1年間、2人目も11か月の育休をとりました。男女雇用機会均等法(※)ができて2年目の社員でしたから、環境的にとても恵まれていたんだと思います。
※男女雇用機会均等法/男女の雇用における均等な機会および待遇の確保を目的とする法律。1985年(昭和60)制定。募集・採用・配置・昇進については事業主に機会均等への努力義務を課し、定年・退職・解雇について差別的取り扱いを禁止する。
藤本 現在は「ママアナ」としてご活躍の関さんですが、出産後も同じ番組に復帰するケースは珍しいですね。
関 とてもありがたいことだと思います。パートナーの桂南光さんが「待ってるよ」と言ってくださり、プロデューサーをはじめ、たくさんのスタッフの理解や協力があってできたこと。視聴者の方々にも本当に感謝しています。
藤本 桂南光さんとのかけあいの妙は、嫌味がなくとっても自然体。信頼し合っているのが、見ていてわかります。
関 南光さんとは長いおつきあいですし、とても信頼しています。子育てや生き方についても尊敬し、見習わせていただいているところばかりです。
藤本 歯切れのいいおしゃべりに、番組での暴言、失言?の数々、スタッフの方にもあたたかく見守られているんですね。
関 与えられた台詞というのが昔から苦手で、思いついたことをそのまま何でも言ってしまう性格なんですよね。失敗も山ほどあります。
藤本 「しまった!」と思うことも?
関 年末にやる「アカンデミー大賞」なんて、もう独壇場。「関純子の大ボケ天国」になっていますから。
藤本 関さんの場合は、不思議とそこが許される。愛されるべき存在なんですね。
関 ありがたいことですが、私自身は周りに迷惑かけたりで、反省の毎日なんですよ。番組中に冷や汗が出ることもありますし、壁にぶつかって、立ち直れないときも。
藤本 その気持ちわかります。正直だから悪気がなくつい言ってしまって。でもそのあと本人はけっこう落ち込むんですよね。関さんと私、ちょっと似ているのかな。
関 わかります? 周りからは図太く見られてると思うんですが、けっこう弱いんです。
藤本 テレビのようなマスメディアにはたくさんの視聴者がいて、価値観もいろいろでしょう。私もずっと母親向けの新聞をつくってきて、ニュアンスの違いや何気ない一言でさまざまなクレームを受けてきました。もちろん反対に、私の発信に共感してくれたり、前向きな意見やアドバイスをくださる読者もたくさんいるからこそ、続けてこられたんですけどね。
関 私も『ビーボラビータ』や『リブライフ』を読ませていただいて、藤本さんのおっしゃることがよくわかりますよ。子育て中のお母さんたちに何かを伝えていくって、大変だけど、とっても必要なことだと思います。
藤本 紙と映像。方法の違いはありますが、同じかもしれませんね。