スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

街を支え、街をつくる、街商人  天神橋筋商店連合会会長  土居年樹さん

日本一長い商店街として有名な大阪・天神橋筋商店街に、陶器店を構える土居年樹さん。時代の流れとともに街や商店のあり方が変化していく中で、常に斬新なアイデアで商店街の活性化に努めてきた。街のプロデューサーとしての手腕は高く評価され、「てんさん」の顔としてマスコミやビジネスの世界からも注目され、走り続けている。そのバイタリティーはどこからくるのだろう。

 

天神橋筋商店連合会会長 土居年樹さん
どい としき  1937年大阪市生まれ。同志社大学商学部を中退し、先代である父の跡を継ぎ、株式会社丸玉一土居陶器店に入社。1979年代表取締役に就任、現在に至る。天神橋三丁目商店街振興組合理事長、大阪府陶磁器商業協同組合理事長、大阪府商店街振興組合連合会副理事長、天神橋筋商店連合会会長、NPO法人天神天満町街トラスト代表理事ほか、多数の公職を歴任し、講演も多数。2004年黄綬褒章受賞。2005年内閣府特命顧問より「日本の観光カリスマ百選」に認定。現在は、社団法人上方落語協会会長の桂三枝師匠とともに、上方伝統笑芸の継承、発展に寄与すべく、「天満天神繁昌亭」の設立準備活動に奔走中。

てんさんへの来場者は3倍に

藤本 早速ですが、創業70年という土居陶器店。最初に、ご商売を始めたきっかけを教えていただけますか。

土居 今でこそ、こんな性格ですが、昔は内気な子でした。異性の手も握れないような(笑)。何が私を変えたのかといえば、やはり父の死ですね。19歳の学生でしたが、父を亡くして、突然「家を継げ」でしょ。商店街といえば、60歳、70歳のおじさんばかり。「若かろうが新前だろうが、商売をやろうと思ったら、まずは対等に物が言えるようにならんとあかん」。そこからがスタートです。土居年樹さんとの対談写真 その1

藤本 天神橋筋商店街は、日本一長い商店街として有名です。また、さまざまな企画を取り入れ、住民や地域が一体となって、新たな商店街のあり方を、常に示していますね。それらの仕掛けのほとんどが、土居さんのアイデアによるものと伺って、本当に驚いているんです。

土居 皆さんからよく言われることですが、性分もあります。やれることを実行していっただけですよ。大型店の出現や人々の暮らし方の変化や、バブル以降の不安定な経済状態を背景に、商店街はどこもかしこも閑古鳥が鳴き、存続の危機に瀕しています。

藤本 主婦である私たちからすると、「行きたい」と思える魅力的な商店街がないのも事実です。

土居 そうそう、その通り。空き店舗対策も官に任せ自分たちは努力も苦労もしない商店街が、全国にはたくさんあります。てんさん(※)も、放っておけば、消えていくだろう、という状況だったんです。

藤本 それをここまで繁栄させられた経緯を、順を追って伺わせてください。

土居 今から30年くらい前、てんさんの空洞化はひどかった。一日の人通りは8000人程度でした。「店を閉めて、車が走れる道路にしたほうがいい」なんて言う経営コンサルタントもいましたよ。それが今ではなんと、2万5000人という数に。

藤本 まさに主体的に取り組まれた再生プロジェクト。リーダーとしての手腕に注目が集まりますね。

土居 「おまえらに頼ってられるかい!」という大阪の商人魂というか、反骨精神というか、そんなものだと思います。

藤本 積極的にそれに乗り出したのはいつごろですか。

土居 やりたくて始めた商売じゃなかったので、初めは商店街の一員でしかなかったんです。当時は、子どもの成長とともに学校PTA活動に参加し、自由業だったこともあって、役員などを引き受けることが多かったんです。

藤本 それがなぜ、商店街の活動へと移行していったのですか。  

土居 PTAに深く関われば関わるほど、子どもたちへの思いから「もっとこうしたい、ああしたい」と思うことが山ほど出てきましたが、長い慣習などにより、私が目指すPTA活動の当初の目的が達成されず、思うようにいかないこともあり、活動から離れました。

藤本 昔も今も同じですね。たいがい皆さんが直面する問題はそこですもんね。

土居 自分でケリをつけようと、あるパーティーの席で、脱PTA宣言したんです。それから35年、商店街に身を移し、同様の悩みに直面しながらも、何とか切り抜けてきたわけです。

藤本 商店街には、ご年配の方も多くいらっしゃったのではないですか。

土居 関わりだした当初は、みんな年上で、私が一番若かった。そこで若手の組織づくりを始めたんです。考えたら無鉄砲ですね。抗議や反発も半端じゃない。毎晩「街を良くすんのやから」と説得して歩きました。

藤本 一番の問題は、人にあったのですね。

土居 そうそう、ほとんどが人対策ですよ。でもつくづく、街づくりの基本は「人活かし」に尽きますね。

藤本 街にはたくさんの人材がありますよね。学校や地域で人材バンクを上手に展開している例はいくつかあります。

商店街から文化を発信しよう

土居 当時は、何しろ前例がないわけですから、理解されようがありません。「街づくり? 何やそれ?」という時代です。そこで、具体的な空き店舗対策として始めたのが、日本初の「商店街立カルチャーセンター」です。 土居年樹さんとの対談写真 その2

藤本 画期的な発想ですよね。商店街の人たちが、商売以外のことをやるなんて、抵抗はありませんでしたか。

土居 「商店街から文化を発信しよう」という考えには、幸い、賛同する人が多かったですね。伝統文化、商人文化、現代文化、住民文化など、地域にある文化を掘り起こそうという試みです。でも、そうはいっても、いったい何をどうすればいいのかわからない。あのころは、仲間と「ノミ(飲み)ニケーション」といって、毎晩酒を飲んでは腹を割って議論、「どうしたら街が面白くなるか」ばかりを考えていましたね。

藤本 カルチャーセンターは大成功をおさめたそうですが。

土居 コンサートや落語会、展覧会やセミナーなど、面白いことをどんどんやっていきました。街の人もたくさん参加するようになって、楽しかったですね。

藤本 みんなが楽しく関われるのが一番ですから、とてもいい企画だと思います。私たちも、ずっと子育て中の母親たちに関わってきて、多くの人が孤立した子育てに窮している現状がありました。その解決法のひとつに、親子のたまり場をつくり、そこでは一人ひとりの力を活用したセミナーやサロンなどをたくさんやってきたんです。

土居 原点は「人活かし」。だが時として、その「人」自身の理解を得られないために、トラブルになることもある。

藤本 そうなんです。私たちもさまざまな活動をやってきましたが、一番の仲間であるはずのお母さんたちの反発にあうこともある。多くの人の理解を得て、物事を進めていくのは本当に大変です。

遊び心いっぱいの企画が目白押し

土居 何をするにしても、みんながみんなついてきてくれるとは限りません。むしろ、反発は覚悟の上で、どれだけ自分や仲間を信じて決断していけるか。つまり、リーダーの勇気と実行力に尽きるでしょう。そうやって決断したときに初めて、人は動くんです。もちろん、そっぽを向かれないための仕掛けも大切です。

藤本 仕掛け?

土居 楽しいこと、感動できることを継続してやること、情報を発信し続けることですね。みんなに休んだり、考えたりする暇を与えない。次々に新しいことを始め、みんなを巻き込んでいくから、いつの間にか楽しくなってくる。たとえば「満歩状」という企画。これには、たくさんの人が楽しんで関わってきましたね。

藤本 「観光」という視点から商店街の活性化を考える、と話題になりましたね。土居年樹さんとの対談写真 その3

土居 難しく考えなくてもいいんです。単純に「長さ日本一のアーケード」を活かして何かできないかと考えたときに、天神橋1丁目から7丁目までを歩くと約1万歩。それなら、天満の満に、歩くの歩の意味で、南端の大阪天満宮まで歩き通した人に巫女さんが「満歩状」を渡すっていうのはどうだろう?というアイデアです。

藤本 面白いですね。商店街にどんなお店があるかを知らなくても挑戦してみたくなりますもん。

土居 テレビで紹介された途端に、全国から観光客が押し寄せ、うれしい悲鳴を上げました。商店街の人も、当然関わらざるを得ない。あのときは、本当にすごかったです。

藤本 テレビといえば、修学旅行生が移動屋台で商売を体験するという企画がありましたね。拝見したことがあります。

土居 次々と面白いことをやるから、全国から視察やマスコミがひっきりなし。一日店員の体験学習は、修学旅行生に限らず、どなたでも参加できます。自転車型の移動屋台に「天三おかげ屋台」というのぼりを立てて引いてもらう。物販だけではなく、パフォーマンスや宣伝活動など企画は自由です。子どもたちには、人とのコミュニケーションの楽しさを知る機会として、商売の面白さを感じてもらおうという狙いで、いまだに盛況です。

たくさんの個が集まって街になる

藤本 今は子どもたちに「生きる力」を、と総合的な学習の時間でも、職業体験学習などが増えています。土居さんの場合、常に時代の先端をいってるのが素晴らしいですね。あまりにもたくさんのことをなさってきたわけですが、土居さんの哲学って何でしょう。

土居 街商人の信条は「人に惚れ、店に惚れ、街に惚れる」。商人が物売りだけをやっていたらいけません。「住む」という字は「人が主役」と書く通り、街にはたくさんの人がいて、個の魅力が集まってひとつの集合体になっています。言ってみれば「かやくごはん」のようなもんですね。それぞれの具がいい味を出して、おいしいかやくごはんができる。

藤本 まさにプロデューサーですね。

土居 どうしてもリーダーが目立ってしまうのですが、いろいろな人の知恵を借りてこそできたこと。誇れるものといったら、情熱くらいなものでしょうか。

藤本 それが一番ですよ。本気の人でなければ人はついていきません。それが「日本の観光カリスマ百選」の認定や、昨年の黄綬褒章の受賞につながっているのでしょう。

土居 自分でも驚くばかりですが、こうした評価をいただいてますます、いい人との出会いに感謝の一心。初心を忘れることなく、そして健康である限り、休まず精進を続けていきたいですね。

藤本 最後になりますが、今の社会について、どうご覧になりますか。

土居 今の日本はおかしなことばかり。子どもへの虐待なども後を絶たず、耳を疑うような事件も起こっています。その要因のひとつは街にあると考えています。世の中の間違いを「町街」として「町街トラスト│天神・天満計画」を進めています。商店街は、昔から街の見張り番としての役割を果たしてきました。あるべき街人の姿として「ほっとする街」づくりを推進していきます。 土居年樹さんとの対談写真 その4

藤本 大阪の子どもやお父さん、お母さんたちへメッセージがあればお願いします。

土居 陶器屋という商売柄、ご家庭の食卓が見えてしまいます。最近は、おふくろの味に変わって「袋の味」が主流。つまり、レトルトの生活ですね。包丁がない家もありますよ。これでは、子どもたちが健全に育つわけがない。ぜひとも、食生活を見直していただきたい。家族で食卓を囲める幸せが、どれだけ人生に大切かを、今一度考えていただきたいですね。

藤本 普段から忙しくしている私にも、グサッとくる言葉です。でも本当にその通りだと思います。今日は読者の皆さんにはお伝えしきれないほどたくさんの楽しい話をありがとうございました。これからもぜひご活躍ください。

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