藤本 渡米したのはおいくつのときですか。
桑名 高2のときですが、洋上大学なら半年ステイができるというんで、「何をどうするかはあとで考えよう」と、とにかく船に飛び乗った。
藤本 アメリカは、どうでしたか。
桑名 サンフランシスコのYMCAに落ち着き、その後、ロサンゼルスへ。その間、ゲイにおそわれそうになったり、ヒッピー族に混じって歌ったり。ロスでは「障子貼り」のアルバイトで、けっこういいお金を稼ぎました。 
藤本 今でこそフリーターが認められ、若者が自由に生きられる時代になりましたが、当時はまだまだでしたでしょう。
桑名 ぼく自身は人目は気にしないし、けっこう流されるタイプ。でも不思議とラッキーな出会いや出来事があるんですよね。帰国のきっかけは、栄孝志さんとの出会い。一緒にコンサートを見て回るうちに「よし、東京に行って、こいつと一緒にバンドをやろう!」とひらめいたんです。東京では、青山のバーで住み込みのアルバイトをしたり、原宿で歌っていた音楽仲間のアパートに居候したり。それが「ファニー・カンパニー」のデビューへと続きます。
藤本 人生はドラマですね。ところで、そうやって次々とやりたいことを叶えていく桑名さんですが、ご両親の反対はなかったのですか。
桑名 中学生でフラフラしていたころは、さすがに母はヒステリックになっていました。梅田でゴーゴーガールのような女の子をひっかけたり、友だちの家を泊まり歩いたり…。
藤本 お母様が心配するのも無理はありません。
桑名 ぼく自身が決めたルールは「親には必ず居場所を教えること」。夜中の2時に電話して「今、○○というバーにいるから」は日常です。
藤本 私も娘たちに「電話だけは入れて」が口ぐせです。その電話一本で、どれだけ安心か…。
桑名 親父は「ファニカン」のデビューが決まってからは、一切何も言わなくなりました。家業を継がせるのを、あきらめたようです。
藤本 息子の力を認めたのでしょうね。
桑名 ずっと勝手なことばかりやってきたので、デビューを喜んでくれたときは、そりゃあぼくとしてもうれしかったですね。
藤本 現在は、歌手としての活動だけでなく、いろいろな顔をお持ちの桑名さんですが。
桑名 大阪自由学院という学校の理事長をやっています。音楽好きな若者たちに自由に音楽を楽しんでもらい、チャンスや才能があれば、その道で食べていくこともできるよ、と可能性を広げてあげる。大きな特徴は、卒業すれば高校卒業の資格が取れること。実体験をいえば、普通の学校現場ではなかなか音楽を深めることができない。しかも「ロック=不良」のイメージがあって、世間的にはけっこうつらいんです。
藤本 今さら「ロック」がとやかくいわれる時代ではありませんが。一方では音楽のような感性教育の重要性をうたいながら、もう一方では「ゆとり教育」の見直しで、ますます音楽の機会が減らされていく。なかなか難しい問題です。
桑名 お役所が決めたことには逆らえません。若者たちのため、それからバンドでいえば「主役」を除くほとんどの連中が高い音楽技術を持っていても、それだけでは食べていけない現実がある。そこで彼らのような現場で活躍するミュージシャンを講師にした、東京自由学園という音楽学校ができました。学園長は佐倉一樹というミュージシャン。その後、大阪にも学校をつくりたいと、ぼくに声がかかったのです。
藤本 少しずつ社会が変わり、仕事や人生の価値観も変わってきました。好きなことで食べていこうという若者も増えていますよね。
桑名 学歴社会じゃないといいながら、現実にはまだまだ。チャンスを手にするためには、高校卒業の資格も必要でしょう。うちの学校が学生たちの夢を具現化できればうれしいですよね。
藤本 生徒さんたちを見ていてどうですか。 
桑名 子どもたちには夢があるから、みんな輝いています。学校も活気がありますよ。でも中には、行き場がなくて来た子もいる。そういう子にはフォローも大切です。音楽じゃなくてもいいから、生きる希望や目標を見つけてほしい。社会もわるいけど、親が変わっていかなきゃね。
藤本 今の社会をつくっているのは我々です。何より家庭で考えるべき問題も多いのでしょう。
桑名 親はもっと子どもを遊ばせるべきでしょう。そして、大人たちこそもっと実直になるべきです。真面目に働いて、常に先へ行くことを考えて勉強を重ねていく。そうすれば、子どもも考える。大人たちが自分の子どものことだけでなく、社会全体のことを考えて行動していかないと、世の中は変わっていかないでしょう。
藤本 ご自身の子育てはいかがですか。
桑名 美勇士は23歳、錬は16歳でまだ高校生。強制したわけじゃないけど、2人とも音楽の道に入りました。親父と息子というよりは、何でも話せる友だち同士のような関係です。
藤本 うらやましい! 普通は、なかなか本音でぶつかれないものですよ。
桑名 親父が完璧じゃないから、いいんじゃないかな。人間として、人のためにどんな人生が送れるか、なんてことを話しますね。