藤本 昨年11月の全日本GT選手権(※)最終戦では9位という成績、お疲れ様でした。2004年を振り返って、どんな年でしたか。
※全日本GT選手権/モータースポーツのシリーズ・レースである「JGT」(JAPAN GT CHAMPIONSHIP)のこと。日本自動車連盟(JAF)公認の年間シリーズ戦。年間数回開催されるレースでポイントを集め、その合計でチャンピオンを決める
中野 ホンダマシンNSXで1年間戦いました。他のチーム(※)も良い成績を残せなかったし、ぼくとしてはやりたいところからはかけ離れてしまい、結果を見れば、それほど悪くはないけれど、ホンダ勢は1年間を通して絶不調でした。
※チーム/マシンの整備をするメカニック、監督たちの総称。
藤本 納得がいかないというのは?
中野 モータースポーツの世界は、ドライバーの技術だけではなく、マシンの性能やチームの力を含めた総合的なバランスのとれた力が重要です。その意味では、悔いが残ります。
藤本 憧れのモータースポーツ、外から見る以上に厳しいのでしょうね。まずは予備知識として、基本的なことを教えていただけますか。
中野 この世界はピラミッド形になっていて、免許がなくてもサーキットを走ることができるゴーカートを底辺に、F3、F3000とのぼり、そしてヨーロッパの頂点がF1。アメリカでそれに値するのはCARTといって、ゴーカートとはスペルからして全く異なるものです。
藤本 一口に「レース」といっても、その種類や内容はさまざまなのですね。
中野 いくつものレースを勝ち抜いた人たちが、最終的に頂点を目指していくわけです。
藤本 まさにその頂点にのぼりつめた中野さんですが、その道のりはどんなものだったのでしょう。生い立ちやきっかけなど教えてください。
中野 高槻市に生まれました。家族は、両親と1つ違いの妹がひとり。今のぼくがあるのは父のおかげです。20歳を過ぎて、たまたま手にしたレース雑誌から興味を持った父が、本格的にレースに出るようになったのです。
藤本 誰でもレースには出られるのですか。
中野 父の仕事は内装業です。マシン、タイヤ、移動費…と、レースにはお金がかかる。ぼくら家族を養いながらですから、それはもう大変だったと思います。平日は毎朝5時から、周りが心配するほど働き、週末を家族みんなでサーキットで過ごすという日々だったようです。
藤本 サーキットで車を見つめていた3歳の信治少年は、やがてその世界へ…。
中野 当時はぼくも、父やその仲間たちの走りを見て、あんなに速く走れるなんてかっこいいな、と思っていただけですけどね。
藤本 きっかけは、お父様の引退だそうですね。
中野 日本レース界最高峰の全日本F2選手権へと順調にステップアップを果たしたところでした。チームやスポンサーとの意見の相違から、それまで支えてくれた方へ義理立てする形で、父はレースを断念したのです。
藤本 無念のリタイア。つらかったでしょうね。
中野 家族とレースのためだけに働き、人を裏切らず、自らの甘えを許さない厳格な父。だからこその選択だったのでしょう。ぼくが父とその友人に誘われてカートを始めてからの、父の熱の入れ方は普通ではありませんでした。
藤本 初めてレースに出たのはいつですか。
中野 11歳のときです。いざ走ってみたら、何となく体が勝手に動いた。そんな感じです。
藤本 イメージトレーニングが効いたのですね。
中野 初めて走った日にタイムレコードを出しまして、驚いた父が「自分にもできない理想の走りをしている! きっと、幼いころから走りを見ていた信治は、本能的に車の走らせ方を学習していたんじゃないか!?」と言ったそうです。
藤本 実際に走ってみた感想はどうでしたか。
中野 腕相撲にかけっこ…。とにかく勝負事が好きでしたね。負けず嫌いは生まれつき。それから乗り物が好きでした。三輪車に始まって自転車へ。そしてゴーカートを与えられた。こがなくていいし、戦う相手もいて、がんばれば一番になれる。楽しくてしょうがないわけですよ。
藤本 中学、高校と進み、学校との両立、友だちの反応などはどうでしたか。
中野 自分から周りに話すほうではないし、「ゴーカート」といってもみんな知りません。レースで学校を休みがちになって、徐々に知られていった感じですね。日曜日は必ずサーキットで練習していましたが、中学校までは友だちと遊ぶ時間もあったかな。でも高校に上がったら、周りから浮いた存在になっていました。
藤本 えっ、どういうことですか!?
中野 徒党を組みたがる年頃ですが、ぼくはそういうのが苦手。常にひとりでいましたね。ケンカを売られても、悪いことはしていないから、頭を下げる理由が思い当たらないんですよ。
藤本 売られたケンカは?
中野 仕方ないから、買いました(笑)。トレーニングをしていたし、絶対に負けない自信も、プライドもありました。
藤本 16歳で国際レースに初優勝!なんて目立ったことをして、クールなところが余計に面白くない、生意気だ、となるんでしょうね。