藤本 フランス料理で知られる「アイルモレ・コタ」を企画されたのですね。
徳光 インドネシア語で「水辺の美しい街」という意味です。料理屋は地域の人に愛され、気軽に人が集える場所でなくてはなりません。しかし料亭では少しばかり敷居が高い。そう思ったときに、たまたまビルの計画があがったんです。ここは食べることだけではなく、「集う」ことを目的に人々が集まってきます。
藤本 女将の夢だった「交流の場」が実現したわけですね。
徳光 当時のエピソードですが、設計などの計画が進む途中で、コンサルタントの方に「外からレストランということがわかりにくいから、はっきりとレストランという看板を上げるとか、外から見えるような造りにしたほうがいい」と設計変更を提案されたのです。ものすごく悩みました。花外楼としてもひとつの賭けのようなもの。私の決断がすべての人に迷惑をかけてしまうことにもなりかねません。考えた末、私は設計士さんを信頼することにしました。「レストランでもパン屋でもなく、アイルモレだ!」と。
藤本 それだけの思いがあってこそ、成功したのでしょうね。
徳光 コンセプトや宣伝もすべて自分たちの納得がいくものに。結婚式のエンディングには川で花火を上げたり…。パーティーや音楽会などさまざまな企画では、私たちがいいと思うこと、お客様が望まれること、私たちにできることは何でもやりました。おかげでさまざまなジャンルの方々、ユニークな方にもたくさん出会い、そのつながりの中でいろいろなことをやってきました。これらすべての経験がノウハウとネットワークとなって、私の宝物になっています。
藤本 お話をしながら、女将のお顔が輝いているのがわかります。
徳光 私はキタやミナミではなく、川があって緑がある大川のほとり、ここが好きなんです。朝昼夕、夜と風景が違う。雨や星、川があって緑がある。雨の日、雪の日もまた趣があります。5月にはバラが、初夏にはタイサンボクの花が咲き、11月にはユリカモメが飛んできます。ライトアップした中央公会堂を眺める特等席もあるんですよ。
藤本 レストランならどなたでも気軽に利用できそうですね。女将の気さくな人柄がかつての伊助さんのように、新しい人々をどんどん引き寄せていくのでしょうね。花外楼もさまざまな事業展開とともに、新しい時代に向かっていきそうですね。
徳光 基本は「人の心」を大切に。豪華さや大きさではなく、あたたかいおもてなし。さりげなく、気持ちのいい空間を演出することでしょうか。これからの時代の生き方は、勝つことではなく、ホッとするようなものかもしれません。
藤本 本誌のテーマ「自分らしく」も共通しています。
徳光 私自身、「継がなければならない」と気負っていたところもあるんです。これからは、勢い込まず自然体で、ゆっくりと私流でやっていきたいですね。
藤本 ところで今、学校では「食育」という新しい教育が始まりました。古くから大阪の食文化を支え、つくってきた花外楼の女将として、どう思われますか。
徳光 モノが豊かになった反面、心の貧しさが問題です。これまで日本の食卓にはマナー教育はあっても、誰とどう食べるかを考える姿勢はありませんでした。フランスでは「会食」をコゥヴィーヴ(con vive)といいますが、心を許す人を招いて食すということは「ともに生きる」という意味をも示します。またイスラエルには「今日あなたと食事をともにする」という言葉があり、ともに食事をすることは「和解」を意味します。それほど食事というものは万国共通、人が心を通わせる大切な場なのです。
藤本 だとしたら料亭も家庭も同じ。私たちは食について、もっと関心を持つべきでしょう。失われつつある日本人の食卓。これは、大きな問題です。
徳光 大阪は古くから食の街、文化の街。人々は、その合理的な気質の通り、豊かな山海の食材を隅まで余す所なく生かし、大阪の「食」を確立しました。街の発展とともに人やモノが集まり、食を囲む文化が栄えたのです。町人は晴れの日に、サクラの日に、特別な宴を設けました。そんな、いい習慣を伝えていけたらと思います。
藤本 今一度、家族で囲む食卓について考えてみたいと思います。今日は、素晴らしいお話をたくさんありがとうございました。