スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

美しい歌声に乗せて世界中の人々に愛を 歌手 スーザン・オズボーンさん

長野オリンピック、パラリンピック閉会式の『上を向いて歩こう』の熱唱や映画の楽曲起用、自動車のCM曲などで知られるスーザン・オズボーンさん。「ヒーリングの女王」といわれるその歌声は、ただ美しく、愛に深く、聴く人々を幸せにする。コンサートでは、人間味あふれるトークで観客の心をやわらげ、一体となってつくるそのステージは、多くの感動を生む。世界中から愛されるスーザンさんが、本当に伝えたいものとは?

 

歌 手 スーザン・オズボーンさん
SUSAN OSBORN  米ミネソタ州出身。1992年には、日本の歌を英詩で歌った名盤『和美』が日本レコード大賞アルバム企画賞を受賞。1998年の長野オリンピック・パラリンピック閉会式での『上を向いて歩こう』の熱唱や、映画『地球交奏曲』(龍村仁監督)、『東京マリーゴールド』(市川準監督)の楽曲起用、TOYOTAエスティマのCM曲に『浜辺の歌』が使用されたことなどで、日本での認知度や人気は高く、コンサートやボイスセミナーなど、日本での活動も幅広い。
http://www.susanosborn.com「日本語」

真面目で几帳面、完璧主義の
性格が災いしてるんです

藤本 日本でも大活躍のスーザンさんですが、今回の来日は何度目ですか。 スーザン・オズボーンさんとの対談写真 その1

スーザン 確か39回目だったかしら。でも今回のように、9週間というロングステイは初めてです。

藤本 どんなスケジュールですか。

スーザン NHKの録画にCDの録音。それから東京をはじめ札幌、奈良、広島…とコンサートやボイスセミナー、ワークショップなどをしながら、全国を回ります。

藤本 先日、東京でのコンサートに参加させていただきましたが、とても素晴らしかったですね。会場がお寺(東京都大田区・実相寺)だったせいか、ホールコンサートとはまた違って、スーザンさんと私たち観客とが、自然に溶け込んでいく感じでしたね。本当に素敵でした。

スーザン ありがとうございます。私のコンサートでは、とくに後半ですが、会場がシーンと静まり返ることがよくあるんですよ。いつも皆さんに話すのですが、拍手をしたい人はしてもいいし、静けさを味わいたい人は、しなくてもいいって。

藤本 日本人には、実はそれが難しいんですね。正直私も、あのときは迷ってしまいました。拍手をしたほうがいいのかどうか。

スーザン 正直な人ね、藤本さんは。多くの日本人がそうかもしれませんね。でも、拍手は皆がするからするものではなくて、自分がしたいと思ったときにするものでしょ。心の底からわき上がってくる気持ちをそのまま表現すればいいんです。

藤本 周りを気にして表現できない。コンサートや舞台のスタンディングオベーションも、日本ではなかなかありません。

スーザン 一種の国民性といえるかもしれませんね。でも人間は感じる生きものなのだから、それを表現しないのはもったいないですよね。喜びも楽しさも、そして静けさも共有する。それがコンサートであり、歌が持つ力だと思います。

藤本 スーザンさんの歌声を聴いていて、何かこう訴えてくるものを感じました。上手にいえませんが、心だけでなく、からだ全体にという感じでしたね。スーザンさんが「ヒーリングの女王」といわれるのがわかるような気がしました。

スーザン 「アース・ミュージック」とよくいわれますが、歌うことは、地球上のありとあらゆるものにつながる行為だと思います。歌を聴くことや、歌うことがきらいな人はいないでしょう。

藤本 歌っているときは、いつも何を考えているのですか。

スーザン ほとんどは、言葉。歌詞をそのまま考えているかしら。詩の意味はとても大切ですから。自分の心に焦点を当てるためにイメージも広げています。心の内側に、映像を見ながら歌っているんです。

藤本 ボイスセミナーというのは、どんなものですか。

学校や家庭でも、子どもに歌を

スーザン 私は歌を教えるのではなく、自分の声を本当の意味で聴く体験をしてもらうだけなんです。歌は、人間の感情消化システムにおいて、なくてはならないものです。とくに今の人は、頭で考えてしまいがちですが、歌うことは、からだにも心にもつながることですよね。

藤本 日本の教育も、頭で考えることが多いですよね。そういうことも、今、世の中に起きているさまざまな問題などと関係があるのでしょうか。

スーザン 日本に限らずアメリカも、それから文明化された所はどこも同じです。人々が本当の人間らしいことを忘れて、商業的なものに走ってしまっています。知識的なことや物理的なことばかりが優先されています。歌は、人間の本能的な部分ですから、それを自由に楽しむことで、子どもたちにもたらす影響は大きいでしょう。スーザン・オズボーンさんとの対談写真 その2

藤本 学校でも、そんなプログラムがあったらいいでしょうね。

スーザン ちっとも難しくありませんよ。たとえば、子どもたちが毎日、朝の会で歌ったらどうかしら。きっと、その小さな一体感がクラスを変えてしまうでしょう。それに、家庭でもできることだと思います。テレビが普及する前は、どこの家庭にもそういうシーンがあったはずです。

藤本 考えてみれば、子守り歌もそうですよね。私も子どもが小さいうちは歌っていました。

スーザン 私も、母がオルガンで歌ってくれたことをよく覚えています。そこには愛があり、歌う喜びも母に教えてもらったような気がします。

藤本 ご両親はどんな方でしたか。

スーザン 父は医師で歌うことが大好きな人でした。素晴らしい声でしたよ。

藤本 スーザンさんの素敵な声は、お父様譲りなんですね。

スーザン 母は、ものすごく家庭を大切にする人。ボランティア精神にあふれ、人の役に立つことが生きがいのような人でした。素晴らしい文章を書く人で、両親ともユーモアのセンスがありましたね。

藤本 ご自身はどんなお子さんでしたか。

スーザン 変わった子だったかしら? ユニークな子といわれることも多かったですね。重い病気で、13歳までしか生きられないといわれていました。ずっと何年もの間、病院で過ごしていたんですよ。

藤本 ちょっぴり普通と違った子ども時代だったのですね。

スーザン 病気も病院生活も、私には大切な経験でした。その経験が今も生きています。それに、とても不思議な話があるんです。あるとき日本人の若い女性が、看護実習生として病院にやって来たんです。彼女は私に教えたいものがあると言って、折り紙で「鶴」を折ってくれたんです。それが何であるかは説明せずに、私に「やってみて」って。私は初めて覚えた折り紙が楽しくて、彼女に言われた通り、ずっと鶴を折り続けたんです…。それが、私の最後の入院になったのです。

藤本 千羽鶴のおかげで、治ったんですね。

スーザン 不思議でしょ? 偶然とは思えないんです。13歳のときから、日本に縁があったんですよね。

藤本 アメリカ人のスーザンさんが、日本の歌をうたって、世界をつないでくれているのですものね。

スーザン 初めて人前で歌ったのは3歳のころだったと思いますが、私の歌を聴いた人がものすごく強い反応を示してくれたのです。自分でも、何かが声と一緒に出てきたような感じがしたんです。そのとき、私は神様からギフトとしてこの声をいただいたのだ、と思いました。ですから歌を通して世界をつなぐことが、私の使命だと思っています。日本の自然や日本人の心の美しさも、広く伝えていけたらと思っています。

藤本 6年前の長野オリンピック、パラリンピックの閉会式で『上を向いて歩こう』を熱唱されたシーンは印象的でしたね。

スーザン パラリンピックでは、一度は絶望を体験したであろう選手たちが、精神の強さと勇気でそれを乗り越えた姿を見ました。障害によって人生が終わるのではなく、新しい人生を始める…。私たちは、選手や、それを支える人々を目にすることで、多くを学べるのです。人間は誰も弱くて、それを見つめ理解しながら、少しでも高めようとして生きていく。自分を見つめることで、他人へのやさしさや思いやりも生まれるのでしょう。本当に素晴らしい気づきを与えていただいたと感謝しています。

藤本 こうして人々に幸せや気づきを与えられるスーザンさんですが、挫折したり、悩んだりすることはありますか。 

自分を高めるための人生の旅

スーザン もちろん。一番苦しいのは、素晴らしい贈り物をもらってしまったときですね。自分が人間としてまだまだ完全ではないのに、それ以上の評価をいただいてしまったときなど。この2つを近づけていくために、私は生きているのかもしれません。自分の惨めさや汚さを捨てて、純粋なひとりの人間に近づいていくこと。これこそが「人生の旅」だと思いますよ。スーザン・オズボーンさんとの対談写真 その3

藤本 それには、たくさんの人との出会いが必要なんでしょうね。

スーザン 完璧な人間なんていないでしょ? だから私は、私という不完全な人間をそのまま受け入れてくれる人と、互いに認め合いながら高めていきたいと思っています。今日の出会いも私にとっては大きいの。藤本さんには、文章で「美しいもの」を伝えてほしいし、私は歌でそれを伝えていく。それって素敵なことですよね。

藤本 「教育者でもない私が、人々に伝えられることって何だろう」といつも考えています。今日もできるだけスーザンさんの言葉で、発信したいと思っています。

スーザン 藤本さんの言葉で十分ですよ。ひとりの人間として伝えることが最高なんです。家庭でいうなら、子どもたちの個性をどう生かし、それをどう維持し続けられるかが、母親のチャレンジだと思います。

藤本 日本では、母親たちの多くが子育ては大変といっています。

スーザン 子育てをして、自分を失ってしまうことほどばかげたことはありませんね。どんな小さなことでもいいから、喜びを感じられるもの、心の栄養となるものを持ち続けることが大切です。自分を高めること、すなわち自分にいいことをすることが、どんなに素晴らしいことであるかを、子どもたちに見せていくことです。もっと、人生をエンジョイすればいい。簡単なことですよね。

藤本 日本の子どもたちに、何かメッセージをお願いします。

スーザン とにかく楽しいことを見つけてください。何でもいいけれど、美しさを創造する何かに関わることの素晴らしさに、気づいてほしいですね。

藤本 美しさというのは?

これからは「お返しの時間」

スーザン 深くて大きな「愛」。うれしいこと、気持ちいいこと、幸せなこと…。私はずっと、そこに焦点を当てていきたい。そして、大切なのは、自分のためだけではなく、人々にどう影響していけるかですね。

藤本 最後に、スーザンさんの夢を聞かせてください。

スーザン 日本に来る少し前に、タイに行って、貧困社会を目の当たりにしてきました。教育の機会も与えられない子どもや、立場の弱い女性たち…。でも反対に、そこにはまた別の美しいものがあふれていました。たとえば女性たちが自然の素材を生かして丹念に織る衣は、最高のものでした。何時間も手間ひまをかけ、思いを込めて縫い上げるキルトは、素晴らしい芸術でしたし、豊かな自然も残っていました。もう私、いろいろなことを感じ過ぎて、頭がパンクしそうなくらい。忘れないうちに書き残したいとも思うのですが、私はやはり歌で表現しなければと思います。

藤本 スーザンさんが感じ、充電してきたものを歌で表現する。その、すべての経験が歌になって、私たちも共有させてもらえるなんて、素敵なことですね。

スーザン 結婚して20年になりますが、私たち夫婦に子どもがいなかったのは、「自分の人生を生きなさい」というメッセージだったのかもしれません。彼は、絵や彫刻、詩をつくるアーチスト。お互いにそばにいて話したり共感したりすることで、高め合うことができるんです。そして、これからが本当の「おスーザン・オズボーンさんとの対談写真 その4返しの時間」。これまで出会った人々が私にくれたものすべてを使って、できるだけたくさん歌っていきたいし、録音もして広めていきたいと思っています。まだまだ学び続けながらですけれどね。

藤本 今日の出会いは、私にとってもたくさんの気づきがありました。自分に与えていただいているこのような機会を無駄にしないように、私も『ビーボラビータ』を通じて、たくさんの人々に表現していきたいと思います。本当にありがとうございました。これからもぜひ、世界中の人々のために歌い続けてくださいね。

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