藤本 チベットでは、家族の絆が強いそうですね。
ヤンジン 私の育った環境は、よその子とかいう区別はなかったですね。おなかがすいたらどの家に入っても何かを食べさせてもらえるような、あたたかい環境でした。
藤本 どんなお子さんだったのですか。
ヤンジン 小学校からずっとクラス委員長。ふざけている男子を、モップを持って追いかけ回すという活発な子。先生からも頼りにされるリーダー的存在でした。困っている人を放っておけないタイプなんです。
藤本 大学では、いじめにあったこともあるそうですね。
ヤンジン 民族的な問題もありますが、当時の音大といえば、会社の社長令嬢やお役人の娘さんが通うエリートコース。私は家庭も貧しく、街へ行く荷車の荷台に乗せてもらい、ようやく学校へたどり着くような状況でした。そこは、これまでの社会とは全く違う世界で、カルチャーショックとともに見事に気後れしてしまったのです。
藤本 ご両親は何ておっしゃいましたか。
ヤンジン 両親には何も言いませんでしたね。8人部屋の寮生活では、チベット人が食べる干し肉やバターは「臭い、汚い」と言われ、ものすごくつらい思いをしました。
藤本 ご主人との出会いを教えてください。
ヤンジン 卒業コンサートというのがあって、私がチベットの歌をうたったんです。そしたら主人が楽屋に現われ「チベットは素晴らしい所ですね。大好きなんです」と。たまたま以前チベットを旅したときに、現地でとてもよくしてもらったそうで、「チベット人」が懐かしかっただけなんです。でも私はうれしかった。それまでチベットに関してはコンプレックスしか持っていませんでしたから、そんなことを言ってくれる主人が神様のように思えました(笑)。
藤本 ご結婚に障害はなかったですか。
ヤンジン 外国人だからというわけではありませんが、母は「チベット人は600万人もいるのに、何でわざわざ遠い所の人と結婚するんだ」と。両方の親を説得するのに6年かかりましたが、その間ずっと主人はまじめでやさしくて…。徐々に、この人ならと思ってくれたのでしょう。
藤本 ご主人の人間性があって、今、こうして日本でお仕事をされているのですね。
ヤンジン 本当に人生って不思議です。今の仕事を使命だと思って、感謝しながら続けていきたいですね。
藤本 今後の目標は「ヤンジン小学校」を増やしていくことですか。
ヤンジン もちろん数もそうですが、優秀な先生を育て、一校一校の質を高めていくこと。そして、チベットの人には、資源には恵まれなくとも、経済的に豊かで清潔な日本という国をもっと知ってもらい、それを目指して努力していってほしい。同時に日本の方々には、貧しいけれども自然や人を大切にする心を持ったチベットという所を知ってもらい、同じ人間同士お互いのよさを知った上で足りないところを補い、高め合っていけたらと思います。
藤本 子どもたちの交換事業なども、実施されているそうですね。
ヤンジン 他文化を見ることは、鏡を見るのと同じ。汚れやごみも見えてくる。自分を見つめるきっかけになると思います。
藤本 ここまで夢をカタチにしてこられた今、何を思いますか。
ヤンジン チベットの子どもたちに真心を込めた100円なら、心から感謝していただきます。私自身も初心を忘れず、もし誰も支援者がいなくなったとしても続けると心に決めています。
藤本 最後に、子育て中のお母さんたちに何かメッセージをいただけますか。
ヤンジン 子育ては大変だと思いますが、掃除機も洗濯機もない中で、言葉も通じない何百頭もの牛を育てていくチベット人の苦労を想像してください。牛のフンを拾い、ミルクをしぼり、バターをつくるという苛酷な労働です。ガス、水道が整い、機械が何でもやってくれる日本は本当に恵まれています。子どもの人数も違います。それで「大変」なんて言ったら怒られますよ。ですからもっと、元気を出してがんばっていただきたいですね。
藤本 今日のようなお話をもっとたくさんの人に知ってもらえたらいいですね。これからもますますのご活躍を期待しています。