スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

本当の幸せについて考える チベット声楽家 バイマーヤンジンさん

日本で唯一のチベット人歌手として、全国で講演会やコンサートをしながらチベットの文化を伝えているバイマーヤンジンさん。チベット遊牧民として生まれ、貧しい幼少時代を過ごすものの、中国の国立音楽大学に入学。当時、留学生だった夫と知り合い結婚。その後、夫の仕事で大阪へ来て、日本の豊かさに驚いた。チベットではバターを包む新聞を皆が読むのを見て、新聞がニュースを伝えるものだと知る。そんな体験から、チベットと日本の違いは「教育」にあると確信し、チベットに学校建設を決意して7年。現在7校の「ヤンジン希望小学校」を完成させている。故郷チベットへの思いを熱く語った。

 

チベット声楽家 バイマーヤンジンさん
PEMAYANGJIEN  チベット出身。中国国立四川音楽大学声楽学部を卒業後、同校専任講師に就任。中国各地でコンサートに出演。1994年来日後、日本で唯一のチベット人歌手として広島アジア大会をはじめさまざまな音楽祭に参加するほか、チベット文化を紹介するため学校や国際交流イベントなどで講演活動を展開。1997年からチベットの小学校建設を目的とした講演会やコンサート活動を行う。現在7つの小、中学校が開校し、約1200人の子どもが学んでいる。チベット学校建設推進協会(オフィスヤンジン)
http://www1.odn.ne.jp/ccb79800

感謝の気持ちを忘れない

藤本 全国的な講演活動やコンサートで、大変お忙しい毎日をお過ごしのようですね。バイマーヤンジンさんとの対談写真 その1

ヤンジン おかげさまで学校や地域など、さまざまなステージに呼んでいただき、今は1週間で1日休みがあるかないかです。

藤本 講演会では歌もうたうのですか。

ヤンジン お客様によって、話の長さや内容、歌も曲目など構成を変えています。お客様に少しでも「ああ、来てよかった」と思っていただくため、真剣に話すようにしています。

藤本 講演会で、大勢の方々に満足していただくことは容易ではないでしょう。

ヤンジン ステージは一本一本が勝負。「皆様に話が伝わりますように」と毎回、真心を込めて精一杯つとめています。

藤本 皆さんの反応はどうですか。

ヤンジン 小さいお子さんからお年寄りまで、反応はさまざまですが、ほとんどの方はチベットに大変興味を持ってくださるので、本当に感謝しています。

藤本 ヤンジンさんご自身は、そうやっていろいろな方に話してみて、どうですか。

ヤンジン 一言「日本はこんなに恵まれているのに、どうしてみんな感謝しないの?」と言いたいですね。楽して稼げる仕事などあるわけないし、皆さん景気のいいときと比べて「景気が悪い」と言っているのですから。世界には、食べていくために、どんなに汚くて大変な仕事でも寝ずに働いている人たちがたくさんいます。チベットの田舎で生まれ育った私は、牛や羊たちと歩く貧しい生活。当時はそれが当たり前で、何の疑問も苦労もありませんでした。

藤本 日本に来て、驚いたでしょう。

ヤンジン 私にしてみれば、日本での暮らしは天国のように感じます。とてもありがたいです。

藤本 モノにあふれ、便利な社会に慣れ過ぎて、感謝の気持ちを忘れてしまったのでしょう。ゆとりがないのがいけませんね。

ヤンジン 日本人はとにかく人と比べたがります。競争社会が今の日本をつくったんだと思いますが、お金さえあれば何でも手に入る、何でもできると思っている人が、あまりに多いですね。

藤本 間違った価値観ですね。

ヤンジン 人間の限界を知るべきです。チベット人は、人間は絶対に自然に勝てないことを知っています。雪が降れば生き物は死に、食べる物もなくなります。川の水も凍って水もなくなる。ですからあとはもう、お祈りするしか方法はありません。

藤本 人間が人間の力を過信しています。

ヤンジン 今の私も結局はそうです。少しも自然に任せて生きていない。毎日予定をぎっしり詰め込んでいるだけです。

チベットの子どもたちに教育を

藤本 チベットが恋しくありませんか。

ヤンジン 今でも学校建設のため、年に3か月はチベットに帰っています。

藤本 ヤンジンさんには、やるべきことがある。学校建設という目的が明確ですから張り合いもあるでしょう。

ヤンジン 本当に幸せなことです。ご支援くださる皆様のおかげです。

藤本 そもそも学校を建てることになったきっかけは、何だったのですか。

ヤンジン 結婚して大阪へ来ましたが、日本は、豊かで便利できれいな国。恵まれた生活を送れば送るほど、チベットへの思いが募りました。たとえば、テレビで搾乳機を見たときには感激して、すぐにでもチベットに送りたいと思いました。ところが実家の母に話すと、「そんなモノ送られても困る。電気もないし、字も読めないから使えない」と言うのです。バイマーヤンジンさんとの対談写真 その2

藤本 それでは意味がありませんね。

ヤンジン ですから「教育」です。「絶対に学校を建てるぞ!」と決意して、ハンバーガーショップでアルバイトをしながら毎日100円、200円と貯金を始めました。

藤本 とてつもなく大きな夢ですね。最初の学校が建ったのは、いつのことですか。

ヤンジン 1999年の10月に第1校ができ、今では7校が建設されました。

藤本 実現してみて、いかがでしたか。

ヤンジン 1校目は大変でした。子育てをしているお母様方が「一歩踏み出すのが大変」というのと同じです。思いきってやったら意外にうまくいく。周囲にも実績として見せられますし、「私だって、やればできるやん」と、自信にもつながります。

藤本 一度認められれば、その何倍もの速度で多くの賛同者が集まるのでしょうね。

ヤンジン ありがたいのは、私は歌がうたえるので、歌を通して私の思いを皆様にお伝えすることができます。でも大切なのは、どれだけ当事者意識で関われるかだと思います。私は常に真剣に子どもたちのことを考えています。でもここへ来て、一番の難問は大人たちの認識だと気づきました。

藤本 どういうことですか。

ヤンジン 両親は字が読めませんでしたが、その分、私が学校に行きたいと言うと、喜んで行かせてくれました。でも多くのチベット人はいまだにそうは考えない。何しろ牛や羊の面倒を見ながら、大勢の家族を食べさせています。子どもは働き手ですから、学校なんてとんでもありません。

藤本 生活習慣を変えることは、簡単ではないでしょうね。

ヤンジン 2つの方法で、親たちを説得します。ひとつは私の経験です。社会のために役立って人に感謝される人間になれるんだということを、私自身が教材となって示します。そしてもうひとつは、その方自身に質問をします。「あなたは今の生活に満足していますか? それともつらいことがありますか?」「あなたの子どもに将来、あなたと同じ苦労をさせるのですか? 子どもに、人生を変えるチャンスを与えたいと思いませんか?」と言って選ばせるのです。

藤本 学校へ通って、変化はありましたか。

ヤンジン 子どもたちの知識欲、能力はとにかくすごいですね。すぐに親を越えてしまう。たとえば親が病院に行くときには、子どもを連れて行きます。処方せんを読んでもらうためです。

藤本 先生はいらっしゃるのですか。

ヤンジン チベット自治区で教員の資格を持っている人は6割程度。ですから、お坊さんが代用教員をしています。

当事者意識で関わること

藤本 ほかにはどんな問題がありますか。バイマーヤンジンさんとの対談写真 その3

ヤンジン 個人的な資金のほかに、今はたくさんの方からの援助をいただいています。それは、建設資金の60%にあてています。残りの10%が日本でいう政府、もう10%は自治体で、10%が町、残りの10%は町民の労働力を提供してもらっています。

藤本 複雑な資金構造ですね。それらの折衝は大変ではないですか。

ヤンジン そこは主人に任せています。几帳面で仕事に厳しい人。私などはチベットへ行くとすぐに現地の人に感情移入してしまい「何とかしてあげたい」と思ってしまうのですが、主人は「子どもの数は? 先生の数は? 政府の担当者がいい加減だ。ここに学校を建てても維持していくのは難しいだろう」と、常に冷静に判断します。

藤本 日本流は通用するものですか。

ヤンジン 最初のうちは全くダメでした。チベットの民族性として一番わるいところなのですが、約束を守らない、仕事を怠ける。たとえば、いつまでに書類を用意すると約束しても、1か月、2か月が過ぎてもまだ来ない。予算書も単位が違っていたり、数字が間違っていたり。明らかに間違いとわかりますから、私が「直してこのまま進めよう」と言いますと、主人は「絶対にそれはダメ。数字や文章にきちんと責任を持ってもらわないと」と、お金も時間もかけて、書類のつくり直しをさせました。

藤本 相手が変わってきたのですね。

ヤンジン 「さすがは日本人だ。日本はこうやって大国になったんだろう」と、7年の間にみるみる仕事ぶりが変わりました。

藤本 関係者がそういう意識で関わっていくことの意味は大きいでしょうね。

ヤンジン お金を出して「ハイどうぞ」では絶対にダメです。町民たちが建設に従事するのもそうですが、壁が崩れたといっては、すぐに自分たちで修繕をする。お金に物を言わせて、ドカーンと建てた学校では、誰も愛情を持たないでしょう。

藤本 当事者意識が大切なのですね。

ヤンジン 子どももいない私が生意気ですが、学校や家庭の教育もそうだと思います。日本はお母様たちは熱心だけど、お父様たちの声や姿がありません。お金を稼いで家族を食べさせればいいでは、子どもは父親を認めないでしょう。もっと、しっかり子育てや教育に関わっていただきたいですね。

お互いの文化を知って認め合う

藤本 チベットでは、家族の絆が強いそうですね。バイマーヤンジンさんとの対談写真 その4

ヤンジン 私の育った環境は、よその子とかいう区別はなかったですね。おなかがすいたらどの家に入っても何かを食べさせてもらえるような、あたたかい環境でした。

藤本 どんなお子さんだったのですか。

ヤンジン 小学校からずっとクラス委員長。ふざけている男子を、モップを持って追いかけ回すという活発な子。先生からも頼りにされるリーダー的存在でした。困っている人を放っておけないタイプなんです。

藤本 大学では、いじめにあったこともあるそうですね。

ヤンジン 民族的な問題もありますが、当時の音大といえば、会社の社長令嬢やお役人の娘さんが通うエリートコース。私は家庭も貧しく、街へ行く荷車の荷台に乗せてもらい、ようやく学校へたどり着くような状況でした。そこは、これまでの社会とは全く違う世界で、カルチャーショックとともに見事に気後れしてしまったのです。

藤本 ご両親は何ておっしゃいましたか。

ヤンジン 両親には何も言いませんでしたね。8人部屋の寮生活では、チベット人が食べる干し肉やバターは「臭い、汚い」と言われ、ものすごくつらい思いをしました。

藤本 ご主人との出会いを教えてください。

ヤンジン 卒業コンサートというのがあって、私がチベットの歌をうたったんです。そしたら主人が楽屋に現われ「チベットは素晴らしい所ですね。大好きなんです」と。たまたま以前チベットを旅したときに、現地でとてもよくしてもらったそうで、「チベット人」が懐かしかっただけなんです。でも私はうれしかった。それまでチベットに関してはコンプレックスしか持っていませんでしたから、そんなことを言ってくれる主人が神様のように思えました(笑)。

藤本 ご結婚に障害はなかったですか。

ヤンジン 外国人だからというわけではありませんが、母は「チベット人は600万人もいるのに、何でわざわざ遠い所の人と結婚するんだ」と。両方の親を説得するのに6年かかりましたが、その間ずっと主人はまじめでやさしくて…。徐々に、この人ならと思ってくれたのでしょう。

藤本 ご主人の人間性があって、今、こうして日本でお仕事をされているのですね。

ヤンジン 本当に人生って不思議です。今の仕事を使命だと思って、感謝しながら続けていきたいですね。

藤本 今後の目標は「ヤンジン小学校」を増やしていくことですか。

ヤンジン もちろん数もそうですが、優秀な先生を育て、一校一校の質を高めていくこと。そして、チベットの人には、資源には恵まれなくとも、経済的に豊かで清潔な日本という国をもっと知ってもらい、それを目指して努力していってほしい。同時に日本の方々には、貧しいけれども自然や人を大切にする心を持ったチベットという所を知ってもらい、同じ人間同士お互いのよさを知った上で足りないところを補い、高め合っていけたらと思います。

藤本 子どもたちの交換事業なども、実施されているそうですね。

ヤンジン 他文化を見ることは、鏡を見るのと同じ。汚れやごみも見えてくる。自分を見つめるきっかけになると思います。

藤本 ここまで夢をカタチにしてこられた今、何を思いますか。

ヤンジン チベットの子どもたちに真心を込めた100円なら、心から感謝していただきます。私自身も初心を忘れず、もし誰も支援者がいなくなったとしても続けると心に決めています。

藤本 最後に、子育て中のお母さんたちに何かメッセージをいただけますか。バイマーヤンジンさんとの対談写真 その5

ヤンジン 子育ては大変だと思いますが、掃除機も洗濯機もない中で、言葉も通じない何百頭もの牛を育てていくチベット人の苦労を想像してください。牛のフンを拾い、ミルクをしぼり、バターをつくるという苛酷な労働です。ガス、水道が整い、機械が何でもやってくれる日本は本当に恵まれています。子どもの人数も違います。それで「大変」なんて言ったら怒られますよ。ですからもっと、元気を出してがんばっていただきたいですね。

藤本 今日のようなお話をもっとたくさんの人に知ってもらえたらいいですね。これからもますますのご活躍を期待しています。

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