スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

本物にふれて感性を磨く 大阪市立東洋陶磁美術館長 伊藤郁太郎さん

一大商社、安宅産業の崩壊後、住友グループから大阪市に寄贈された安宅コレクションを守り、世界に広めた東洋陶磁研究の第一人者。大阪市立東洋陶磁美術館長として、その実力と人柄を買われ、世界中の収集家から慕われている、伊藤郁太郎さん。「ふにゃふにゃ坊主」だった小学生時代、映画監督を夢見た大学生のころ、そして運命の安宅英一氏との出会いから、やきものへの徹底したこだわりの現在までを伺った。

 

大阪市立東洋陶磁美術館長 伊藤郁太郎さん
いとう いくたろう  1931年大阪市生まれ。東北大学文学部美学美術史学科卒業後、旧安宅産業に就職。東京支店長付、渉外部などを経て美術品室長に就任。安宅コレクション収集に携わる。同社の倒産後、所蔵の東洋陶磁約1000点が1982年、住友グループから大阪市に寄贈されると、大阪市立東洋陶磁美術館長に就任。元文化財審議会専門委員。東洋陶磁学会常任副委員長。1995年に韓国陶磁の普及に貢献したとして、韓国政府から文化勲章を授与される。2003年には、長年の東洋陶磁研究が評価され、文化庁長官表彰を受ける。

人々を魅了する世界の美術品

藤本 館内を回らせていただきましたが、陶磁器の美しさに驚きました。色といい形といい、何ともい伊藤郁太郎さんとの対談写真 その1えない繊細な美しさですね。

伊藤 初めてご覧になった方は、一様に感激されます。ひとつにはライティングのしかけのためです。ケースの背景に影をつくって、やきものが自然に浮かび上がるようにしています。フィリップス社製のハロゲンランプを使って、光を調整しているんです。きれいに見せるにはどうしたらいいかと、考えに考えてつくっているつもりです。

藤本 一つひとつに存在感があって、何かを主張しているようにも見えましたが。

伊藤 どれひとつとして同じものはないわけで、その個性をどう引き出すかですね。

藤本 韓国や日本の陶磁の中には、不思議なカーブを描いたものもありましたね。

伊藤 「いびつさ」もひとつの個性です。また、展示すると裏側が見えない、立体感や裏側の模様を見せたいものもあり、回転台に乗せたものもあります。やきものの魅力をできるだけ伝えたいですね。

藤本 自然なやわらかさというか、しなやかさのようなものがありました。

伊藤 とくに自然光だけをとり入れたケースは、青磁の美しさを際立たせます。こういう装置は外国にはない。日本では四季折々の自然光で楽しむことができます。

藤本 「気品」のようなものを感じましたが。

伊藤 すぐれた芸術品にはすべて「品」がありますね。

藤本 芸術にあまり詳しくない私でも、それを感じることができるのはなぜでしょう。

伊藤 照明に限らず、見る人の立場に立って考えて、並べ方、角度ひとつにもとことんこだわって展示しています。「ディスプレイは1ミリ単位で」というのがモットーです。物理的な意味だけでなく、それだけの緊張感を持ってやっています。館内をゆっくり歩けば、音楽的なリズムを感じていただけるはずです。ディスプレイは音楽のようなもので、一分一厘の隙があってはならないと、徹底しています。

藤本 心が洗われる、心を落ち着かせる空間。贅沢な空間、大切な時間ですよね。

伊藤 人々にほっとできるひとときを提供する。それが美術館のひとつの役割でしょう。非日常を求めて旅をしようと思ったら、お金も時間もかかる。それが、都会の中で「癒し」を味わえるなんて、こんなに安上がりな贅沢はない。世界中を旅した方が「やきものに関する限り、ここは世界一のオアシスだ」とおっしゃったことがあります。

藤本 陶磁にここまでこだわり、集めて見せる所はないそうですね。

伊藤 中国、韓国陶磁に関しては、ここは「世界の宝庫」といわれています。ひとつの作品を何十分も見つめ続ける人もいます。

藤本 外国のお客様も多いのでしょうね。

伊藤 わざわざ関空に降りて立ち寄り、それから東京へ行く人もいる。欧米や中国、韓国から、国内でも遠方から足を運んでくださる方もたくさんいますが、残念なことに市民の関心が今ひとつです。市民として、もっと誇りに思っていただいていい施設だと自負しているんですけれど…。

芸術家・安宅英一氏との出会い

藤本 美術館ができて何年になりますか。

伊藤 1982年ですから、もう22年です。

藤本 設立の経緯を、簡単にご説明いただけますか。

伊藤 安宅コレクションというのはもともと、安宅産業が集めていたものですが、石油問題で経営不振に陥って会社が倒産した。そのとき、安宅コレクションをどうするか、と国会でも論議されるほどの大問題になりました。結果的には、最大の債権者である住友銀行が中心になり、住友グループ21社に呼びかけて安宅コレクションを購入する資金を大阪市に寄付してくださった。当時のお金で152億円。当時、世界最大規模のメセナ活動といわれました。そのお金を集めるのに約2年。その間の金利約20億円も頂戴できて、この美術館ができたのです。

藤本 安宅コレクションの創始者、安宅英一氏との出会いからお話いただけますか。

伊藤 もともと私は、映画監督を目指していました。

藤本 映画がお好きだった?伊藤郁太郎さんとの対談写真 その2

伊藤 デュヴィヴィエ、ルネ・クレール、コクトー…、往年のフランス映画が好きで、1週間に10本以上は観ていました。将来は映画づくりに携わろうと思っていましたから。

藤本 それがなぜ、この道に。

伊藤 当時は狭き門で、新東宝の助監督募集に全国から2000人を越える応募者が集まった。6次試験まで通って12人という枠までいったんですが、結果はダメでした。

藤本 なぜ映画だったのですか。

伊藤 何十人の人が心をひとつに、ひとつの目的を持って作品をつくり上げる。視覚的、聴覚的に人の心を揺さぶる素晴らしい芸術です。その総指揮者ですから最高の仕事です。

藤本 現在のお仕事と通じるのは?

伊藤 私は絵も描けないし、歌も歌えない。ただ映画監督というのは、人の才能を引き出して、コントロールする力があればできる。その点では、すぐれた美術品を見せる美術館と、似ていると思いますね。

藤本 そのあたりが安宅さんの目に留まったのでしょうか。

伊藤 さあ、どうでしょう。きっかけは高校時代の恩師・柳川辰雄先生のご縁だったのですが、安宅さんは将来、美術館をつくることを考えておられた。運命を感じますね。社長の時期は短かったので会長と呼びますが、会長も私も、それぞれの「出会い」であったと思います。

職人魂ゆえの徹底したこだわり

藤本 会長は、どんな方でしたか。

伊藤 実業家というよりは「芸術家」ですね。思いの深さや考え方の振幅がひじょうに大きくて、とても凡人にはついていけないようなところがありました。

藤本 館長がついていけたのは…。

伊藤 なぜでしょう。ひとつには、会長の類いまれな感性と情熱を、誰よりも理解していたからといえるかも知れません。コレクターであると同時に、戦後の日本音楽を裏で支えたパトロンのひとりでもありました。

藤本 印象に残るエピソードがあれば…。

伊藤 たくさんありますが、会長がそれこそ生涯をかけて貫いたのは、やはり安宅コレクションの収集でしょう。

藤本 命がけで集められたそうですね。

伊藤 それほどの思いを持っていたものが、安宅産業の崩壊で人手に渡ってしまった…。美術館ができてからの話ですが、会長がお越しになったとき、「さぞお気落ちでしょうとよく聞かれますが…」と言うと、「コレクションは、誰が持ってても一緒でしょう」って言われるんです。数ある会長語録の中でひとつ選ぶとしたらこれですね。コレクターとしての最高の境地です。なかなか言える言葉じゃないですよね。常識を超越しています。

藤本 毎日のお仕事についてお聞きしたいのですが。

伊藤 外から見たら美術館長なんていかにも優雅で、豪華ないすに座ってたばこでも吸っている姿を想像されるかも知れませんが…。

藤本 そうです、そうです。できればパイプをくゆらせてほしいですね(笑)。

伊藤 ところが当館の場合は、朝から晩遅くまでやたら忙しい。たとえば昨日は、展覧会の打ち合わせで長時間しばられる。設備業者と学芸員と一緒に、案内表示ひとつどこにどう置くか、ああでもないこうでもないと。事務的な仕事は、すべてそのあとからです。それから今度、美術館でビデオをつくるのですが、シナリオの文章も一字一句直します。

藤本 完璧主義?

伊藤 性分ですね。最後は自分で見なきゃ気が済まない。一度決めたことでも、もう一度これでいいか、と詰めて考える。最後の最後までこだわってしまうんですよ。

藤本 ものづくりをする方に多いですね。伊藤郁太郎さんとの対談写真 その3

伊藤 「職人気質」というか…。「頑固もん」といわれても、しょうがない。まあ、周りの人は迷惑でしょうが。

藤本 皆さん、心得ていらっしゃるんじゃないですか。きっとまた変更あるだろうって。一日予備日をとっておくとか…(笑)。

伊藤 言い訳みたいですが、私には、何かパアッと見えてくる瞬間があるんですよ。

藤本 先日対談でお会いした阪神タイガースの矢野輝弘選手も、そんな瞬間があるって。やはり、感性でしょうか。

伊藤 そうですね。大切なのは「感じとる力」でしょう。人間には、感じる心と理性、この両方がある。ところが今は知識の吸収ばかりがいわれて、肝心の感じる心の教育がおろそかになっています。博物館が理性を養う所だとすれば、感性を養うのが美術館です。今は社会が効率を求め過ぎる。数値であらわすこと、早く答えを出すことばかりを求めているでしょう。

自分を見つめ、挑戦する気持ち

藤本 感性はどう磨けばいいのでしょう。

伊藤 本物にふれること。見るもの聞くもの食べるものすべて、一級品には通じるものがある。一流のものだけに接する努力をすればいい。いくつになっても感性は磨けるものです。

藤本 最近の教育についてはどうですか。

伊藤 感性教育はもちろんですが、自分の経験からも、やはり体で覚えることが大切でしょうね。小さいころのぼくは「ふにゃふにゃ坊主」だった。小学生のころは身体が弱くてよく医者に通っていました。ある日、水練学校での出来事ですが、少し泳げるようになったばかりで、浜辺から10メートル先のやぐらまで何とか泳ぎ着いた。仲間はみなそこから飛び込むが、こわくて身動きもできない。そのとき、ぼくの身体を抱いて、いきなり海に突き落とした教官がいました。

藤本 大丈夫でしたか。

伊藤 もちろん無事でした。それからというもの、「ウジウジしているだけでは、何も変わらない」、ストンと何かがわかった気になりました。もうひとつの体験は、跳び箱です。やはりぼくだけが、手をついてクルンとでんぐり返りして降りることができなかった。「一度、死んだ気でやってみよう」と思いきってやったら、できたのです。友人たちがみな拍手してくれて、うれしかった。

藤本 「ふにゃふにゃ坊主」返上ですね。

伊藤 要は自分を変えたいと思うか、思わないか。あとは踏み切る覚悟をするかしないかです。今は、どこもかしこも甘ったればかり、お臍に力のない人ばかりです。自分を知り、自分を磨き、向上させていくしか方法はないでしょうね。

藤本 簡単ではありませんね。

伊藤 「5%だけ変えなさい」と、よくスタッフに言うんです。大きなことを考えても続かない。少し先を段階を追っていけばいいと。

藤本 最後に夢を教えてください。

伊藤 年齢を考えたら、迷いもありますね。研究というのは際限がないしんどい仕事です。最後の最後まで馬車馬のようにとことんやってコトンと逝くか、いっそのこと「もうやーめた」と遊び呆けて、のんびり人生を楽しもうか、とも思います。

藤本 先ほどのお話からすると、たぶん後者にはなれませんね。今日はかけ足でしたので、次回は私も自分自身に向き合いながら、ゆっくりと館内を歩かせていただこうと思います。伊藤郁太郎さんとの対談写真 その4

伊藤 5月には世界中のロータリアン(※)が大阪に集まります。それを機会に国宝重要文化財のすべてをお見せする準備も進めていますので、この機会にぜひいらしてください。

※ロータリアン/159の国や地域にある約2万9400のロータリー・クラブに所属する約19万人の会員のこと。ロータリアンは互いに協力し合って理解と友情を深め、商業道徳の向上に務める。

藤本 ベストオブベストともいえる展示、期待しています。ありがとうございました。

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