秋野 両親も苦労して私学に進ませてくれたんです。それがわかっていたので、早くからいろんなアルバイトをしてましたね。
藤本 中学生からアルバイト?
秋野 たこやきやさんにレストランと、いろいろやりましたね。15歳のときに演劇部の大会があって、そのときたまたま審査員だった放送作家の方に声をかけていただき、テレビに出させていただくように…。
藤本 何か光るものがあったんでしょう。
秋野 看護婦AとかBとかですよ。それでもほかのバイトに比べたら時給もよかったし、そういう現場も楽しかったし。
藤本 女優の道へまっしぐらですね。
秋野 「こういう仕事もあるんだな」と、少しずつプロを意識するようになってきたころに、幸運にも新人登竜門といわれるNHKのドラマのお話がきたんです。
藤本 ご両親は反対しませんでしたか。
秋野 心配はありましたが、「やりたければいい」と言ってくれました。私としては経済的に自立し、しかも親の面倒も見てあげられると思ってのことでした。
藤本 テレビや映画、ご本もたくさん出されたりとご活躍ですが、秋野さんご自身としては、どれが本業とお考えですか。
秋野 どれも「私」ですね。自分でこっちの方向へと選んだのではなく、そのまま自然体でやってきただけ。昔は司会、歌い手、コメディアン…と、明確なカテゴリーがありましたが、「いつかそれが混然となるだろう」と、随分前から思っていましたね。
藤本 いわゆる「バラエティー」ですね。
秋野 「私自身」のキャラクターをつくりたい。40歳には、そういうカタチで残っていたいと、事務所にも言い続けてきましたね。
藤本 最近は「役者然」としていてはダメだといわれていますね。見せかけでなく、内面的な人間性で勝負する時代だと。
秋野 生意気なようですが、キャラクター秋野暢子すべてが「私」です。職場に好き嫌いはないし、どこも居心地のいい場所になっています。それは同時に、仕事だけではなく、私生活も含めてですね。
藤本 実は私、秋野さんと同級生なんですが、やはり47年間には、それなりに歴史がありますよね。
秋野 結婚して子どもを産んで、離婚はしたけど、そこそこ仕事もキャリアもある。18歳のころに描いていた「40歳像」に8割方叶っている。まあ「いい人生」かなって。この先目指す「50歳像」に向かって、さらに努力あるのみですね。
藤本 具体的な目標はありますか。
秋野 理想の「50歳像」は、シャネルのジャケットにピチッとしたジーンズ。デレッとしないお尻をキープするためには、体だけではなく、心の健康も大切です。そして、これまで生きてこられたのは、周囲の人間関係に助けられてきたからなんですよね。そう思ったら後半の人生は、やはり社会のために働くこと。子どもの未来をつくるのが、私たちの仕事だと思うんです。
藤本 さすが、「子育て」をしているお母さんですね。でもお忙しい毎日でしょう。
秋野 遅いときもありますが、だいたい9時ごろには寝ていますね。朝は毎日5時
起きです。1時間走ってシャワーを浴びて、朝ごはんをつくって娘と一緒に食べて学校へ送り出す。すごく規則的でしょ。
藤本 娘さんはおいくつですか。
秋野 小学校5年生になりますが、私学なので今もお弁当です。幼稚園のころから、毎日のお弁当をカメラで撮って記録しているんです。大人になってそれを見たら、少しでも親の愛情がわかるかなって。
藤本 それはすごい!
秋野 私の母がお料理があまり得意じゃなかった。たまごやきらしくない「たまごやき」が定番で、お弁当を人前で開けるのがいやだった。娘にはお弁当を開ける楽しみをつくってあげたい。そう思って始めたんですが、途中から自己満足になりました。
藤本 お弁当は母の生きがいですが、たいがい年少さんで挫折するものです。年中になったらいつの間にか「チン弁当」に(笑)。
秋野 子どものころから、食の基本だけはしっかり教えておきたいなと思うんです。生きることの基本は健康ですからね。