スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

キャッチャーは感じることがすべて 阪神タイガース・捕手 矢野輝弘さん

昨年の大阪のニュースといえば、阪神タイガース、リーグ優勝!の快挙。安定したリードと勝負強いバッティングで、チーム一の貢献を果たしたキャッチャー・矢野選手。ゲームで見せる冷静沈着なその姿からは想像できない超メロメロパパぶり。気さくであたたかく、そして厳しい、人間、矢野輝弘の素顔に迫る!

 

阪神タイガース・捕手 矢野輝弘さん
やの あきひろ  1968年大阪市平野区出身。瓜破中、桜宮高を経て東北福祉大学に進学。日米大学野球に2度出場。1990年ドラフト2位で中日に入団。1997年トレードで阪神に移籍後は正捕手として活躍。昨年は左わき腹痛などを抱えながら指令塔として優勝に貢献。打率328、14本塁打、79打点、右投げ右打ち。家族は夫人と娘2人。

なりたかった職業に就けた幸せ

藤本 お疲れさまです。沖縄宜野座キャンプも間もなく終了ですが、調子はいかがですか? 先ほど矢野輝弘さんとの対談写真 その1までグラウンドにおじゃまして、練習を拝見していたんですよ。バッティングをされていましたね。

矢野 あれから筋トレで、今までかかってしまいました。遅くなってすみません。

藤本 いいえ。本当にお疲れのところ、ありがとうございます。今回は、大阪のビーボラビータ読者のお母さんやお父さんたちから、どうしても矢野選手と対談をといわれて、沖縄までやって来ました。

矢野 ありがとうございます。うれしいですね。

藤本 それにしても子どもから大人まで、矢野さん人気はすごいですね。今日は、普段スポーツ紙には書かれていないこと、ビーボラビータにしか書けない矢野さんの素顔をお伝えしたいと思います。

矢野 はい。お手柔らかに。

藤本 早速ですが、子どものころからプロ野球選手になりたいという夢を持っていらっしゃったそうですが、今、実現されてみてどうですか。

矢野 不思議な感じですが、やっぱり自分のなりたかった仕事に就けたのは、ものすごく幸せなことだと思いますね。

藤本 野球を始められたのは、小学2年生のときだそうですが、きっかけは何ですか。

矢野 5歳上の兄貴が野球をやっていたので、遊んでもらうために始めたんです。

藤本 キャッチャーになったのは、いつからですか。

矢野 初めはショートでしたが、6年生のときに、キャッチャーに転向したんです。実はエースの左ピッチャーがひじを壊して投げられなくなって、キャッチャーがピッチャーになったんですよ。じゃあキャッチャーは誰がやる?となって、全員が試されたんです。その結果、ぼくがまあまあだったので、お前やれということになって…。高校、大学と、一通りポジションをやりましたが、最終的に、キャッチャーに落ち着いたんですよ。

コレ!と決めたらやり遂げる

藤本 小さいころは、どんなお子さんだったのですか。

矢野 小学生までは、悪かったですね。男同士でケンカもしたし、ぼくにいじめられた女の子もたくさんいたはずです。

藤本 勉強のほうはどうでしたか。

矢野 自慢ではありませんが、全然でしたね(笑)。でも、中学になって多少変わったかな。基本的に負けず嫌いなので、そこそこがんばりましたね。何でも途中でやめるのがいやなんです。自分がコレ!と決めたらやり遂げるタイプで、それは今でも続いています。

藤本 瓜破中学、桜宮高校のご出身だそうですが、先日、ビーボラビータでも紹介させていただきました。学生時代は、どなたか影響された先生などいらっしゃいますか。

矢野 ええ。中学のときですが、学校で問題が起きると真剣に生徒にぶつかっていく先生で、とても厳しかったけどかっこよかった。やさしさも情熱もあって、ぼくらはみんな憧れていましたね。

藤本 こっそり名前を教えてください。

矢野 吉田勇夫先生です。今でもたまに、電話で話したりしてますよ。

藤本 ご両親のことも教えてください。

矢野 おやじは仕事人間でした。朝起きたらもういなくて、夜は遅くまで、家族のために働いていましたから、今でも尊敬していますよ。母親はどちらかといえば体が弱く、月の半分は寝ていましたね。でも野球に関しては、いつも応援してくれてました。ぼくは偏食も多かったので、「食べへんかったら野球やめさすよ」と、よく母に言われていましたね。

藤本 一番の弱点ですね。でも、スポーツ選手なのに、好き嫌いがあるんですか。

矢野 ピーマン、ニンジン、トマトはまるでダメ。トマトスパゲッティならOKなんですけどね。

藤本 お子さんに言えませんね。「何でも食べなさい」なんて。今お子さんは、何歳でしたっけ?

矢野 4歳と1歳半の娘2人です。

自分がちゃんと生きていくこと

藤本 どんなお父さんなんでしょう。矢野輝弘さんとの対談写真 その2

矢野 もう、めちゃめちゃマイホームパパですよ。家が大好きですし、早く帰りたいですしね。子どもは、こいつらのためにがんばろうって思える存在。だから、子どもといる時間は、ぼくにとっては何より大切な時間です。

藤本 お子さんは、パパが野球で大活躍されていることをわかっていますか。

矢野 上の子は、今年から幼稚園なんですが、大分わかるようになってきましたね。テレビを見ていまして、ホームランを打つとトラッキー(人形)をもらえるから喜ぶし、がんばっているのはわかるみたいですね。ホームでタッチするのを見てたらしく、「パパ、今日はお友だちとぶつかっていたね」とか、お立ち台のぼくを見て、「パパ、今日ひとりで立っていたね」とか言いますよ。

藤本 野球解説者は絶対に言ってくれないコメントですね。本当に子どもって、かわいいですね。

矢野 絶対結婚もさせたくないし、将来は思いっきりファザコンにしたろ!と思いますよね。

藤本 とくにかわいい時期ですからそのお気持ちはよくわかりますが、ちなみにうちは3人娘ですが、経験から言いますと、それは娘さんが中学に上がるころまででしょう。確実にお父さんは捨てられますので、覚悟しておいてください(笑)。

矢野 えっ! 一応、参考にさせていただきますが、ぼくの場合は例外でしょう!(自信たっぷりに言いきる矢野選手)

藤本 お子さんとの最近のエピソードがあれば教えてください。

矢野 まだ小さいので、そんなに怒ったりすることはありませんが、どうしてもぼくは家にいることが少ないので、たまにいると上の子が調子に乗って、ヨメ(妻)をじゃけんにすることがある。先日もそんなことがあって、そのときは怒りましたね。結構強情で、最初はなかなか謝らなかったのですが、娘の目をしばらくじっと見つめていたら、泣きながらですが、やっと「ごめんなさい」が言えました。

藤本 矢野さんにとって、子育てとは?

矢野 まだまだこれからですが、ぼく自身がちゃんと生きていくこと。あとはもう、愛情をたっぷり注いでやることだけですかね。できるだけ、一緒にいられる時間はいてやってね。

藤本 ご家族が、試合を見に来られることはあるんですか。

矢野 スタンドのどこかにいると思うとどうしても力んでしまうんで、普段は来ないですね。でも、優勝の経験は滅多にないですから、優勝戦だけは見に来ていましたね。

藤本 奥様とはどういうきっかけで? テレビで拝見しましたが、とてもきれいな方ですね。もしかして一目ぼれですか。矢野輝弘さんとの対談写真 その3

矢野 まあ、それに近いですね。ぼくもきれいだと思っています。チームメートの紹介だったんですが。

藤本 だんだん週刊誌っぽい質問になりますが、プロポーズは?矢野さんは積極的なほうですが。

矢野 消極的でもないですが、積極的とはいえないでしょう。どうしても相手の様子を見てしまいますね。脈あるんかなあ、大丈夫かなあ、確率はどのくらいかなあと。仕事柄でしょうか、どちらかというと受身なんですが、でも彼女の場合は、当たって砕けろ!でしたよ。

藤本 結婚して何年になりますか。

矢野 9年ですね。

藤本 いつまでも変わらず、妻は美しく、家庭が一番なんて、うらやましいですね。

矢野 そうですか。あまり欲もないので、うちが一番、と思いますね。

藤本 オフはどんな風に過ごされますか。

矢野 あまり出歩くほうではないですが、普通にごはんを食べに行ったり、買物に行ったり。服もひとりでは決められないほうなんで、一緒に行きますね。

藤本 趣味はバス釣りと伺いましたが、お忙しいのに、そんな時間あるんですか。

矢野 好きな釣りのためなら時間はつくります。でも、子どもには「パパ行っていい?」と聞いて、了解が出れば早朝から出かけます。もう、前の日は興奮して眠れません。ぼくの場合は、キャスティング。戦略を練っていろいろ工夫する、攻めの釣りなんです。結構ハードですよ。

藤本 やはりここでも、研究と分析ですね。釣りはどなたと行かれるんですか。 

矢野 最近は福原、関本、的場…。この前、沖原と吉野を無理矢理連れて行ったら、ぼくより先に釣るなんて!

藤本 楽しそうですね。皆さんでお酒なんか飲まれるんですか。

矢野 めちゃ弱いんで、晩酌もしません。わが家の冷蔵庫のビールは、ほとんど後輩のためですね。まあ、外ではつきあいで、ジョッキ2杯くらいは飲みますよ。

藤本 カラオケでは何を歌いますか。

矢野 そりゃあ、『六甲おろし』に決まってるでしょう!?(笑)。実はぼく、めっちゃ下手くそなんですよ。最近は後輩が歌ってくれるので、いつも聴いているだけですね。

大切なコミュニケーション

藤本 このままいくと、この対談は野球の話になりそうにないですね。そろそろ野球の話も伺いたいのですが…。一番お聞きしたいのは、キャッチャー・矢野さんのチームを引っ張る力、「リード力」ですか。ピッチャーだけでなくチームの皆さんと、どうコミュニケーションをとられるのですか。

矢野 相手を理解すること。それは野球だけではわからないので、一緒に食事したり、お酒を飲んだり、釣りをしたりする中で徐々に相手を知っていく。自分のこともわかってもらいたいし。野球の話ではない、プライベートな部分でのコミュニケーションは大事にしていますね。構えないで、自然に話ができる関係をどうつくるかですね。

藤本 矢野さんは、ピッチャーの今日の調子が一瞬にしてわかるんですか。

矢野 そうですね。ブルペンで20球くらい受ければ、すぐわかりますね。

藤本 さすがですね。

矢野 調子というかコンディションですかね。調子がいいから結果がいいとは限らなくて、調子が良過ぎて繊細さをなくし、打たれてしまうこともあれば、反対に、調子がわるいから慎重になって、しっかり投げて勝つこともありますからね。

気持ちのないボールはダメ

藤本 去年は井川投手が20勝。調子がわるいといわれながら勝ち進んでいきましたが、受けていてどうでしたか。

矢野 決していいとはいえませんでしたね。20勝してわるいといわれるのは井川もかわいそうですが、ぼくはあいつの一番いい球を知っていますから、物足りなさはありました。圧倒的な押さえ方をしてほしいですからね。あいつがすごいのは、精神的な部分。ピンチになればなるほどいいボールがくるし、あとは「意識」です。自分はこうやろう、ああやろうというのを持って投げている。ぼくがピッチャーに望むのはそこです。自分がどう投げたいか…。気持ちのないボールは投げてほしくないですね。矢野輝弘さんとの対談写真 その4

藤本 自分がどうしたいか…。だからでしょうか。画面でも、井川さん、矢野さんバッテリーの気迫は違いますよね。

矢野 だから、あいつはすごいんです。

藤本 相手の心を感じるなんて、簡単にできることではありませんよね。もともと、矢野さんが持っている才能なのでしょうか。

矢野 ここ何年かですね。野村監督に教えてもらったことで、一番大きかったのが「感じろ!」ということです。相手がどう思っているのか。たとえばバッターならスタンスや握り、肩に力が入ってるとか。ランナーが走ろうとしているかも、やはり出ますからね。でも感じようとしなければ、何もわからない。もちろん、すべてが見えるわけではありませんが、見える瞬間があるんです。野村監督にはそういう「見方」というか、「教え」を学びましたね。すごい財産です。

藤本 矢野さんの場合、バッティングと守備の切り替えも大変ではないですか。

矢野 気持ち的には完全に切り替えたいのですが、簡単ではないですよ。最近は、だんだん区別できるようになってきましたけどね。

藤本 打ったあとなど、矢野さんが喜ぶシーンが相当増えてきたように感じるのですが、これまでの、冷静沈着なキャッチャー・矢野にはなかったことですね。

矢野 やっぱりぼくも、サヨナラ勝ちのときに一番に来てくれた奴の顔とかは覚えていますし、勝ったときは、めちゃめちゃうれしいですしね。

藤本 キャッチャーは、感情を表に出したらいけないんですか。

矢野 2、3年前までかな。そう思っていた時期もありますが、今はもう、素直な自分を出して思いっきり喜んでもいいんじゃないか。チームのみんなも同じだろうって。

藤本 野球をやっていて一番うれしいときって、どんなときですか。

矢野 ホームランもそうですが、ぼくの場合はやはり、ゲームセットの瞬間ですね。苦しい戦いで、やっと勝てたときなんかは、最高です。

藤本 スポーツは勝ち負けがはっきりしていますね。

矢野 ぼくらは負けても次がある。「明日はがんばろうな!」と言えるのは幸せです。

藤本 ベストナインとゴールデン・グラブ賞をとられましたね。おめでとうございます。どちらがとくにうれしいですか。

矢野 断然ゴールデン・グラブですよ。自分は守りでチームに貢献するんだと信じていましたから、最高にうれしかったですね。ぼくが使っているのと同じZETTのミットに、金を加工したもの。ゴールデン・グラブ賞というネーム入りです。いつかは絶対に欲しいと思っていた賞です。

藤本 いつも思いますが、テレビでもバッターやピッチャーはクローズアップされるけど、キャッチャーってあんまり出ない、地味な商売ですよね。

矢野 ハハハ。そこがいいんですよ。目立たない。けど全部をわかっているのはぼくなんだ、という自負はありますね。

藤本 ファンの皆さんは、チームの要である矢野さんが1年でも長く活躍されることを願いつつ、多少心配もしていると思うのですが。あと10年はやってくれるかな?なんて…。

矢野 それはないと思いますが、いつまでというより、とにかく今、がんばることしか考えていません。ただ下の娘がまだ1歳なので、何とかこの子が、パパが野球やっていたよというのをしっかり覚えてくれるまではやりたいです。それが父親としてできることですね。

藤本 これからの夢、目標は?

矢野 目標は140試合フル出場。昨年はできなかったので、今年こそはと思います。そのときは、打率も含めて数字は自ずとついてきているでしょう。

藤本 それには体力と気力。調整も大切ですね。チームの中でも、やはりポジション争いのようなことはあるんですか。

矢野 もちろんです。やはりスポーツの世界は結果を出してなんぼですからね。まあ、キャッチャーの場合は経験が一番ですから。そりゃあ、体力では若い奴には勝てませんけど、経験や判断力なら負けません。年々全体が見えるようになってきたというか、そこらへんは自信がありますね。

藤本 ゲームや人を読む力ですね。

矢野 昨年もずっとやらせていただいて、その経験が今年に生きる。また、そうしなければいけないと思いますしね。

藤本 テレビで気になったのですが、矢野さんがゲームの初めにグラウンドを触るのはどうしてですか。何かジンクスでも?

矢野 グラウンドへの挨拶。「今日もよろしくお願いします」という気持ちですね。

藤本 多くの野球少年たちへ一言。

矢野 ぼくもプロにはなれたけど、埋もれていた時代がありました。それは、やっぱり最後まであきらめなかったこと。たとえプロになれなくても、そこでがんばったことは必ず次につながるので、本当に自分がやりたいことを、早く見つけてほしい。そして、とにかくやり遂げてほしいですね。

藤本 多くの阪神ファンにメッセージを。矢野輝弘さんとの対談写真 その5

矢野 ぼくらが野球をしていることや勝ったことで、ファンの皆さんが泣いてくれたり、ありがとうって言ってくれたりする…。本当にありがたいというかもったいないというか…。優勝パレードでも、小さい子からおばあちゃんまで雨の中、来てくれて…。パレードがあんなにいいもんだとは、やってみて初めて知りました。今年こそは、応援してくださっている皆さんのためにも、絶対に日本一になりたいですね。

藤本 たくさんのファンのためにも、そしてご家族のためにも、ぜひがんばってください。今日は、ありがとうございました。

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