藤本 ロシアでの留学生活はどうでしたか。
西本 厳しくて当たり前の世界です。大変と思ったことはないですね。
藤本 知らない土地でのご苦労とかは。
西本 25歳の単身渡露です。まちも人も言葉もわからない世界ですから、勇気はいりました。それから入ってくるお金がない中で生活していくという、現実的な問題。だけど音楽をやれる喜びは大きかったし、私を確実に成長させてくれましたね。
藤本 音楽の知識や経験も着実に積んでいかれたのですね。
西本 とにかくペースが早く、電話帳のような楽譜が連日積まれていきました。「次はこれ、次はこれ」って。私はじっくりやりたいほうで、「何でもっとやらせてくれへんの〜?」という葛藤は常にありました。おかげで、今も積み上げられる楽譜と戦いながら、何とかやっていけてます(笑)。
藤本 オーケストラを指揮していくのは大変でしょう。何十人もの年長者、しかも外国人には言葉も通じない…。どうやってコミュニケーションをとられるのですか。
西本 オケの場合はまず音楽が与えられ、それを自分の中で組み立てる。こう、何10台もの楽器の音をイメージして頭の中で構成していくわけです。そして2、3日前に現場に行って初めて指揮をとります。そうすると、明らかに違う場合もありますね。
藤本 そのときはどうなさるんですか。
西本 まずは体と表情で表現し、通じない部分は言葉でも補います。それが指揮者の仕事ですからね。
藤本 ごめんなさい。私、この世界に疎くて、あまりイメージできないんです…。
西本 私も藤本さんのお仕事のことを何もわからないのと同じで、それは当然です。よくクラシックの敷居を高くする人がいますが、それは違うかな。音楽用語を知らなくても、おいしいものをおいしいと感じるように、いい音楽をいいと感じとれたらいいですよね。
藤本 若い女性指揮者、と軽んじられることはありませんか。
西本 初めて呼ばれるオケでは、そういうことも多いですね。副指揮時代の経験ですが、当時私は学生で、相手は大学の先生ばかり。言葉や態度には相当な気配りが必要でした。やはり礼儀やマナーは大事です。でも音楽では、指揮棒を振れば皆従います。もし振ってうまくいかなかったとしたら、自分の未熟さを反省するだけですね。
藤本 どうなってしまうのでしょう。
西本 そっぽを向かれますよ。とくに外国人ははっきりしてますから。今はそんなことはないですけどね(笑)。あったらプロとしてやっていけません。1回でもポシャったら終わり。けっこう神経使いますよ。
藤本 ストレス、たまりませんか。
西本 ありますね。指揮者は誰も助けてくれませんし、孤独なもんです。だから、普段食事に行ったときなんかは誰よりも気を抜いて、みんなでワイワイやってます。
藤本 オペラの指揮も多いですよね。
西本 オケの場合は振ってて1人で立っている気がするんですね。でもオペラは、総合芸術といわれるように、仲間意識というのか、舞台のプロたちとひとつの作品をつくり上げていくという感覚です。
藤本 皆でつくる楽しさや、裏方のご苦労を感じるのは、実体験からなんでしょうね。
西本 キュー出しをやっていたときの経験ですが、指揮者の指示ひとつですべての人間が動くわけです。このとき、すべてが見えている指揮者と全く見えていない指揮者とがいます。見事にわかるんですよ。うわぁー、本当に指揮者は大変だなぁって。