スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

ゴールを目指して、挑戦し続ける 指揮者 西本智実さん

世界でも数少ない女性指揮者として、名門ロシア・ボリショイ交響楽団「ミレニウム」の首席指揮者を務める西本智実さん。天性の音楽センスに加え、聡明な美しさと華麗な指揮フォームで観衆を魅了。その高い技術と豊かな芸術性が評価され、国内外から注目を浴びている。日本とロシアを行き来し、ステージをこなす多忙な日々、音楽にかける情熱、そして自分らしくありたいという生き方などを伺った。

 

指揮者 西本智実さん
にしもと ともみ  1970年大阪市生まれ。大阪音楽大学作曲科卒業。1996年ロシア国立サンクト・ペテルブルク音楽院に留学。イリヤ・ムーシンに教えを受ける。1998年京都市交響楽団を指揮し、日本デビュー後、若手音楽家に贈られる出光音楽賞を受賞。高い芸術性と技術、ロシア国民からの強い支持を受け、ロシア聖スタニスラフ勲章を受賞するほか、大阪市咲くやこの花賞、ABC音楽賞、(財)大阪21世紀協会特別賞受賞など、国内外の数々の勲章、音楽賞を受章。2002年ロシア・ボリショイ交響楽団ミレニウム首席指揮者に就任後、関西ではすべてのオーケストラ指揮台に立ち、オペラ指揮者としても数々の大舞台を成功させる。
公式サイト http://www.tomomi-nishimoto.com/

見えない世界を表現する楽しさ

藤本 小学校の卒業アルバムに「指揮者になりたい」と、書いていたそうですが、12歳で志を持つなん西本智実さんとの対談写真 その1てすごいですね。

西本 当時は、「野球選手になりたい」と書くのと同じで、絶対なりたいとかなれるとか、思っていたのではありませんからね。

藤本 音楽との出会いはいつごろですか。

西本 4歳のときロシアのボリショイバレエが来日し、大阪フェスティバルホールで公演があったんです。『白鳥の湖』を見て大感激。しかも日が経つにつれ、感動がどんどん大きくなり頭の中はもういっぱい。「あのときは確かこうやった」と、いろんな曲やシーンがよみがえってくるんです。

藤本 幼いときから、クラシック音楽を聴かれていたんですね。

西本 母が音楽をやっていましたので。

藤本 それほどの感動って何でしょう。

西本 今なら「もう一度聴きたい」と思えばCDやビデオですぐに聴けますが、当時はそれがなかったから想像をふくらませるしかないわけですね。音楽は目に見えない世界。消えてしまいますから、残っている楽譜だけが余計にふくらんでいくんです。

藤本 イメージの世界ですね。

西本 蛍光灯よりも、ちょっとした風で揺れてしまうろうそくの火のほうが、生き物のようで好きです。そういう目に見えない、言葉にできない感覚を自分の中で最初に感じたのは、そのころだったと思いますね。

藤本 ピアノやバレエはいつごろから。

西本 物心ついたときから通っていたお稽古事ですから、正直あんまり好きじゃなかったですね。活発で、男の子たちと自転車を乗り回してるほうが楽しかったですね。

藤本 大阪城辺りでは有名だったとか。

西本 体が大きかったので目立つ存在でしたけど、そんなやんちゃやないと思いますよ。外で遊んでいるばかりでなく、家で音楽を聴いたり勉強したり…。興味はたくさんありましたので、いろいろやっていましたね。静と動の両面があるんですよ。

藤本 音楽のほかには、どんなことを。

西本 歴史や物理学が好き。ジャンルが違うように見えるけど、実は共通しています。

藤本 中で、音楽を選んだのはなぜですか。

西本 コンサートで「同じ音楽なのになぜ違って聴こえるの?」と聞く私に、「指揮者が違うからよ」と母。この一言で、音楽をもっと知りたいと思ったんです。

藤本 音大の作曲科に入られた理由は。

西本 苦手な所からやろう。感情は沸き出てくるものだから、それを理論立ててやることが必要だし、この時期にやらないと、しんどいなって。指揮というのは、曲の構造を知って分析する作業が大切なんです。

藤本 歌をうたう、楽器を演奏する、曲をつくる人が多い中で、あえて「指揮」という高いハードルを選んだのはなぜですか。

西本 「やるだけやってみよう!」という感じ。在学中に関西歌劇団などで副指揮という修業の場をいただき、勉強しました。

藤本 いわゆる「現場」ですね。

西本 譜面を読む技術のために作曲を学び、現場を知るために指揮者のアシスタントを務め、副指揮としていろんなことを学びました。指揮者に求められるものは何か、オペラとは何か――。私のオペラデビューは、照明のキュー出しでした。

私を成長させてくれたロシア留学時代

藤本 ロシアでの留学生活はどうでしたか。西本智実さんとの対談写真 その2

西本 厳しくて当たり前の世界です。大変と思ったことはないですね。

藤本 知らない土地でのご苦労とかは。

西本 25歳の単身渡露です。まちも人も言葉もわからない世界ですから、勇気はいりました。それから入ってくるお金がない中で生活していくという、現実的な問題。だけど音楽をやれる喜びは大きかったし、私を確実に成長させてくれましたね。

藤本 音楽の知識や経験も着実に積んでいかれたのですね。

西本 とにかくペースが早く、電話帳のような楽譜が連日積まれていきました。「次はこれ、次はこれ」って。私はじっくりやりたいほうで、「何でもっとやらせてくれへんの〜?」という葛藤は常にありました。おかげで、今も積み上げられる楽譜と戦いながら、何とかやっていけてます(笑)。

藤本 オーケストラを指揮していくのは大変でしょう。何十人もの年長者、しかも外国人には言葉も通じない…。どうやってコミュニケーションをとられるのですか。

西本 オケの場合はまず音楽が与えられ、それを自分の中で組み立てる。こう、何10台もの楽器の音をイメージして頭の中で構成していくわけです。そして2、3日前に現場に行って初めて指揮をとります。そうすると、明らかに違う場合もありますね。

藤本 そのときはどうなさるんですか。

西本 まずは体と表情で表現し、通じない部分は言葉でも補います。それが指揮者の仕事ですからね。

藤本 ごめんなさい。私、この世界に疎くて、あまりイメージできないんです…。

西本 私も藤本さんのお仕事のことを何もわからないのと同じで、それは当然です。よくクラシックの敷居を高くする人がいますが、それは違うかな。音楽用語を知らなくても、おいしいものをおいしいと感じるように、いい音楽をいいと感じとれたらいいですよね。

藤本 若い女性指揮者、と軽んじられることはありませんか。

西本 初めて呼ばれるオケでは、そういうことも多いですね。副指揮時代の経験ですが、当時私は学生で、相手は大学の先生ばかり。言葉や態度には相当な気配りが必要でした。やはり礼儀やマナーは大事です。でも音楽では、指揮棒を振れば皆従います。もし振ってうまくいかなかったとしたら、自分の未熟さを反省するだけですね。

藤本 どうなってしまうのでしょう。

西本 そっぽを向かれますよ。とくに外国人ははっきりしてますから。今はそんなことはないですけどね(笑)。あったらプロとしてやっていけません。1回でもポシャったら終わり。けっこう神経使いますよ。

藤本 ストレス、たまりませんか。

西本 ありますね。指揮者は誰も助けてくれませんし、孤独なもんです。だから、普段食事に行ったときなんかは誰よりも気を抜いて、みんなでワイワイやってます。

藤本 オペラの指揮も多いですよね。

西本 オケの場合は振ってて1人で立っている気がするんですね。でもオペラは、総合芸術といわれるように、仲間意識というのか、舞台のプロたちとひとつの作品をつくり上げていくという感覚です。

藤本 皆でつくる楽しさや、裏方のご苦労を感じるのは、実体験からなんでしょうね。

西本 キュー出しをやっていたときの経験ですが、指揮者の指示ひとつですべての人間が動くわけです。このとき、すべてが見えている指揮者と全く見えていない指揮者とがいます。見事にわかるんですよ。うわぁー、本当に指揮者は大変だなぁって。

指揮者に求められる、判断力と決断力

藤本 指揮る(仕切る)というか、それが指揮の醍醐味ではないですか。西本智実さんとの対談写真 その3

西本 指揮者は、自分のために指揮をした瞬間にできなくなると思いますね。だからといって、お客様に受けるように指揮をするのもまた違いますし、やはり根底のラインをつくっていくのが仕事である以上、大切なのは、それが乱れたとき、とっさに判断していく力、決断力だと思いますね。

藤本 それが今、「生きる力」といわれています。教育についてはどう思いますか。

西本 子どもを甘やかし過ぎではないでしょうか。子どもが自分で道を切り拓こうとしませんよね。何かをやろうとすれば恥じをかくこともあるし、失敗もある。でもそれをおそれて、何もしない子が多いでしょ。

藤本 指示されなければできないような。

西本 これまでの教育では「平均」をつくってきたのでしょう。でも誰にも得意、不得意がある。走るのが速い子もいれば、木登りがうまい子もいる。一人ひとりがそこから自信をつけて、何か足りないと思えば努力して、必ず生きていけるんです。

藤本 まさにそこです。本誌ビーボラビータも「自分らしく」がテーマです。

西本 日本人は、「自分」がないから他者も認められない。集まって何かしていれば仲がいいとか、うまくいってるとかは誤解ですね。場があっても、そこにコミュニケーションがなければ何もなりません。「ロシアは大丈夫?」とよく言われますが、日本のほうがよっぽどこわいですよ。

藤本 外から見た「日本人」は。

西本 意見がない、自分がない人が多過ぎます。大人がこれでは子どもがかわいそう。

藤本 ロシア人のいいところは。

西本 自立が早いというか、ヨーロッパの人は自分の身は自分で守るという意識が強いですね。日本人のように、国に未来を頼むような人はいませんよ。それから感性が豊かですね。

藤本 劇場があちこちにあるそうですが。

西本 500円でオペラが見られます。みんな子ども連れで行きますよ。

藤本 子どもが騒いだりはしませんか。

西本 親が無理やり連れて行くから騒ぐんです。仮に少しぐらいゴソゴソしても、居眠りしてもいいじゃない。音楽が聴けないわけじゃないし、集中力の問題でしょ。要は、本当に聴きたい人ならOK。興味もないのに「三大テノールが来たから、10万円で買った」というのは、何か違いますよね。 

コレ!と思えるものを見つけてほしい

藤本 今後の方向性はいかがでしょう。

西本 本当にいい音楽を、本当にいいと思って聴いてくださるすべての方のために、極めていく。だから私は、常に目線は一緒。それは子どもでも、肩書きがある人でも、外国の人でもみんな同じだと思います。

藤本 価値観の違う人もいますよね。

西本 基本的に、人間は皆違うということを理解して、でもわかり合おう、認め合おうという心が大切です。指揮者ですから、「違う」と思うときにはワーッと声を出すこともありますが、それはカッとしてではなく、計算して、今言ったほうがいいなと判断したときですね。それで、たとえ全員が敵になったとしてもいいと思ってです。

藤本 リーダーとしての判断ですね。

西本 うまくいったときの成果は必ず人に譲る。リーダーは仕事はしんどい。でも給料がいいのは、そういう意味だと思います。

藤本 ロシア・ボリショイ交響楽団「ミレニウム」の首席指揮者という現在のお仕事ですが、プレッシャーはありませんか。

西本 いろんな場面で緊張はあります。でも振る瞬間には消えています。仕事だから失敗はできませんが、失敗を恐れていたら仕事になりません。

藤本 舞台で「今日はダメだ」とか「今日はうまくいった」って、あるんですか。

西本 音楽や人の心にはパーフェクトなんてあり得ません。いつも今度こそと思って向かいますが、ひとつクリアしたらまた次がありますし、ゴールはまだまだですね。

藤本 最後に、夢を教えてください。

西本 死ぬ直前に「私は生きた」と思えるような、悔いのない生き方をしたいですね。

藤本 子どもたちに伝えたいことは。

西本 生きるとは、手段を通じて自分の存在価値を見つけていくこと。私は、音楽という表現方法ですが、それは何でもいい。何かを伝えるというよりは、むしろ自分探しかな。言葉にするのは難しいけど、音楽のもっと向こう側を表現したいと思っているんです。子どもたちには、自分で何か、コレ!と思えるものを見つけてほしい。そして、いろんな人と出会ってほしいですね。

藤本 運命的な出会いもありますね。西本智実さんとの対談写真 その4

西本 ロシアで学んだムーシン(※)先生もそうですが、私にとっては、すべての人が「人生の師」。私のアンテナに刺激をくれるすべての人に感謝です。

※イリヤ・ムーシン/90歳を過ぎて指揮者として脚光を浴びる。 70年にわたりレニングラード音楽院 (現サンクトペテルブルク音楽院)をはじめ世界のマイスタークラスで優秀な指揮者を育て上げた名教師。門下生として有名指揮者を多数輩出する。

藤本 私も西本さんとの出会いに運命を感じています。素晴らしいお話をありがとうございました。これからもぜひご活躍を。

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