スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

華やかに、かっこよく打ち続けたい 棋士7段 吉田美香さん

今や注目度の高い囲碁の世界だが、それは単なる「陣取り合戦」とはいえないほど奥が深い。「天職かしら」と軽やかに笑う吉田美香さんは、9歳で入った囲碁の世界で、「女流本因坊」をはじめ数々のタイトルを獲得する棋士界のホープ。その明るく朗らかな笑顔からは想像もつかない「生死をかけた戦いっぷり」には定評がある。(2003年取材)

 

棋士7段 吉田美香さん
よしだ みか  1971年、4人きょうだいの末っ子として天王寺の夕陽丘に生まれ育った生粋の浪速っ子。5歳上の兄、昇司さん(現関西棋院8段)の影響で9歳で囲碁に出会い、水野弘士門下に入門、15歳で入段。1993年には女流本因坊戦に優勝し、4連覇の偉業を成し遂げる。1998年女流鶴聖戦優勝、2000年リコー杯プロペア戦優勝と、数々のタイトルを獲得。1995年にはNHK囲碁講座の講師、APEC(太平洋経済協力会議)大阪会議特別広報委員を務める。1999年〜2001年には『囲碁はにほへと』(サンテレビ)にも出演、2002年には朝日新聞『棋士のひとりごと』ではエッセイを連載執筆し、文才を発揮した。現在は、夫と共に神戸市在住。関西棋院7段。

いつの間にかプロになっていた

藤本 早速ですが、この世界に入ったきっかけを教えていただけますか。吉田美香さんとの対談写真 その1

吉田 私の場合は、兄の影響が大きいですね。たまたま兄が「囲碁」と出会い、ある日突然「プロになる」と言い出したんです。

藤本 お父様が囲碁をなさっていたとか?

吉田 祖父はアマチュア囲碁で比較的強かったと聞いていますが、実際にわが家で父と祖父が向き合うシーンは全く記憶にありませんし、家では、碁盤は常に電話台か踏み台になっていましたね(笑)。

藤本 踏み台じゃ、罰が当たりそう(笑)。

吉田 塗装業を営んでいた父が職人さんと打っている碁を見て、興味を持ったようですね。兄の友人の父親が私の師匠でもある水野弘士(9段)で、囲碁教室をやっていたんです。父も職人でしたから、ひとつのことに長じることには大賛成。でも何せ、囲碁の世界としては入門が遅い。周囲は「プロは無理」と思っていたようですけどね。

藤本 遅いというのは?

吉田 親が碁をやっていて5歳くらいからプロを目指すという「サラブレッド」が多い世界。院生として(プロの養成機関に入って)18歳までにプロにならないといけませんが、「有望」といわれる人は15歳までにプロになっていますから、13歳の兄には時間がありません。兄は中学の勉強を放り投げ、先生の所で碁の勉強をして院生になりましたが、1年に1人か2人しかプロになれないという狭き門です。

藤本 お兄様はどうなりましたか。

吉田 兄は私より2年早く、無事プロになりました。

藤本 きょうだいそろってプロなんて、すごいですね。ところで美香さんが、お兄様と一緒に碁を始めたのはなぜですか。

吉田 父はこの世界の厳しさを知らなかったんです。「兄はプロになる」と信じていましたし、9歳の私は「ついでに美香もプロになって、将来(兄が)碁会所でも開いたら、アシスタントでもせえ」と思っていたようです。兄の相手にもなりますしね。

藤本 何でも「プロ」の世界は厳しいと思いますが、囲碁の世界はなおさら、なりたくてなれるというものではないでしょう。

吉田 「難しい」とか「お年寄りの趣味」とか、とかく敬遠されがちな囲碁ですが、私の場合は、いつの間にかプロになっていた、そんな感じです。

やるべきことがあるという優越感

藤本 9歳の女の子にとって「囲碁」は、抵抗ありませんでしたか。

吉田 それが不思議と、ありませんでしたね。無知だったのが幸いです。教室へ行くとお菓子がもらえるとか、おっちゃんたちにいろいろかわいがってもらえるとか、そんな理由。囲碁を始めた兄が注目を浴びるのがうらやましくて、自分もがんばろうという気持ちもありましたね。

藤本 でも修業は大変だったでしょう。

吉田 私が通っていた門下は厳しい環境ではなくて、どちらかといえばアットホームな雰囲気。同い年の子に比べると、「私にはやるべきことがあるんだ」という一種の優越感がありました。

藤本 いやになったことはありませんか。

吉田 院生に入ると日曜ごとに対局があり、負けると父の説教で2時間ずっと泣きっぱなしということもしょっちゅうでした。姉2人からは、「碁なんかやめたらいいのに」とよく言われていましたが、やめることなど考えたことがなかったですね。

藤本 順調にここまでこられたのですね。

吉田 一度だけ、17歳のときの棋聖戦(段別優勝戦)の3段決勝戦で負けたことがあって、そのときは悔しくて悔しくて「もうやめよう」と本気で思いましたね。15歳でプロになって以来、初めての大きな舞台。今でこそ「女性棋士」も多くなりましたが、まだまだ「女流棋士なんて」といわれていた時代です。初2段で女性の優勝はあったのですが、3段は女性では無理といわれていましたからなおさらです。

藤本 男女の差はあるのですか。吉田美香さんとの対談写真 その2

吉田 囲碁は男女の区別がないプロ社会ですが、いまだに女性の棋士は約1割。昇段するには男性を負かしていかなければなりません。今でこそママさんタイトル保持者が大勢いますが、私の修業時代は「女は色気づいたら終わり」の風潮がありました。

藤本 実力の世界なのに、悔しいですね。

吉田 女性というだけで、なぜ碁打ちとしての存在を軽んじられるのかと感情的になっていた時期もありましたね。だからこそ碁盤の上で勝ちたかった。でも今は、男女の違いがあって当然と思えます。

藤本 なぜそう思えるように?

吉田 車の運転をして初めてわかったんです。生理的な違いでしょうが、それぞれ特性があり、やはり能力差はありますよね。

藤本 どこの世界でも同じです。「男女平等」といっても、その違いは埋められませんから、それぞれの特性を考える。仕事でも家庭でももっと自分を生かし合えたらいいのにと思いますね。

吉田 囲碁の場合、男性的、女性的というよりは、人によって全く打ち方が違います。個性がもろに出る。対局態度にも性格が出ますからね。

対局にあらわれる碁打ちの個性や性格

藤本 吉田さんはどんな棋風なのですか。

吉田 昔は「丸太ン棒振り回し」といわれていましたが、今はバランスをとりながら「大局を見る余裕」が出たと自負しているんですけどね。

藤本 丸太ン棒!?

吉田 向こう見ずな手ばかり打っていましたからね。「意外性」とか「玄妙」とか、ものは言いようですが。

藤本 やりづらい相手なんでしょうね。

吉田 どうかなあ。これまでは一心不乱に碁だけに向かっていたところがありましたので、勝負のときは夜叉の顔になっていたかも知れません。でも最近は、ちょっと余裕が出たせいか、どうせなら肩ひじ張らず、微笑みながら勝ちたいなって思うんです。

藤本 かっこいいですね。

吉田 それにはやはり、広い視野を持つこと。自分で世界を広げないとダメだなって。

藤本 「結婚」は大きな意味があるんじゃないでしょうか。

吉田 そうですね。彼は全くこの世界とは関係のない人ですから、新鮮です。

藤本 共働きは大変でしょ。

吉田 家事はきらいじゃないんですよ。でもキリがないので、確かに大変です。

藤本 家で勉強をされるんですよね。

吉田 何時間か、しっかり集中できる環境が必要なので、「ながら仕事」というわけにはいきません。勉強よりも、家事を優先させないといけないときなど、イライラしてしまうこともありますね。お正月の9連休のときは大変でしたよ。2人でいることが苦痛というのではないのですが、ちょっとした用事で外出してもすぐに一日つぶれてしまう。丸2日も碁盤に向かえないと、焦ってしまうんですよね。

藤本 パートナーの理解はありますか。

吉田 仕事のことはわかってくれてますね。結婚して、普通の生活ができることに幸せを感じていますし、相手を思いやる気持ちもできたんじゃないかと思います。

藤本 すべて経験ですよね。

人と向き合ってこそコミュニケーション

吉田 囲碁は「手談」といわれ、コミュニケーションの力が養われます。昔から「碁のじゃまになる」と吉田美香さんとの対談写真 その3いわれる結婚や子育ても、ひとつの勉強だとは思いますね。

藤本 今の時代は、大人も子どももコミュニケーションできないことに大きな問題があります。逆をいえば、碁を通して人と交わることで「生きる力」が養えるのは素晴らしいことですよね。

吉田 『ヒカルの碁』(※)以来、ブームに火がついて、ちょっと前までは考えられないほど、囲碁人口が増えました。

※ヒカルの碁/『週刊少年ジャンプ』(集英社)で連載された囲碁マンガ。コミックスも発売。原作は小畑健、監修は梅沢由香里5段。2001年〜2003年にテレビ東京系列でアニメとして放映され、囲碁ブームを生んだ

藤本 人気の秘密は何でしょう。

吉田 子どもが大人に勝つこともできる囲碁には、誰とでも互角に戦える面白さがあります。ハンデをつけることもできますし。マンガではルールもわかりやすく説明され、囲碁の世界をかっこよく描いているので一気に引き込まれ、ハマってしまう子どもが多いのでしょう。

藤本 子どもたちの碁打ちはどうですか。

吉田 打つのは早いですね。本能で打ってきますからね。何が起きるか全く予想ができません。「わかって打っとんのかいな!?」と言いたくなりますが、それが面白い。

藤本 イベントもたくさんありますよね。

吉田 関係者一同はその盛況ぶりにうれしい悲鳴を上げています。子どもたちの上達ぶりには驚かされますね。

藤本 碁は頭を使うといわれますが。

吉田 右脳と左脳をバランスよく使うので、脳の発育にいいとされています。集中力を高め、コミュニケーションをはかるので、アメリカでは自閉症や不登校などの問題解決にも役立っているようです。

藤本 学校のクラブ活動や総合学習に地域の高齢者を招いて交流したり、地域の施設で囲碁大会を開いたりとにぎやかですが、子どもはおじいちゃんを尊敬し、おじいちゃんには「生きがい」ができました。

吉田 こわいのはインターネットやゲームだけで碁を覚え、人と直接対局したことがないという子どもたちです。人と向き合ってこそ得られる緊張感や信頼感、連帯感などがなくて、囲碁とは呼べないでしょう。

藤本 子どもたちをひとりパソコンに向かわせないためにも、囲碁がもっと普及していくことを願いたいものですね。

勝負を決めるのは「感性」と「運」

吉田 女性棋士はイベントや教室も多いのですが、私は立場上、碁界と要人の橋渡しなど、棋士としての公の仕事も多いですね。昨年は朝日新聞で『棋士のひとりごと』という連載コーナーをいただいたんです。

藤本 我々の知らない碁の世界をとてもわかりやすく、楽しく書かれていて感心しました。きっとたくさんの方が興味を持って読まれたでしょうね。

吉田 その気になって、文筆活動でも碁を広められたらなあとも考えているんです。

藤本 文章にも表われていましたが、厳しい世界で頂点を極めた方とは思えない、気さくなところが吉田さんの魅力ですね。

吉田 まだまだ極めてなんていませんよ。

藤本 でもそのおおらかな笑いっぷりからは、碁を打つ姿が想像できません。

吉田 今度、対局を見てくださいよ。あまりの形相にビックリしますよ、きっと。

藤本 そんなにこわいんですか。

吉田 皆さんによくいわれます。それほど、集中しているんです。何しろこれまでは、本当に「幸運」でした。私なんて、まだちっとも自信がなくて、一手一手本当に揺れているんです。完勝なんてあり得ません。

藤本 勝つためには、何が必要ですか。

吉田 プロなら一日8〜10時間の勉強が必要といわれますが、私は2〜3時間。気分転換にマンガを読んだり、体力づくりのために山歩きをしたりもしています。持ち時間が5時間の対局なら、2人で10時間。心技一体は理想ですが、なかなかそうはいきません。常に精神と体力と両方を鍛える必要があるわけです。

藤本 10時間も集中できるものですか。

吉田 知力も大事ですが、日ごろから感性を磨いておくことも大切です。それに、最後は「運」だと思いますよ。以前、初タイトルを取ったときの話です。ずっと押されていた手合いで、「負けや負けや」と思いながら、「最後まで最善は尽くそう」と打っていたそのときです。間違えるはずのないところで、相手が間違えてくれたのです。

藤本 「魔物がいる」といいますね。吉田美香さんとの対談写真 その4

吉田 人間の力ではどうにもならない「気」のようなもの。布石の段階で全然見えていなかったのに、ある瞬間「置きたくてたまらない」ほど一点が見えてきたり、反対に調子よく鼻歌まじりでやっていたのに、返し技で逆転負けをしたりしてしまう。

藤本 本当に奥が深いのですね。最後に吉田さんの夢を教えてください。

吉田 一生を通して「碁打ち」であり続けたいと思っています。

藤本 ぜひ吉田さんらしい碁を打ち続けてください。私も応援させていただきます。今日は本当にありがとうございました。

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