スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

今までは人生の準備期間。勝負はこれからだね 俳優 伊原 剛志さん

NHK朝の連続テレビ小説『ふたりっ子』ほか出演したドラマは数知れず、映画『みんなのいえ』、舞台『彦馬がゆく』などでも際立った演技が光るクールな二枚目俳優・伊原剛志さん。大阪への思いは人一倍。生野で過ごした子ども時代の話からこれまでの役者人生、そしてこれからは? 人間として、役者としての生き様に迫った。

 

俳優 伊原剛志さん
いはら つよし  1963年福岡県生まれ。4歳から高校時代までを大阪で過ごし、俳優を目指して上京。1982年にジャパン・アクション・クラブに入団。俳優としては、舞台『真夜中のパーティー』でデビュー。以降、テレビ、映画、舞台、CMと多彩なステージで活躍。独特の雰囲気を持つ二枚目俳優として幅広い層の支持を受ける。現在は、TBSドラマ『こちら本池上署』にレギュラー出演中。今夏の舞台『阿修羅城の瞳』に向けて役づくりに励む毎日。

思い立ったらまずはやってみる

藤本 今日は大阪育ちの伊原さんに、当時の思い出なども交えてお話を伺いたいと思います。どうぞ伊原剛志さんとの対談写真 そのよろしくお願いします。

伊原 出身は福岡県北九州の小倉という所で、大阪には4歳のときに移りました。それから「役者になるぞ」と決心して夜行列車に乗り込んだのが、18歳のときです。

藤本 夜行列車?

伊原 いまどきって思うでしょ。でも、シーン的には夜行列車でないとダメだった。友人たちが集まって、列車が走るのと同時に、ホームを走って見送ってくれました。

藤本 青春ドラマみたいですね。

伊原 列車の中で「俺もがんばるからお前もがんばって役者を目指せ!」という手紙を読んで、ジーンときたのを覚えています。

藤本 「役者になる」って言っても、そう簡単になれるものじゃないと思うけど。

伊原 当時はあまり深く考えていなかった。でも今宮高校という進学校で、周りはみんな受験勉強をしてました。ぼくはといえば、とにかく何の目的も持たずに大学に行くことだけはしたくなかったんです。

子どものころから負けん気だけは強かった

藤本 周りには流されないタイプですか。

伊原 家庭環境かなあ。同世代の人に比べたら「人生」について真剣に考えていましたね。

藤本 どんな風に?

伊原 両親が離婚して、高校のときに母は下の弟や妹を連れて出て行きました。ぼくは親父とすぐ下の弟と3人で暮らすことになったのです。

藤本 それは大変だったでしょう。

伊原 弟は中学生で多感な年ごろだったんで、グレたりしていろいろあったんだけど、ぼくは反発もしませんでしたね。

藤本 自分がしっかりしないと、と思ったとか。

伊原 そんな立派じゃないなあ。さびしいときもあったけど、そういう環境をどう受け止めるかで人間が決まるんです。ぼくはいろいろ考えるけど長くは考えないし、やりもしないで思い悩んでいてもしょうがない。思い立ったらすぐにやっちゃいますね。

藤本 それがなかなかできない。考えることはできても踏み出せないんですよね。

伊原 頭のいい奴はそうですね。ぼくならとりあえずやってみる。行動しないうちから心配していても何も前には進みません。

イメージのない役者になりたい

藤本 役者の話に戻りますが、この道を選んだきっかけは何ですか。

伊原 何かで「役者とは自分を探すこと」と書かれていたのを読んで面白い、と思ったんです。役者になる手段はいろいろあると思うけど、まずは「体」を動かすことで勝負してみようかなって。JAC(ジャパン・アクション・クラブ)※1の試験に合格し、ワクワクして東京に向かいました。

※1 JAC(ジャパン・アクション・クラブ)/真田広之、志穂美悦子をはじめ一流タレントや、数多くの俳優・スタントマン・アクションコーディネーターを育成。現在は株式会社ジャパンアクションエンタープライズに改名し、日本のアクション・スタント界をリードしている。

藤本 そこでの生活はどうでしたか。

伊原 60人も同期がいたけど、みんなあまりの厳しさにすぐにやめていきました。

藤本 やめようとは思いませんでしたか。

伊原 悩んだけど「やめてどうするんだ?」と思ったら行くとこありませんでしたからね。みんなが大学に行く4年間はがんばってみようと決めていました。

藤本 どうやって食べていたのですか。

伊原 ごはんを食べさせてもらえるんで、喫茶店のウエイターとかやってました。高校時代は「東京に行くお金を稼ぐため」に、居酒屋で真夜中まで働きましたね。

藤本 そういうのは苦ではなかった?

伊原 ええ。大きな夢がありましたからね。毎日楽しかったですね。

藤本 偉いなあ。私もしょっちゅう娘たちに「夢はないの?」って聞くんですけど、3人揃いも揃って「わかんない」って。母親がこんなに「夢、夢」って言ってるのに。伊原剛志さんとの対談写真 その1

伊原 おいくつですか。

藤本 大学生と高校生なんですけど。

伊原 きっとこれからですよ。でも、今の若い人を見ていて思うんですけど、受身の人が多いですね。自分で「これ!」というものを持たなさ過ぎる。人に与えられたことを無難にこなすことはできても「自分」がないから飽きちゃうし、何かあるとすぐにやめちゃう。どの世界でも、ある程度上までいって初めて「この先どうしようか」と考えられるんじゃないかな。

藤本 「骨のあるヤツ」がいない?

伊原 そうそう。「根性」もなければ「辛抱」もない。「負けん気」もないから、勝負をする前にすぐ逃げちゃう。

藤本 ラクな道を選んでしまうのですね。

伊原 ぼくは小さいころから、「どんな勝負でも絶対負けない」と思ってやってきた。遊びでも勉強でもスポーツでもそう。負けたくないから勉強や練習をするのは当然なのに、負けたくないから勝負しないっていう人間が多くてイヤになっちゃうね。

藤本 スポーツをやっていたんですか。

伊原 中学時代はラグビー、高校ではサッカーをやりました。ゴールキーパーだったんだけど、好きじゃなかった。でも投げ出せないからやめなかったですもんね。

いつまでもかっこよくあり続けたい

藤本 役者への道は遠かったですか。

伊原 24歳のときにプロダクションに所属して、やっと「役者」の仕事がきました。

藤本 どんな仕事ですか。

伊原 最初は舞台が多かったですね。そのうちコマーシャルの話がきてオーディションを受けたら受かっちゃった。でもモデルという仕事は性に合わなかった。お金は入るけど、役者に比べたら自分の力を出し切れないというか、何か、それこそラクして食べているような感じがしたんだよね。

藤本 どんな風に違うのでしょう。

伊原 モデルだって一流までいけばすごいけど、ぼくはまだまだそこまでいけてなかったし、舞台の千秋楽でスタンディングオベーションの感動なんかを味わってしまったら、それはもうはるかに感動の大きさが違っていた。そこに至る苦労が大きければ大きいほど、感動も大きいですからね。

藤本 本当に「役者」というお仕事が好きなんですね。「伊原剛志」は、これからどんな役者になっていくんでしょう。

伊原 見ている人が「伊原剛志って何者だ?」というような、いろんな顔を持つ役者になりたいですね。この世界によくあるのがひとつの役が当たってカラーが出来上がってしまって、そこから出ることができなくなってしまうという話。そういう意味では「イメージのないイメージ」を植えつけていきたいと、いつも思っています。

藤本 これからが楽しみですね。

伊原 いろいろ挑戦していきたい。常に表現できる環境を維持していきたいですね。

藤本 そのためには?

伊原 まずは体力づくり。8月から舞台が始まります。ハードな動きを要求されますし、立ち回りも多いので殺陣の練習とかもやっています。

藤本 どんなお芝居ですか。

伊原 劇団・新感線主宰の舞台で、市川染五郎さん、天海祐希さんとの共演です。タイトルは「阿修羅城の瞳」といって、歴史や神話をモチーフにした「新しい歌舞伎」と音楽性を強調した生バンドとのコラボレーション。新しいエンターテインメントの世界として、すごく注目されています。

藤本 面白そうですね。 

伊原 8月は新橋演舞場で、9月は大阪松竹座ですからぜひ観に来てください。

藤本 ええ、絶対。でも、こうして伺っていると、舞台がお好きなんですね。

伊原 舞台はお客さんの反応が一目瞭然。人目にさらされる緊張は、役者としては絶対に必要。やっていて楽しいですね。

藤本 4月から始まったドラマに出ていらっしゃいますね。

伊原 TBSドラマ『こちら本池上署』(※2)では刑事役です。テレビも出させてもらいますが、これからは映画をもっとやっていきたいですね。

※2 こちら本池上署/4月からの新番組。下町にある警察署(本池上署)を舞台に繰り広げられる人情刑事ドラマ(TBS系全国ネット月曜日20:00〜)。共演は、高嶋政伸、橋爪功ほか。

藤本 映画なら日本映画だけでなく、ハリウッドに進出とか?

伊原 うーん。英語は時間がかかりそうですねえ。でも映画は、役者はあくまでひとつの素材として参加するだけ。本当に自分のやりたいものっていうのは、やはり自分でつくっていかなきゃね。伊原剛志さんとの対談写真 その3

藤本 何か計画をお持ちなんですね。

伊原 ぼちぼちですね。もうぼくも40歳。これから役者の仕事はどんどん減ってしまいますからね。ぼくは35歳が人生の折り返し点と思って、いろいろ考え出したんです。今は日本の映画もそうだけど、世の中が出来上がってしまっていて、システムにしてもダメなものがあり過ぎる。これは変えようとしてもなかなか変わらないからつぶしていかないとダメでしょう。

藤本 変革の時といわれていますね。

伊原 映画だけでなく政治も何もかも、世の中のしくみがパンパンでしょ。すべてがおかしくなってしまっている。

藤本 そんな時代にひとりのアーチストとして、また人間として、社会や人々に影響を与えられるのは素晴らしいことですね。

伊原 まだそんな器ではありませんよ。

藤本 伊原さん自身がどなたかに影響されたということはありませんか。役者でなくても、生き方の手本にしている方とか。

伊原 矢沢永吉さん。彼は今53歳。いくつになってもかっこよくあり続けているというのがすごいと思いませんか。

藤本 何かの番組で「どのアルバムが一番かと聞かれるけど、今が一番に決まってる」と永ちゃんが答えていたのを聞いて、ほんとにそうだと思ったことがありました。

伊原 同感です。今までがあって今の自分ですからね。常に今がベスト。40歳までは人生の準備期間だから、勝負はこれから。歳をとることはかっこわるいことではなくて、魅力的になっていくことですからね。

藤本 ステキに歳をとりたいですよね。

伊原 そうはいってもシワはできるし腹も出てくる。でもぼくは、日々ストイックであり続けたい。たいていの人は背負う物が多くなって冒険ができなくなってしまうんだけど、ぼくはいつだって何だって捨てていけるというスタンスでいたいですね。

藤本 精神的なことも大切ですね。

伊原 あれもこれもと常に好奇心旺盛であることが大事だし、社会のいろんな事柄に関心を持つことも必要でしょう。

子ども時代はとにかくいっぱい遊ぶこと

藤本 オフのときは何をしていますか。

伊原 舞台や映画は詰めてやるので、その合間にしばらく旅に出たり、寝続けたり。

藤本 お家ではどんな風ですか?

伊原 ゴミも捨てないし、料理もしません。強いていえば、本を読んでることが多いかな。映画はよく観に行くけど、家に居てもテレビはほとんど見ませんしね。

藤本 プライベートですが、父親としてはどんなお父さんなんでしょう。

伊原 息子は2人とも小学生ですけど、口うるさくはありません。よくいう「背中を見せていく」というのを地でやっています。

藤本 一番伝えたいことは何ですか。

伊原 「人生は楽しいもんだ」ということくらいしか教えられないんじゃないかな。

藤本 それが一番だと思います。

伊原 それから、人間ってひとつじゃないということ。自分でいうのも何だけど、ぼくって多重人格なのかも…。あるときはひどく悩んだり、落ち込んだり。かと思うと妙に明るいヤツだったり、イヤなヤツだったり。キツイ自分もいますし、すごくかわいい自分もいます。

藤本 人間のありのまま姿ですね。

伊原 ハハハ。そうか。ぼくは、本能のままに生きているのかも知れませんね。

藤本 そこが伊原さんの魅力。ミステリアスな部分でもあります。このビーボラビータは「自分らしく生きていく」というのがテーマです。これからは一人ひとりが自分で生きていく。とくにお父さんやお母さんが、子どもにそういう生き方を見せていかないと、子どもたちがかわいそう。

伊原 ぼくは大阪市立北巽小学校から巽中学校に入学。5年生で勉強に目覚めて中学時代は5と4ばかり。でも高校で勉強しなくなったら途端に成績は下がっちゃいました。つまり勉強なんていつだってやろうと思えばできるんだよね。子ども時代は、それよりもっと大事なことがあるでしょう。

藤本 みんなそれに気づいていません。

伊原 遊びの中からの学びとか、友人や先生とのコミュニケーションとか。学生時代はそういうことを学ぶんだよね。

藤本 影響を受けた先生はいますか。

伊原 中学の担任だった斎藤香代子先生。英語の先生で、授業の初めにビートルズの歌詞の意味を説明してくれて、みんなで歌うんですよね。斎藤先生のときはきらいな英語も楽しかったのをよく覚えてます。

藤本 先生に影響されてその勉強が好きになる。そんなもんですよね。

伊原 今の「英語教科」ではダメですよね。現に、学生のころ英語の成績がよかった人も、今は全然しゃべれないじゃない。これからは、実際に使える英語じゃないとダメでしょうね。伊原剛志さんとの対談写真 その4

藤本 英語は、教育改革の大きな課題のひとつにもなっています。

伊原 先生は、英語のコミュニケーションの楽しさを教えなければなりません。

藤本 楽しんで学ぶことが基本ですね。

伊原 とにかく大人は子どもに何もかもを詰め込み過ぎないで、もっと子どもを遊ばせてあげてほしい。いっぱい遊んだ子どもは、必ず自分の力で成長していきますから。

藤本 いっぱい遊んだ伊原さんならではの実感のこもった言葉ですね。今日は本当にありがとうございました。夏からの舞台に向けて、役づくりがんばってくださいね。

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