葛西 人間は生まれながらにして幸せになりたいと願っているのに、なぜこんなにも幸せになれない子どもたちがいるのだろうという究極的な疑問と関心。これを突き詰めて考えていくと、母親、そして家庭というところに大きな問題があります。わかりやすく説明すると、「脳」の話にいきつきます。
藤本 会長が長年研究されている「脳環境」、ものすごくインパクトのあるお言葉ですね。「脳環境」について教えていただけますか。
葛西 人間の「脳」というものは、0歳〜3歳のころに急速に成長します。この間に脳細胞のおよそ70〜80%が形成されるわけですから、このときの「脳環境」が人間形成において、とても重要です。つまりそれは、母親の子どもに対する愛情なのです。
藤本 子どもへの愛情が脳環境…。ちょっと難しいですね。もう少し説明していただけますか。
葛西 「脳環境」という言葉はぼくがつくった言葉ですから、ちっとも難しいことなんてありません。3歳までの誤った育児が子どもの脳に大きな影響を与え、その後の人間の幸せを大きく左右してしまうので、お母さんやお父さん、それから赤ちゃんを囲むすべての人々が穏やかな気持ちで赤ちゃんを育て、たっぷりと「純愛」を注いであげることが大切ということです。
藤本 お母さんだけでなく「すべての人」という発想が素晴らしいですね。
葛西 今は忙しかったり、事情があったりして、お父さんやお母さんが子どもを見られないケースもたくさんあります。そのとき、代わりにこの子を見てあげようという本当の愛情を持った人がいればいいのです。もっといえば、お母さんがいつも一緒にいなくても「いつもあなたのことを思っている」という「絶対の愛情」があればいいんです。
藤本 そうなんです。私も忙しく働く母親のひとりですが、本当に毎日、「今日こそ早く帰ってごはんをつくってあげよう。子どもたちとゆっくり話をしよう」と思っているんです。でも実際には半分も思い通りにいかない。それでも子どもたちに対する愛情や思いは、ほかのお母さんたちと同じ、心から子どもの幸せや毎日の笑顔を願っています。
葛西 そうそう。それでいいんです。その絶対の愛情を信じている子どもたちは、どんなことがあっても強く生きていけます。親に信頼されている子は、最後のところで踏みとどまることができるのです。不幸にして3歳までにこの愛情を得られることができなかった子どもたちが、世の中にはたくさんいます。だからぼくは「あたたかい脳環境」を広める運動をしているんです。
藤本 それが「あたたかい心を育てる運動」ですね。30年も前からこの運動を始められたと伺っていますが。
葛西 「育児の神様」といわれる内藤寿七郎博士(※1)との出会いは不思議なご縁でした。先生が師として仰いでいた方を、たまたまぼくも尊敬していた。内藤先生の『育児の原理』は、世界でただひとつの「ホッとする」育児書です。
※1 内藤寿七郎(ないとう じゅしちろう)/1906年生まれ。医学博士。(社)日本小児科医会名誉会長、愛育病院名誉会長。1992年日本人初のシュバイツァー博愛賞受賞。 国家的な小児医学プロジェクトに参加。
藤本 ええ。読んでいると癒され、冗談でなくもう一度子育てをやりたいなって思いました。残念ながら私は、一番子育ての大変だった時期にこのご本に出会わずにきてしまいましたが、あのころこれに出会っていたら、どんな子育てができていたかと思いました。
葛西 『育児の原理』は、内藤先生が60年もの臨床体験をもとにつづられた28冊の著書を、アップリカ育児研究会が8年の年月をかけて一冊にまとめた育児のバイブルです。先生のやさしい言葉で語りかける育児のアドバイスは、育児に悩んだり、迷ったりしているお父さん、お母さんの心を和ませてくれます。
藤本 ええ本当に。読んでいて、鳥肌が立つような興奮がありました。なぜ、こんなにお母さんたちの心がわかるのだろうという驚きと、理解されるうれしさ、そして感動でした。
葛西 同じ感動がぼくにもありました。内藤先生と出会ったのは、ちょうどぼくが「赤ちゃんの脳や環境」が大切という気づきから、その研究を始めたときのことでした。赤ちゃんには父母のあたたかい育児が必要であり、それが人間愛をつくり育てるという先生の理論に、全く賛同してしまったのです。それと共に、自分の考えが間違っていなかったことに対する自信というか、勇気のようなものが生まれたといってもいいかも知れません。
藤本 「アップリカ育児研究会」の誕生ですね。もうひとりの発起人である手塚治虫氏(※2)とは、どういうおつながりだったのですか。
※2 手塚治虫(てづか おさむ)/(1928〜1989)医学博士。漫画家。「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」「ブラックジャック」「火の鳥」など。漫画界の巨匠。作品は今も世界中で愛されている。宝塚に記念館設立。