スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

「前だけを向いて生きてきた」 ファッションデザイナー 小篠綾子さん

糸とはさみで紡いできた人生はまさに波乱万丈。個性豊かなデザインで有名なコシノヒロコ、ジュンコ、ミチコという世界的なファッションデザイナーを世に送り出し、76歳のときに自ら「アヤココシノ」ブランドを発表。「娘たちこそ良きライバル」と公言。89歳にしてなお現役ファッションデザイナーとして活躍中の小篠綾子さん。その、はじけるような若さあふれるバイタリティーの秘密に迫る。子育てとは何か、そして人生をどう生きるか。

 

ファッションデザイナー 小篠綾子さん
コシノアヤコ  1913年、岸和田市生まれ。呉服商の長女として生まれ、16歳でミシン踏み修業をし、洋裁の道へ。22歳で洋装店を開き、結婚。25歳でヒロコを出産。26歳でオートクチュールの草分け的ヒットを生む。27歳でジュンコを出産。30歳のときに夫が出征、31歳でミチコを出産。夫は戦地で病死し帰らぬ人に。その後、女手ひとつでヒロコ、ジュンコ、ミチコという娘3人を育て上げ、それぞれ世界的なファッションデザイナーとして成功。1987年「アヤココシノ」ブランドを発表。現在も岸和田市でコシノ洋装店を営む現役ファッションデザイナーとして活躍。大阪府知事賞2回、産業功労賞など数々の賞を受賞。1987年に勲六等宝冠賞を受賞。

仕事をイヤだと思ったことはありません

藤本 駅を降りてから、「ここがあの『だんじり』で有名な岸和田商店街で、このまちから、あのコシノ小篠綾子さんとの対談写真 その3ヒロコ、ジュンコ、ミチコさんという世界的なファッションデザイナーが誕生したんだな」と、思いながら歩いて来ました。

小篠 私はこのまちで生まれ、ここへ来たのは14歳のころでした。今は娘たちも芦屋、東京、ロンドンとそれぞれですが、やっぱり故郷というものは大切です。いくつになっても、私にはこの岸和田が原点なんです。

藤本 ご著書にあった人生のエピソード、子育ても仕事も、みんなこのまちが舞台なんですね。

小篠 いろいろありましたね。でも子どもたちのことでは、「あんたんとこは、ええな」とたいがいの人から言われます。親の仕事をイヤがって継がない時代に、娘が3人も同じ洋装の道に進むなんてと。でもそれは、親のやってることを真似しただけ。私が偉いんじゃないんですよ。子育てについては、10人が10人口をそろえておっしゃいますね。「どんな育て方をなさったんですか?」って。

藤本 私も今日はそこをお聞きしたいんです。実は、わが家も娘3人なんですが、口をそろえて「お母さんみたいな大変な仕事はやらない」って言うんです。

小篠 ハハハ。口ではそう言っても、見てますよ。あなたが必死でやっている姿を。

藤本 見ているからこそ「絶対やらない」って。

小篠 ハハハ。仕事は大変。だけど、それ以上に楽しいでしょ。

藤本 ええ、それはもう。

小篠 小さいころから、とにかく針仕事が好きでした。私の場合は父の影響で、はさみが大好きでした。家が婚礼呉服屋さんだったので、布とはさみが身近にありました。婚礼の注文があると親戚じゅうが紋付きをつくるので、一度に何着分もの布を裁断します。布にはさみを入れるサァーッという瞬間が、何とも気持ちがいい。

藤本 わかります。あの独特の感じですね。生地屋さんに行くと、長い竹のものさしとはさみを使って上手に切ってくれますよね。

小篠 「私もあんな風にはさみを扱ってみたい」って。そして小学校6年生のとき、母方の親戚の家に遊びに行ったんです。宝塚で製縫工場を やっていて、そこでは川崎造船の制服をつくっていましたから、うちとはスケールが違っていました。ミシンが50台も並べてあって驚きました。帰って「お父さん、ミシンならピーッと向こう行くしな」と話したことを覚えています。

藤本 それは画期的だったでしょうね。

小篠 「好きなことしたいなら、それだけのことしてからやれ」というのが、父の口ぐせでした。「それなら、とことんやったろ」と、今日まで無我夢中でやってきました。この仕事をイヤだとか、大変だとか思ったことは一度もありません。

藤本 「天職」なんですね。

小篠 好きなことを楽しんでやる。そしたら努力も苦になりません。たとえばミチコはテニスが好きで、学生時分はそればかりしていました。

藤本 ミチコさんのテニスの成績も人並みじゃなかったと伺っていますが。

小篠 いつの間にか、日本一になりました。そしたらあっさりしたもんで、次の日には「お母ちゃん、今日から弟子になるわ」って。立体裁断を覚えたいというので、7年間徹底的に教え込みました。そして、すでにデザイナーとして成功していたジュンコの所へ手伝いに行かせましたが、そこではいくらがんばっても「ジュンコの妹」としてしか見てもらえない。あるとき「日本を出たい」と言い出しました。ニューヨークはこわいからイヤだ、フランスはケンゾーさんがいるしっていうんで、「ロンドンにしよう」となったんです。

藤本 テニスのチャンピオンといい、ロンドンといい、簡単におっしゃいますね。

小篠 ミチコはいつも最初からトップを目指しています。お姉ちゃんたちとは違うもので勝負しようという負けん気もありますね。

ライバル意識が個性を生み出した

藤本 お母様から見て、3人はどんな違いがおありなんですか。

小篠 ヒロコは、私の父(祖父)にも愛され優雅に育ちました。小さいころから優等生で何をやらせても安心して見ていられました。女らしいエレガントな服をつくります。ジュンコは2歳のときに父親に死別。むかしっからケンカっ早くてやんちゃ者。人一倍個性も強く、顔も気性も体つきも私に一番似ているといわれています。デザインは斬新で「サイケの女王」ともてはやされたりもしました。やさしくて社交的なので誰からも好かれます。ミチコはおなかの中にいたときに父親を亡くし、顔も知りません。姉たちのお古ばかりを着せられて「セコハン娘」と呼ばれて育ちました。だから、そのへんにある安い素材でカジュアルでスポーティーなものをつくってしまう。個性のぶつかり合いですわ。

藤本 三者三様ですね。うちもそうですが、どうしてきょうだいで、こうも性格が違うのでしょう。それでいてきちんと個性を主張している。小篠綾子さんとの対談写真 その2

小篠 性格の違いは環境。つまり育ちの違いでしょう。きょうだいが、いい意味の「ライバル意識」を持って刺激し合っていけるというのは、モノをつくり出す上では最高の環境ですね。

藤本 ライバル意識?

小篠 やきもちもありますね。私が誰かの洋服を着て、テレビに出たりパーティーに出たりすると、もう大変。「なんで、あんなの着て出たの!?」って。だから私も気を遣って。こないだはヒロコのだったから、今日はジュンコのにしようかしらって。

藤本 お母さまがモデルをなさるんですね。

小篠 いいえ。娘たちのつくる服は値段も高くてもらうわけにはいかないから、買うてるんです。しかも、私にはサイズが合わないから、お金を払ったらその場ではさみで切って直しちゃう。それを見てまた「お母ちゃん、そんなんせんでくれ、せっかくのデザインがダメになる」って。だから気ぃ遣わんでええように、自分で自分に合う服をつくろうと。それが「アヤココシノ」ブランドの誕生です。

藤本 そのあたりのことをもう少し、教えていただけませんか。

「もうあかん」と思ったら、おしまい

小篠 きっかけは、たまたまロンドンのミチコの所にテキスタイルの見本があって「どっか売るとこないやろか」という話になったんです。それが本当に美しい花柄で、直感で「これはいい」と思いました。ライセンス契約をして日本に持ち帰り、早速サテンをつくってもらいました。材質といい柄といい、ため息が出るほど素晴らしかった。だけど「どうせミチコがこさえた生地は2人とも買わんやろ。そんなら私が自分の名前を入れてつくればいい」、そう思って全部を買ってしまったんです。さあ2人は大変。

藤本 「お母ちゃん、何やらかすの?」って?

小篠 そうそう。ただでさえ「もうええ歳やから、ゆっくりせえ。あとは好きなことして遊んでなさい」と言うてた娘たちですから。

藤本 反対にあったんですね。

小篠 まあ、反対してもやると思ってますからね。どんなものをつくったかというと「変型サイズ」です。上が9号だったら下が13号、11号だったら15号というように。たいがいは体形がくずれます。この道60年、女の人の体を計ってきたんだからそれはわかります。いくつになったら肉が落ちてきて、それがどこにどう付くか。

藤本 ええ。これは真剣な問題。笑い事じゃありませんね。

小篠 スリーサイズでいえば、80-61-85が、98-92-110になる。そんな服どこへ行ったらありますか? 腕回りのゆったりした着やすい服をやっぱり自分でつくってみようって。ジュンコに話したら「そんな欲かかんと」と言われ、ヒロコには「サテンは30代以下のもの。あんたみたいな年寄りには売れへん」と言われました。これで私は、俄然やる気が出てしまったんです。

藤本 それでどうなったんですか。

小篠 スカート、スーツ、パンタロン、ドレス、コートと一気につくって、「サテン見に来いへんか」とお客さんに声をかけました。そしたら、あっという間に売り切れてしまったんです。これにはヒロコ、ジュンコびっくり。

藤本 お母ちゃんの実力を見直したでしょう。

小篠 それからやかましいことは言わなくなった。だって、お客さんがどんなもん欲しいかは私が一番よくわかっています。気合いを入れてつくりますから製品に迫力がある。心と心がつながる作品ができるんです。

藤本 やっぱりそこですよね。相手の方に対する思いというか、勢いというか。

小篠 よく言われるんですよ。体全体からオーラが出てるって。みんな講演を聞くより、オーラを欲しがるんですよ。

藤本 ええ。こうしているとビンビン伝わってくるものがあります。

小篠 元気だけは超一流。それと「夢」。これだけは人には負けません。

藤本 私も全く同感。これまでたくさんのお母さんたちに「夢」を聞いてきました。夢を語るとみんないい顔になっちゃう。夢の効果は計り知れません。

小篠 みんなが夢を持って生きていければ、どれだけすごいことになるでしょう。夢を持っていれば、本当の力以上のものが出ます。

藤本 小篠さんのそのパワーの秘密は、夢にあるんですね。

小篠 人間、夢を忘れたらおしまいです。いつも言うてるんですが、老人たちはもっと元気でいなきゃ。「歳だから」というセリフ自体がいけませんね。「まだまだ若いんやから」と思うことが大切です。

藤本 「アヤココシノ」を立ち上げたのも、76歳のときと伺っていますが。

小篠 周りは歳を気にしますが、私は全然気にしていません。みんなが「もう76(歳)なんだから」と言いますが、私はむしろ「まだ76。遊んでなんかいられない。これからやんか」って。

藤本 やっぱりすごい。

小篠 皮膚も敏感だからハッスルするとつやつやになりますが、「もうあかん」と思ったらおしまい。途端に、シワが寄りますよ。

藤本 そうかも知れませんね。

子育ては我慢。見て見ぬふりが大切

小篠 私は、毎日が挑戦。「チャレンジこそ人生」やと思っています。小篠綾子さんとの対談写真 その1

藤本 目的や目標があるから人は輝いて、それを見て、人はまた元気になれる。

小篠 ある先生が教えてくれましたが、エネルギーは人にあげればあげるほど泉のごとく湧いてくる。出し惜しみをしたら古くなって、すえてくるんですって。それならどんどん人に会いましょう。皆さんが私の喜ぶ顔を見て、また元気になってくだされば幸せです。

藤本 本当にそう思います。

小篠 大阪人はよく「ギブアンドテイク」という言葉を使いますが、私は「ギブアンドギブン」やと思います。商売もそう。子育てもそうです。

藤本 子どもに期待して見返りを求めてしまう親も多いですね。

小篠 それは親のエゴでしょ。「勉強せえ、勉強せえ」言うのは、子どものためやない。自分のためです。

藤本 子育てという言葉が出ましたが、小篠家の子育て論を教えていただけますか。

小篠 ホンマに何もせえへん母親でした。子どもは放っといたらええんと違う? かまい過ぎるから変になるんです。私はどこの学校行ってほしいと言ったこともない。「行くとこ行ったらええ。なるよーになるのが、ええ運命や」と思ってます。子どもはええ運命を持って生まれてくる。運命を変えてしまってはもったいない。

藤本 親はわかっていながらつい、口を出してしまう。私もそうです。反省…。

小篠 子どもは野放図が一番。勝手に力を付けて、自分の道を見つけてきます。今までも、子どもに「あかん」と言ったことはありません。

藤本 危なっかし過ぎて、見ていられないことはありませんでしたか?

小篠 それでも、見て見ぬふり。ヒロコの最初の結婚のときも男前過ぎて「こりゃあかんな」と思いましたけど、何も言わへんかった。そしたら案の定、3人も彼女をつくって…。そのときも心を鬼にして「自分で選んだんやから苦労して責任とれ」と言ったんです。

藤本 口出しをしないことほど、難しいことはありませんね。

小篠 我慢せな。それが本当の愛情やと思います。子どもに愛情のない親なんていません。心配だから口を出すでは、子どもはいつまで経っても自立できません。「苦労は買ってでもせえ」言うて、最後に笑う女になったらええんやから。自分の責任で結婚した以上、ダメなら自分でどうするかを考えるでしょう。もし本当に悩み苦しんでいたら、そのときこそ一緒に悩んでやればいいんです。

藤本 それは愛情と同時に「信頼」ですね。

小篠 親が子どもを信頼するからこそ、子どもも親を信頼するようになるのです。他人さんは親ほど大きな愛情を注いでくれません。本当の愛情が欠けているからこそ、親子の関係がおかしくなるのでしょう。だとすれば、親子間の問題も、親が子どもを信頼することから解決の糸口が生まれるものだと思います。

藤本 今の母親たちに、何かメッセージをいただけますか。

小篠 子どもに負けんように強いお母さんにならんと。間違うたこと言うたら、子どもは絶対ついて来ませんよ。大人であっても、正直な心が一番や。いつも堂々と。

藤本 誇りに思えるお母さんって素晴らしいですよね。

小篠 私も必死でやってきました。仕事も育児も生活も。そんな私の突っ走る後ろ姿を見て、娘たちは大きくなりました。

藤本 「私たちの人生のお手本はお母ちゃん」と言わせるその影響力は、半端じゃありませんね。

小篠 こういう性格ですから、何でもとことんです。仕事も家庭も、恋も遊びも。私は彼女たちの母親であると同時に、ひとりの女であり、人間でもありました。ですから、娘たちとはよくも悪くもひたむきに真剣に戦ってきました。親子で戦うだなんてたいそうなと思われるでしょうが、母親にとって、子どもを育てることは戦い以外の何物でもありません。男の人が会社を戦場と呼ぶのと同じです。

藤本 それは愛情と同時に「信頼」ですね。

小篠 親が子どもを信頼するからこそ、子どもも親を信頼するようになるのです。他人さんは親ほど大きな愛情を注いでくれません。本当の愛情が欠けているからこそ、親子の関係がおかしくなるのでしょう。だとすれば、親子間の問題も、親が子どもを信頼することから解決の糸口が生まれるものだと思います。

藤本 今の母親たちに、何かメッセージをいただけますか。

小篠 子どもに負けんように強いお母さんにならんと。間違うたこと言うたら、子どもは絶対ついて来ませんよ。大人であっても、正直な心が一番や。いつも堂々と。

藤本 誇りに思えるお母さんって素晴らしいですよね。

小篠 私も必死でやってきました。仕事も育児も生活も。そんな私の突っ走る後ろ姿を見て、娘たちは大きくなりました。

藤本 「私たちの人生のお手本はお母ちゃん」と言わせるその影響力は、半端じゃありませんね。

小篠 こういう性格ですから、何でもとことんです。仕事も家庭も、恋も遊びも。私は彼女たちの母親であると同時に、ひとりの女であり、人間でもありました。ですから、娘たちとはよくも悪くもひたむきに真剣に戦ってきました。親子で戦うだなんてたいそうなと思われるでしょうが、母親にとって、子どもを育てることは戦い以外の何物でもありません。男の人が会社を戦場と呼ぶのと同じです。

藤本 社会の中では、それが、なかなか理解されませんね。

小篠 女が男のように堂々と生きていくのは今もむかしも大変です。でも私は、父の教えを信じて洋装の道一筋に生きてきた。泣き言をいったこともありません。むしろ苦しいときほど、なおさら自分に喝を入れ、自信を持って生きる姿を、子どもたちに見せてきたつもりです。

藤本 私は、それこそ本当の「子育て」だと思うんです。娘さんたちは、女が自立することが当たり前の環境の中で育ってきたからこそ、今のご活躍があるんでしょうね。

小篠 去年の6月15日に88歳の誕生日を迎え、東京ではジュンコが、大阪ではヒロコが米寿を祝うパーティーを開いてくれました。たくさんの方が集まってくださり、そこでは初めて娘たちが「母の生き方が自分たちに生きる力と勇気を与えてくれた」と、私を讃えてくれたのです。こんなに幸せなことはありません。自分に正直に生きてきてよかったと、心から思いました。

藤本 最高にうれしいメッセージですね。

小篠 私は母親失格です。大した子育てもしていないのに、いつの間にか大きくなりました。この子たちこそが、私の生きてきた証。私の生きた財産だと思いました。

藤本 体を張って見せてきた「母親の生きる姿」があったからでしょうね。

小篠 いいえ。私が子どもを育てたのではなく、私が子どもたちに育てられたんですよ。

おしゃれは人のため、そして心の励み

藤本 仕事も、子育てもこうして成功を収められた小篠さんですが、振り返って思うこと、そしてこれからの人生で目指していらっしゃる夢があれば教えてください。

小篠 今日まで、絶対に後ろを振り返らずに前向きに生きてきました。それから、人との出会いを大切にしてきました。だから、おしゃれもします。だって、しわくちゃ顔を表に出したら相手が気の毒でしょ。おしゃれは、人に見せるためであり、自分の心の励みにもなります。そして、いくつになっても自分の人生を精一杯楽しみましょうよ。

藤本 毎日どんな風にお過ごしなんですか。

小篠 あちこちからお声かけをいただいて、元 気に飛び回っています。とくに全国、長崎から新潟まで11か所、約300人でつくる「ザ・Uの会」というのがありますが、これが「好奇心のかたまりの会」。「U」の意味は友人、優雅、YOU、ユニオン…。各分野の専門家が集まって一緒に学びます。これから小篠綾子さんとの対談写真 その4もいろんなことに興味を持って勉強していきたいですね。この企画に、私は自分の夢を賭けています。

藤本 素敵なお仲間がたくさんで何よりです。これではとても休んでいるヒマはありませんね。失礼ですが、このお歳で小篠さんのようにこんなにお忙しく輝いていらっしゃる方は日本じゅう探してもいらっしゃらないでしょう。

小篠 仕事も遊びもやらせていただけるだけ幸せです。周りの皆さんに感謝して、人生、まだまだ楽しませてもらいましょう。

藤本 小篠さんに刺激されて、たくさんの方が元気になるでしょう。これからもますますご活躍ください。今日はありがとうございました。

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