スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

詩人 新川和江さん 詩人 新川和江
しんかわかずえ●1929年茨城県結城市生まれ。西条八十に師事。生や愛の本質を柔らかな言葉で謳いあげ、戦後詩に力強い女性詩の水脈をつくる。土、火、水に寄せる3つのオード集ほか詩集・編詩集・少年少女詩集・エッセイ集等多数。室生犀星賞・現代詩人新川和江さん書籍賞・日本童謡賞等を受賞。83年吉原幸子と「現代詩ラ・メール」を創刊。産経新聞「朝の詩」選者。日本現代詩人会会員。

右から「お母さんのきもち」(詩・新川和江/小学館)、「人体詩抄」(詩・新川和江、画・甲斐清子/玲風書房)、「わたしを束ねないで」(詩・新川和江/童話屋)

お母さんたちが素直に綴った日記は詩、そのものです

藤本 何十年も詩を書いていらっしゃいますが、この世界に入ったきっかけは何だったのですか。

新川 詩人になろうと思ったことはないの。ただ好きで書いていたら、いつの間にか大人になっておばあさんになったというだけなんです。言葉に興味を持ったのは、お正月の「かるたとり」。読み手の母は、いつもと違う気取った声で読みました。4つか5つの頃傍で聴いていて、詩の中には、近所の大人たちも話さないような、心地よく響くリズムの言葉があるんだなって。茨城出身なので、普段は少々乱暴な言葉遣い。その母が、美しく響くような声で読む百人一首は特別なものでした。もし私が京都の出身だったら、その響きに何も感じることなく、もともと好きだった、洋服や帽子づくりの道に進んでいたかもしれないわ。

藤本 心地よかったのは、お母さんの声だからでしょうね。

新川 ええ。最近は、熱心に読み聞かせをするお母さんが増えたようですね。どんな本でもいいの。大切なのはお母さんの声。子どもはお腹の中にいるときからお母さんの声をずっと聞いているでしょ。生後24時間の赤ちゃんに同じ童話を読み聞かせると、ちゃんと反応するのですって。これはフランスで実証済みのお話。 お母さんの声と母国語には、そんな不思議な力があるのですね。

藤本 私もお恥ずかしいのですが、50歳を過ぎて気づきました。子どもとお母さんのつながりは宇宙レベル。奇跡のような命の誕生。そして人間を育てるということは、何にもまさる大事業。母親って、本当にスゴイと思うんです。

新川 私自身、子どもを身ごもってから出産までの10か月、驚きと感動に満ちた時間を過ごしました。さらに生まれてから6、7歳の子育て期のことをモチーフにたくさんの詩を書きましたが、女性は自然そのものであり、母はあらゆるものを生み出す大地であることを、自らの体験とともに少しずつ認識していったのです。

母とはあらゆるものを生み出す大地であることを妊娠・出産を通して心と体で感じました

藤本 お母さんの声といえば、先生の詩には、子守歌をうたった詩がいくつかありますね。ここ

新川 「歌」というタイトルで3本の作品があります。「はじめての子を持ったとき」で始まる詩と、もう一つ中原中也さんの詩を引用して書いた詩も、「やさしい母の声」をうたったもの。後者は、残念ながら生まれなかった子どもたちへの詩で、わが子だけでなく、すべての命へ捧ぐ詩です。

藤本 「わたしが生んだ!」と叫ぶ、「赤ちゃんに寄す」という詩は、たくさんのお母さんに支持されていますね。

新川 実はあれ、萬屋錦之介さんと淡路恵子さんのお子さんが誕生したときに、某雑誌社からグラビア頁を飾る写真に礼賛の詩をつけてほしいと依頼されて、つくったものなんです。

藤本 てっきり息子さんをうたったものかと…。

新川 当時5歳の息子は、ビニール風呂敷をマントに月光仮面気取りで高い所から飛び下りたり家じゅうをかけ回ったりで、いい加減辟易していたところだったので、若く美しいお母さんの腕の中に、ちんまり納まっている花のような赤ちゃんに、たちまち魅了されました。確かに息子にもそんな時期があり、一日じゅう飽きずに見とれていたこともありました。その体験をもとにすらすら書けたのですが、自身の詩として読まれると…。

藤本 そうですか。それぞれ作品の背景をたどるのもまた詩の楽しみで、それは、新川和江という女性の生き方を学ぶことでもあるのでしょうね。私はそこに強く魅かれます。

新川 与謝野晶子さんのように13人も子どもを産んでいたらまた違ったかもしれないけれど、私は1人しか産んでいないでしょ。女性としても、大した生き方なんてしていないのよ。それに戦争が終わってガラッと価値観が変わり、女性も男性と肩を並べて自立を!という時代でした。自分で収入を得て賄っていくのは当然。専業主婦など考えたこともありませんでした。母が読んでいた婦人雑誌に、ドイツの女性は自分の身の丈に合った贅沢しかしないとあり、とても刺激を受けました。

藤本 経済的、精神的にも自立を目指されていたからこそ、今の先生があるのでしょう。詩だけではなく、児童文学や随筆、放送などを手がけ、仕事と家庭の両立も大変だったと思いますが、いかがですか。

新川 子どもを犠牲にした部分もありました。「息子よ、自立した母でよかったと思うときがいつかくる」と心に言い聞かせながらやっていました。

藤本 多くの女性詩人に道を拓いた季刊詩誌「現代詩ラ・メール」の功績など偉大すぎて足元にも及びませんが、私も少々の子育てを犠牲にしてきたという点では同じ。使命というにはおこがましいのですが、私にできることが目の前にあって、それがお母さんたちの笑顔につながるなら…そう思ってやってきました。

新川 家というものが女にのしかかっていた時代。女性詩人たちに、自由に書く場を提供することを目的に創刊した「ラ・メール」。書かされていた私が「書かせる側」に回る編集という仕事はとても楽しかった。10年で40冊をつくり、女性でもコトを起こせるんだという気運をつくることができたところで、やめました。

女性は、一人ひとりが海を抱え持つ存在

藤本 使命を全うしてきっぱりやめる。その潔さも素敵ですが、命名の理由を知って、うれしくなりまし新川和江さんとの対談写真 その3た。

新川 女性の詩誌として、真っ先に浮かんだのが「海」という名前。羊水が海水と同じ成分であるとすれば、女性たちは、一人ひとりが内部に海を抱え持つ存在で、それよりふさわしい誌名はない。でもすでに「海」という雑誌が世に出ていたので、フランス語の「ラ・メール」としました。

藤本 私説ですが、「海」という字はさんずいに「母」。海の水は、子育ての日々で流すうれし涙、悲し涙…たくさんの母親たちの涙でできている。ですから私にとっても「海」は、「母」そのものなんです。

新川 そうね。子育ては喜びもあるけれど、それ以上に悩みや苦しみもある。それらを乗り越えるには、お母さん自身が強く、大きくならないと。

藤本 ええ。それを伝えたくて、20年も新聞をつくっています。

新川 大変な仕事ですね。私もそうでしたが、夢中でやる時期も必要です。「お母さん=生きる」という壮大なテーマ、命の創造は終わることがないのよね。新聞も詩も同じ。思いを文字で表現するのは本当に難しいの。つい先日のこと。電車の中で、幼い男の子にじいっと見つめられました。私は今までの人生で、こんなにもきれいな目で見つめられたことがなかったなって。家に帰って思い出し、ドキドキしてしまいました。子どもの瞳って、なんであんなに透き通っているんでしょう。子どもって神様みたいな存在でしょ。そんなことを詩にしたいなって思いながら、なかなか書けなくて。

藤本 短い文章で表現する分、詩は言葉の選び方が難しいのでしょう。「お母さん業界新聞」では、お母さんたちにペンを持つことをすすめています。お母さんは、子どもとの毎日にさまざまな気づきや感動がある。とるに足らないような出来事も、みなキラキラと輝いている。子育ては大変だけれどあっという間。今、目の前にいる子どもの言葉、表情、子どもを通して感じる自然などを大切に書き留めてほしいと。素直に綴ったそれは、まるで詩のようです。

新川 産経新聞の「朝の詩」の選者を30年務めていますが、今、ブームが起きています。投稿者だった99歳の柴田トヨさんが書いた「くじけないで」(飛鳥新社)という詩集がベストセラーに。それは、彼女の生き方、キャラクターが素晴らしいのと同時に、奇をてらわない詩。つまり、暮らしの中から生まれる素直な表現が共感を得ているんです。きっとお母さんたちの書く日記や詩にも、同じことがいえるのでしょう。素晴らしいですね。

藤本 今は新聞も小説もケータイで読む時代。それでは、インクの匂いや感触、行間の思いは伝わりません。だからこそ、私は新聞にこだわっています。この新聞には日本中のお母さんの心が入っているので、お母さんたちが大事に配ってくれているのです。

新川 いまどきのお母さんはとても忙しい。「お母さんも妻もやって、女性として、人間としても生きましょう」といったら、男性よりも2倍も3倍もがんばらなければなりません。便利なものやサービスも必要だけれど、大事なものは見失わずにいてほしい。楽な生き方を選択する人が増えているし、街へ出れば、目に余る母子の光景に出くわすことも多いけれど、女性としてのやさしさや強さ、人間力をつけるには、常に「自分」を意識して鍛えていきませんと。

藤本 女性は妊娠・出産・子育てを通して、自分を成長させることができるのに、多くが「受け身」の人生。感じること、心を育てることを忘れてしまっています。

新川 戦争のない平和な時代のお母さんは、子どもを命がけで守る必要もないし、自分で考えなくても教えてくれる人はたくさんいる。そういう意味では「お母さん力」が落ちているんでしょうね。

藤本 児童虐待事件もしかり。世の中がおかしくなっています。国の子育て支援はますます母親たちを弱くしています。

新川 本来、女は強いのよ。リタイアした男たちは、地上30センチくらい足が浮き上がっている感じがします。でも老婦人たちは、どっしりと地に足をつけて生きている。地球上で最後まで生き残るのは女性だと、私は確信しているの。構造が大地と同じですから。

藤本 根っこをはって生きるということ。今は生活や自己実現のために働く女性が増えていますが、「寄りかからない人生」という価値観は大切ですね。

新川 産経新聞のお仕事も、続く限りはやらせていただくでしょう。この先、どれだけ詩が書けるかわかりませんが、ギリギリまで仕事をして、人生を全うできたら幸いですね。新川和江さんとの対談写真 その3

藤本 私はまだまだ修行の身なので、先生のように大きなお母さんになれるまで、もう少し汗をかきながらがんばりたいと思います。最後に、お母さんたちへのメッセージをいただけますか。

新川 先ほどから自立について話しましたが、人生は長いのです。ゆっくりと、根強く自分を育ててゆくことですね。これは私の反省でもありますが、子どもはいつか離れていく。焦らずイライラせずに、おっぱいも抱っこもできるときに十分にしてあげてほしい。仕事をする、しないではなく、子どもが小さいうちはできるだけ傍にいて、肌で抱きしめてあげてほしい。そして、やがて何か始めることの準備をしておくこと。どんな世界でも、10年本気でやれば専門家になれます。40歳からのスタートでも決して遅くはありません。慌てずに、自分の夢を実現していってほしいですね。

対談を終えて

待合せは銀座四丁目の和光前。スクランブル交差点を渡るお姿を一目見て新川和江さんとわかった。太陽が照りつける午後だったが、それよりなお輝いていた。

対談では質問の一つひとつにとても丁寧に、しかもやさしくユーモアを交えつつ、また時に大胆に応えてくださり、あっという間の3時間だった。それらはみなやってきたことだから、どの言葉もずんずん響く。

「私は、チューブ詩人といわれてるの。溢れるように言葉が出ることなんて滅多にないの。机に向かって絞り出すのよ」。

電車で子どもに見つめられドキドキしたと語る新川さんは、童女のよう。それでも、詩にすることはたやすいことではないと。偉大な詩人はかくあるべきか、と感心する。

指先に桜色のマニュキュア。お天気と相談して選んできてくださったという帽子もお似合いで、その心配りもうれしかった。

日比谷公園の一画、緑に囲まれた松本楼でのひととき。つくづく言葉は人の生き方でもあると実感。新聞をつくる私にとっては、至福の時間であったと同時に、多くの学びと課題をいただいた。

感性を磨き、言葉を学ぶ。何より人間力を高めることで、詩心も得られるのだろう。蛇口をひねり、流れ出る水を見ても感動し、自然に詩が浮かぶ、そんな自分にいつかなれたら。  

(藤本裕子)

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