スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

世界の舞台から未来への挑戦  ソウル五輪競泳金メダリスト 鈴木大地

1988年、ソウルオリンピックで金メダル(100M背泳)に輝き、日本の水泳を一気にメジャースポーツに引き上げた鈴木大地さん。現在は、順天堂大学准教授(医学博士)として後進の指導・育成にあたるとともに、健康増進をテーマにした水泳・水中運動の研究者として活躍。五輪から今、そして未来について語った。

 

ソウル五輪競泳金メダリスト・医学博士 鈴木大地
すずき だいち●1967年千葉県出身。小学2年生で水泳を始め、高校進学後、個人メドレーから背泳に転向。1984年ロサンゼルス五輪に出場。1988年ソウル五輪ではバサロ泳法を駆使し、100M背泳で金メダルを獲得。現在は順天堂大学准教授としてスポーツ医科学の研究に取り組む傍ら水泳部監督として後進を指導。ニュース・スポーツ番組に出演、講演、執筆など幅広い分野で活躍。日本オリンピック委員会アスリート委員会委員、日本水泳連盟競泳委員会委員、世界オリンピアン協会(WOA)理事、日本オリンピアンズ協会(OAJ)理事など要職を兼務。「スイミングQ&A教室(背泳ぎ編)」(ベースボール・マガジン社)、「スイミング入門 ─トップスイマーが理想の泳ぎを完全ガイド」(大泉書店)、「アクアエクササイズのすすめ」(ベースボール・マガジン社)など著書多数。

http://www.daichi55.com/profile/index.html

世界の舞台から未来への挑戦

藤本 ソウルオリンピックでは、本命といわれていた米国のデビッド・バーコフ選手を破り、見事、金メ鈴木大地との対談写真 その1ダルを獲得。鈴木大地さんの名が世界に響きわたりました。あれからもう20年も経つんですね。

鈴木 昨年の北京オリンピックでは日本水泳陣も大活躍。大変うれしいことです。

藤本 改めて鈴木さんにとって、「オリンピック」とはどんなものですか。

鈴木 最初のロサンゼルスは、出るだけのオリンピック。4年後のソウルは金メダルを獲ったオリンピック。そして3度目は出場できなかったオリンピック。全く異なる3度の経験を通してさまざまな感情を味わい、人間として成長させていただいたと思います。

藤本 ロサンゼルス五輪当時のニッポン水泳界は、実は、あまり期待されていなかったそうですね。

イメージ通りだったソウル五輪

鈴木 確かに世界の頂点を目指すには、17歳は若すぎたかもしれません。でも当時、アジア人初の57秒台というベスト記録が出せた私としては、緊張も感動も含め世界の舞台を味わうことができました。おかげですぐに次のオリンピックではメダル獲得をイメージすることができたのです。

藤本 それにしても4年という時間は、長いですね。けがに見舞われた時期もあったとお聞きしていますが。

鈴木 腰痛で寝たきりになったときは、本気であきらめようかと思いました。でも、ふと出会った一冊の本をきっかけに、一流を目指す多くの選手に、けがはつきものだということを知りました。大事なのは、そのときどう対処し、どう乗り越えられるかだと。自分の限界を知る機会にもなったわけで、今思えば、そのときの自分にとって必要な経験だったのでしょう。

藤本 金メダルを獲った瞬間の気持ちはどんなものなのですか。

科学的な研究・分析によって
水泳の領域を広げたい

鈴木 正直、驚きでした。ゲームの運びからゴールの瞬間、最後に逆転して勝つというストーリーまで、全くイメージ通りの展開だったことにです。つくづく、今考えていることが、未来の自分をつくるのだと実感しましたね。

藤本 

金メダルでなければダメだったんですね。

鈴木 当時はマイナーだった水泳という競技。金メダルを獲って初めて、世間に注目されるだろうと。コーチのおかげでもありますが、最初から狙っていたのは金でしたね。

藤本 

鈴木陽二コーチとの二人三脚の賜物ですね。

鈴木 その通りです。オリンピックは戦略も大事ですが、やはり日々の積み重ねが一番。当時つけていた日誌には、練習内容やその日の「がんばり度数」、反省やイメージトレーニングのことなどが書かれていますが、トイレに座っては、世界ランキング表を見ていましたね。

藤本 

4年間も選手のモチベーションを維持し、育てていくコーチも大変でしょうね。

鈴木 今だからこそわかりますが、人にものを教えるには、指導者も同じように勉強や努力をしなければなりません。高校生・大学生といえば、子どもですよ。その子どもと大人が同じ目標、志を持って時を過ごしてきたわけですから、コーチにしてみれば本当に大変だったろうなぁと。相当な情熱がなければ、選手を育てるなんてできません。

藤本 

素晴らしいコーチとの出会いもそうですが、もともと才能もあったのでしょう。しかも、水泳に適した体格や資質…。

鈴木 人間はそれぞれ光るものを持っているのだと思います。私の場合、小学2年生で始めた水泳ですが、何か習い事をやろうというときに消去法で残ったのが水泳でした。それが自分の個性に合っていたのか、たまたま人より、その選別がうまくいったのです。

藤本 選手時代は体毛がなく、手には水かきができていたというのは本当の話ですか。 鈴木大地との対談写真 その2

鈴木 人間がすごいのは、環境に応じた身体に順応することができるということ。60兆もの細胞が私に協力してくれたとしか思えません。もちろん自分ひとりで成功できるものではありません。水泳の機会を与えてくれた親や、その才能を磨き、伸ばしてくれた指導者、応援してくれた方々がいて、今の私がある。皆さんには心から感謝しています。

藤本 現在は、どのような生活を送っていらっしゃるのですか。

鈴木 順天堂大学に勤務し、スポーツトレーニング論やコーチ論などの教鞭をとると同時に、水泳部監督として競技選手を育てています。また、スポーツ医科学の研究にも取り組み、週に4〜5日は大学通いです

藤本 研究は、どのようなものなのですか。また現役引退後、なぜそのような分野に進まれたのでしょう。

鈴木 競技者としてずっとやってきて、水泳の奥深さや幅広さは誰よりわかっているつもりです。その私が、一般愛好者に向けては水泳の楽しさを、また生涯スポーツとしてキングオブスポーツともいえる水泳の魅力を、広く人々に説得していきたいと思ったのです。

藤本 健康のために水泳を続けていらっしゃるシニアの方も多いですね。

鈴木 水中運動はそのままリハビリテーションになります。リコンディショニングといって、スポーツ選手がコンディションを回復するために応用する例も多く、その効果は歴然としています。10年前、日本オリンピック委員会の派遣でハーバード大学水泳部ゲストコーチとしてアメリカに渡ったときのことです。そこで出会った整形外科医が『アクアエクササイズのすすめ』という本を書いたのですが、日本でも訳書を出してほしいということになったのです。

藤本 ご著書には、水の力と環境を利用したリハビリ、健康維持、競争力強化エクササイズなどがわかりやすく紹介されていますね。

鈴木 それまで水泳を競技スポーツとしてとらえていただけの私にとっては、まさに扉が開かれた感じでした。2003年に世界オリンピアン協会の理事を引き受けたのを機に一念発起し、博士号を取得。「水泳・水中運動と健康の関わり」について、本格的に研究するようになりました。

藤本 どのような研究ですか。

鈴木 医学部の先生と共同で行うのですが、水中運動を継続してやっている人とやっていない人をさまざまに比較。水泳をやっている人は前向きな人が多いとか、水中運動をすることによって心も元気になっていくなどのデータが集まりつつあります。また、糖尿病患者と水泳の効用についても調査、研究中です。

藤本 水に入ると気持ちがいい、浮力で身体がラクに動かせるというのは、実感できるところです。

鈴木 普段はほとんど寝たきりのような高齢者や障害者が、水中では不自由を感じずに動けることで、希望を持てたらいいなと思います。

藤本 最近はプールや入浴施設などにも健康コーナーがあり、水中歩行や体操などのプログラムを取り入れているところも多いですね。

鈴木 最近になってようやく、国も健康増進としての水中運動に注目しています。ヨーロッパなどでは、ずっと前からタラソテラピー(海洋療法)が自然に生活に溶け込み、朝シャン代わりに海水を浴びる人も多いそうですよ。海水に含まれるミネラルを身体に取り入れることで、細胞のバランスを整え、細胞の働きを活発にするといわれています。

親になって初めて気づいたこと

藤本 ご専門の鈴木さんに失礼ですが、ご自身の健康法について、水泳以外にやっていること、心が鈴木大地との対談写真 その3けていることなどがあれば教えてください。

鈴木 暴飲暴食は控えています。選手時代は運動量も多かったので、お肉もよく食べましたが、今はできるだけ減らして、カロリーはおさえめにしています。水泳指導はプールで行いますが、サーフィンをするので海にもよく行きます。海水に入ると疲れますが、自然のエネルギーをもらいますので、結果的には元気になります。そのほか森林浴なども心がけています。

藤本 お忙しい毎日と伺っていますが、時間はあるのですか。

鈴木 あえて時間はつくるようにしています。忙しいときはなおさら、身体が自然エネルギーを求めてきます。4歳になる息子と一緒に自転車で近所の公園にも行くんです。公園の木の下を歩くだけでも違いますよ。

藤本 お子さんには水泳は?

鈴木 今のところやさしく教えています(笑)。

藤本 選手になってほしいですか。

鈴木 なってくれたらうれしいですけれど、実際になろうとして簡単になれるものではありません。往年の名選手たちも、意外にお子さんにはやらせていないようですよ。

藤本 どれだけ練習を積んでも、結果を出さなければいけません。考えたら、本当に厳しい世界ですね。

鈴木 どのスポーツも、成功者は、一握りの人間に過ぎません。ですから欲をかかず、何でもいいからスポーツさえしてくれればと。

藤本 もし息子さんがオリンピックに出ることになったら?

鈴木 絶対、泣きますね。メダルを取れたりしたら、もう死んでもいいって思うでしょう。自分がメダルを取るよりきっとうれしいと思います。

藤本 そういう意味では、ものすごく親孝行をされたんですね。

鈴木 ハハハ。そうかもしれません。

藤本 お父さんになって、何か変わりましたか。

鈴木 子どもはかわいいですね。子どもができてから、生き方も考え方もいろいろな意味で変わりました。日本では仕事優先になりがちですが、海外では家庭を大切にするのが当たり前。仕事に手は抜けませんが、どうやって家族との時間をつくるかが、常に課題です。それに教育や少子化についても考えるようになりました。

藤本 今の子どもたちが将来の日本を、未来をつくっていくのですから、何より大切な問題ですね。

鈴木 学生たちと接していても思います。自分の持てる力を最大限に生かす楽しさを伝えたいのですが、これがなかなか難しい。情操教育の大切さをつくづく感じます。そういう意味でも、身体と心で学ぶことができるスポーツは最高だと思います。

藤本 オリンピックやスポーツ、教育関連のボランティアや嘱託委員などを兼務されているそうですが…。

鈴木 数にして40近くにもなり、何が本業かわからないほど忙しいのですが、ジャンルを超えていろんな人と知り合えるのが楽しいですね。

藤本 目の前のさまざまなことに挑戦することが、これからの自分を見つけることにもなるのでしょうね。

鈴木 将来のことはわかりませんが、当面はこの世界でがんばることになるでしょう。自分もマイケル鈴木大地との対談写真 その4・フェルプス(米国)のような最強・最速のスイマーを育成したいし、一方では、一人でも多くの人に水泳や水中運動の楽しさを知ってもらえたら。そのためにも、水泳関連の研究をきわめていきたいと思います。

藤本 最後に告白しますが、実は私、カナヅチなんです。早速、鈴木さんのご著書『日本人の誰もが泳げるようになる本』(中経出版)で、一から学ばせてもらおうと思います。今日はとても楽しく、また貴重なお話をありがとうございました。

対談を終えて

水泳選手に大切なものはと尋ねると、「才能」と「努力」。そして意外にも「好奇心」という言葉が返ってきた。水泳選手が水泳だけを学んでいてもダメ。日頃からいろんなことに興味を持って、学び、心を豊かにすることが大事だと。スポーツ(ゴルフ、テニス、サーフィン)、音楽鑑賞(ジャズ、クラシック)、楽器演奏(サックス、尺八)、陶芸、読書…と幅広い趣味を持つ鈴木さんならではのコメント。「人との出会い」を財産と呼び、多忙な日々の中、たくさんの社会貢献活動を積極的にこなす姿にも頭が下がる。

さらに印象的だったのは、この発言。「20世紀は石油をめぐる争い。そして今世紀は『水』をめぐる争いが起こるといわれています。北京オリンピックを見ていて思いましたが、自分も金メダルを獲って世界一といわれた男。しかし世界を見渡せば、飲み水にも苦労し、水泳どころではない国もある。そんな中で、果たして自分は世界一といえるのだろうか。まさに今、人種問題、環境問題を含め世界の水問題を考える時でもあるだろう。少なからず水の世界にご縁をいただいている人間として、水資源の活用に関し、何か役立つことができればと思う」。

4年前に親になって初めて気づくこと、考えることが多くなったと鈴木さん。子どもたちの未来を考えるその目は真剣だ。日本にとどまらず、世界を舞台に活躍。水泳界を牽引し続ける鈴木さん。博士号を持つ五輪メダリストとして、本音で生きるひとりの人間として、さらなる活躍を期待したい。

(藤本裕子)

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