スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

家族で紡ぎだす幸せのメロディー 歌手 ダ・カーポ

「結婚するって本当ですか」「よこはま詩集」でおなじみ、フォークデュオのダ・カーポ(榊原政敏さん、広子さん)。デビュー以来、その美しくやさしい歌声と旋律で、さまざまなシーンで活躍してきた2人。昨年、結成35周年を機に、愛娘でありフルーティストでもある麻理子さんが加わり、新生ダ・カーポが誕生。心が荒んでしまうこんな時代だからこそ、やさしくあたたかい歌声が心に響く。聴く人の心を癒し、元気をくれる音楽の秘密に迫った。

 

歌手 ダ・カーポダ・カーポ 本 歩けるって幸せ
  1973年「夏の日の忘れもの」でデビュー以来、「結婚するって本当ですか」「宗谷岬」「よこはま詩集」など数々のヒット曲を生む。童謡、抒情歌、フォークソング、アコースティックなど幅広いレパートリーを持つ。1996年には広子の変形性股関節症治療のため活動を休止するが、復帰後に闘病記「歩けるって幸せ!」(講談社)を出版。35周年を迎えた昨年、文化庁選定「日本の歌100選」からダ・カーポレパートリーを収録した「日本の歌ベスト30」をリリース。愛娘でフルーティストの榊原麻理子を正式メンバーに迎え、3人のハーモニーという新しいスタイルで世界の名曲をレコーディングした「home〜世界の名歌集」を発表。ヨコハマ遊大賞、横浜文化賞奨励賞受賞。http://business1.plala.or.jp/dacapo/

娘といえども、夫婦の間に
割って入るのは大変でした

藤本 最近のご活躍をテレビで拝見し、今日は楽しみにしていました。まずは麻理子さんに質問ですダ・カーポとの対談写真 その1。正直にお答えください。「ダ・カーポに入ってあげた」のか、「入れていただいた」のか、どちらですか。

麻里子 フフフ。両方ですね。10歳からフルートを始め、中学生の頃からステージに上がっていました。音大で本格的にやるようになってからは、サポートメンバーに入っていたので、35周年をきっかけに正式なメンバーになりましたが、悩むことも、抵抗することもなかったですね。

政敏 小さい頃からずっと一緒に音楽をやってきていたので、ごく自然な流れだったんだと思います。

麻里子 でも、いざ入ってみたら、35年のキャリアに圧倒されました。娘でも、2人の間に入れないんですよ。間合いというか、空気というか。

藤本 予想外のことでしたでしょう。

麻里子 テレビやラジオでは、「せーの」もなしに声をピッタリ合わせて「こんにちは! ダ・カーポです」という2人の呼吸についていけず、慌てて「こんにちは〜!」と付け加えるような感じで。思った以上に、35年の壁は厚かったですね。

藤本 わかるような気がします。話に入るタイミングも難しいですよね。今日は麻理子さんの存在をバッチリ、クローズアップしますからね。ではお父様の政敏さんに伺います。麻理子さんの参加についていかがですか。

政敏 うれしいの一言ですね。うまくやれるかと毎回緊張もしますが、家族で音楽をやり、人様に聴いていただけるなんて最高です。

藤本 心底うれしいという気持ちが、見え見えです。男親は娘がかわいいといいますが、政敏さんはメロメロのお父様ですね。

広子 すぐ甘い顔をしてしまうので、「父親として、厳しくするところは、しっかりして。甘やかしたらダメよ」と言い続けてきました。

麻理子 ストレートな性格で、良いことは良い、いけないことはダメよとはっきり言う母。正直にいろいろ言ってくれるので、衝突し合うこともありません。父は良いところをほめて伸ばそうというタイプですね。

藤本 3人の性質が上手にかみ合っていて、とてもいいバランスですね。

夫婦で、家族で大病を克服
だからこそ伝えたい愛の歌

広子 傍から見たら平和な家族。波風立てずにやってきたように思われますが、人並みに苦労もありました。

藤本 そのあたりのことも、よかったら教えてください。

広子 麻理子が中学2年生のときに、私が「変形性股関節症」という足の病気にかかったのです。股関節が壊れ、しまいに歩けなくなってしまう進行性の病気です。幸い私の場合は初期に発見できたので手術で治りましたが、入院中は落ち込みました。

藤本 その間、麻理子さんはどうされたのですか。

政敏 「麻理子のことはよろしく」と妻に言われていましたから、責任ありますよね。約5か月間、麻理子と1日交替でお弁当をつくりました。栄養が偏らないよう、ちゃんと色が「5色」揃うように心がけました。

藤本 5色は覚えていますか。ダ・カーポとの対談写真 その2

政敏 白はごはん、赤はお肉、緑は野菜、黄色は卵、黒はノリ、ひじき、黒豆など。

藤本 お見事! きちんとやっていた証拠ですね。

政敏 家事の大変さもありますが、ずっと3人で過ごしてきましたから、麻理子と2人になるのがこわかった。最初はぎくしゃくして、テレビを見ながら食事をしたりしていましたよ。

麻理子 父とは、昔から相性が良かったので、2人でも会話が成り立つものと思っていたんです。だから、自分でもちょっと意外でした。

藤本 でもそれがあって今がある。見ていて本当に仲が良いのがわかります。ご著書の『歩けるって幸せ!』を拝読しましたが、広子さんにとっては、本当に辛い時期でしたね。

広子 苦痛だったのは、最初の1か月。ベッドの上で身動きひとつとれず、天井を見るだけの生活でした。

藤本 そんな経験からできた曲もあるそうですね。

広子 苦しみに押し潰されそうになり、落ち込む自分に綴ったのが、「いいことだけ考えよう」という詩です。

政敏 もともと前向きな人ですが、葛藤もあったのでしょう。当時の、3人の合言葉でもありました。その後、メロディーをつけて同名のタイトルで発表しました。

藤本 夢を見ることがすべてという歌詞には全く同感で、私も曲を聴いてすぐに気に入りました。

広子 入院し、今まで当たり前と思っていたことが、当たり前ではなかったことを知りました。寝たきりから車いす、松葉杖までの生活を経験し、懸命にリハビリに励みました。その中で同じ病気の方や重い障害を持った方々とふれあえたことが、私をどんなに強くしてくれたか。そして夫や家族の支えに、どれほど勇気づけられ救われたか。今さらながら感謝の気持ちでいっぱいです。

藤本 そんなお2人の出会いについて教えてください。

広子 父がスーパーマーケットのチェーン店や市場を経営していまして、私は跡継ぎとして、高校を卒業後、修業に出されたのです。横浜の大手スーパーへ配属されていたある日、ふと目に留まったのが「歌の仲間集まれ」というポスターだったのです。

政敏 フォークソングの好きな仲間が30人くらい、気の合った者同士グループを組んで活動していました。

藤本 初めて広子さんに会っていかがでしたか。

政敏 当時から広子の歌は特別。響きわたる声で、群を抜いていました。

藤本 35年を経て、今はどうですか。

政敏 あの頃の雰囲気のまま成熟した感じですね。歌がガラッと変わったのは、麻理子を産んでお母さんになったとき。キーンという尖がった声ではなく、ふくよかで、低い声も出るようになりました。

藤本 女性は、出産後が一番美しく、熟すときといいますからね。

広子 麻理子がいたから、叙情歌や童謡、子守唄など、聴かせるアルバムをつくろうと思ったのです。

麻理子 母が歌う子守唄はあまりに声と合っていて、悲しくてよく泣きました。ほかにも「お風呂の歌」「信号を渡る歌」「お墓参りの歌」など、父がつくり、母が歌ってくれたオリジナル曲がたくさんあります。

政敏 麻理子が言うこと、やることすべてが新鮮で楽しく、そんな日常の決まり事を歌にしていました。

藤本 素敵ですね。そんな歌があったら、子育て中のお母さんたちも聴きたいと思いますよ。

広子 麻理子のための曲だから、商業ベースでいじりたくないし…。

藤本 気持ちわかります。でもいつか、麻理子さんにお子さんができたら、歌い継いでいってほしいですね。そして、ダ・カーポといえば、やっぱり『結婚するって本当ですか』。実は、私の「青春の思い出の一曲」なんです。18歳のとき、昔好きだった人が結婚すると聞いてショックで。そのとき耳にしたのがこの曲! まさに私の心境を歌ったものでした。

1行のフレーズから始まった
「結婚するって本当ですか」

広子 高校時代の友人から届いた、結婚招待状がきっかけでした。突然の知らせに驚いて、「結婚すダ・カーポとの対談写真 その3るって本当ですか」と手紙を書いたんです。その後も妙にその1行が気になり…。

政敏 あるとき「これで曲をつくってほしい」と、「結婚するって本当ですか」と書いた紙を渡されたんです。正直、難しかったですね。完成した曲は、実話とは違いますが、幸せになってほしいという思いは一緒です。

広子 いろいろ注文をつけず、あのフレーズだけだったからよかったのかもしれません。

政敏 レコード会社には、タイトルもこれでとお願いしました。不思議にヒットの予感があったんですよね。

広子 最初は『雨あがりの朝』でいこうといわれましたが、最終的には『結婚するって本当ですか』は「斬新で面白い」となって。話し言葉がそのままタイトルになっているところ、詩の内容が誰にでも起こりそうな話というのも、皆さんに親近感を持っていただけた理由かもしれません。

藤本 舞台裏を聞くと、さらに感激です。こちらへおじゃまする前にもCDを聴かせていただきましたが、改めて「名曲だな」と思いました。

政敏 ありがとうございます。「ダ・カーポ」という名前もかたいので、横浜だから「シーガル」がいいんじゃないかといわれていたんです。

藤本 私は「ダ・カーポ」のほうが、やわらかくあたたかいイメージがします。すでにお2人のイメージがそうさせているのかもしれませんが。

広子 ダ・カーポとは「初めに戻る」という音楽用語ですが、30人の仲間の名前でもありました。私たちが代表でデュエットデビューしたので、いつでも初心を忘れず、みんなでがんばろうという思いでもありました。

藤本 それはお2人にとっても、お仲間たちにとっても、幸せなことですね。特に、麻理子さんが加わった新しいダ・カーポの誕生を喜んでくださっているのではないですか。

3人になった途端に
音楽に奥行きと幅が出ました

政敏 ええ。いつも応援してくれています。麻理子のおかげで音楽に幅が出ました。クラシック音楽のダ・カーポとの対談写真 その4影響を受け、ジャンルも広がりましたし、デュエットからトリオになったことも大きいですね。ハーモニーもメロディアスにつけることができます。2人がものすごくハモるんですよ。

藤本 お父さん、負けそうですね。

政敏 それが反対に、男性の声が目立ってしまうんですよね。ぼくは常に隠れた存在でいたかったのに…。

藤本 家でも仕事場でもずっと一緒に居て、けんかはしませんか。

広子 小さないさかいはあっても、舞台には絶対に引きずりません。

政敏 緞帳の向うに1000人の人が待っていると思うと、そんな場合ではありません。ステージが終わったら、たいてい仲良くなっています。

藤本 そんなダ・カーポファミリーだから、愛の歌、家族の絆の大切さを歌えるのでしょう。こんな時代だからこそ、3人が紡ぎだす美しいハーモニーを、一人でも多くの人に聴いてほしいですね。最後に、健康の秘訣を教えてください。

麻理子 フルートは肺活量が必要で、意外に体力勝負なんです。ステージに立つには風邪も禁物なので、口に入るものにはけっこう気を使っています。体にいいものを食べたいし、塩分をとり過ぎないために、ほとんど自分で料理をしています。

政敏 ウォーキングですね。夜中でも気分転換に、歩いています。

広子 術後は特に足腰を鍛える必要もあり、6年後にはヒマラヤ登山に挑戦しました。そのほかお茶に日本舞踊…。病気をきっかけに、やれないことを悔いたくないと、あれこれやり始めたんです。今は、長く健康に歌い続けるにはどうしたらいいか、健康を意識するようになりました。

政敏 友人たちの生活にも変化が出てきました。田舎で山荘暮らしを楽しむ人、ゆったり旅行三昧の人…。さあぼくたち2人、何しようかって。

広子 考えたら私たち、歌をやめたら何もないんですよね。ステージを見に来た方が喜んでくださるのを見て、「大変だけど、やっていてよかった」って。きっと、もうダメというときまで歌っているでしょうね。

藤本 笑顔の歌声の陰には、日々の積み重ねがあるのですね。これからも健康に留意し、多くの人の心に素敵な音楽を届けてください。今日は素顔の3人にお話を聞かせていただき、とても幸せな気持ちになりました。どうもありがとうございました。

対談を終えて

気になるのが、20曲は下らないという榊原ファミリーのオリジナル曲だ。散歩をしながら、ごはんの支度をしながらうたった歌は、まさに家族の宝物。そして麻理子さんの言葉、表情から、ご両親の愛情をどれほど豊かに受けて育ったかがわかる。だからこそ、結成35年を経た今も、ダ・カーポはダ・カーポ然として、愛され続けるのだろう。家族の大切さが見直されている今、麻理子さんを加えた3人のハーモニーは多くの人々の心に響くに違いない。

最後に、ダ・カーポとしてではなく、「ひとりの人間として」と尋ねた、3人の夢を紹介したい。アルバムのイラストも手がける政敏さんの夢は、気ままに旅をしながら、スケッチをして歩くこと。広子さんは、政敏さん亡きあと、出家して身も心も清め、世俗的なものから逃れて暮らすこと。麻理子さんの夢は、1年以内に彼氏を見つけることだって。若者らしい夢でうれしかったが、いつか孫を加えた3世代ファミリーのステージが実現するかもしれない。

「おい、おい、勝手にぼくを殺すなよ」と言う政敏さんに、「女のほうが長生きに決まってるでしょ」と広子さん。傍らには、麻理子さんのやさしい笑顔。どこまでも明るく爽やかな3人だった。

※12月5日(金)、青山劇場(東京都渋谷区)コンサート開催決定!

問合せ●ダ・カーポ音楽事務所 TEL045・820・1838

(藤本裕子)

バックナンバーの一覧へ戻る

ページのTOPにもどる
老若男女響学「お母さん大学」プロジェクトはこちら
お母さん大学メルマガ藤本でこぼこ通信 登録はこちらから
『百万母力』はこちらから
『百万母力』はこちらから
『百万母力』はこちらから
『百万母力』はこちらから
ブンナプロジェクトはこちらから
池川 明先生のDVD「胎内記憶」&本のご購入はこちらから
 
株式会社トランタンネットワーク新聞社 〒221-0055 神奈川県横浜市神奈川区大野町1-8-406