藤本 視力は大丈夫ですか。
熊田 耳もよく聞こえるし、眼鏡をかけることもありません。きっと神様が、もう先がないから、もっとよく見ろって言っているんでしょね。
藤本 ごほうびかもしれませんね。
熊田 見るのではなく、見つめて、見極めるということを、神様が教えてくださった。だから、この目を通して描いた絵は、神様へのレポートだと思っています。
藤本 描いた絵は、絶対に売らないそうですね。
熊田 お金儲けではありませんから、そんなことをしたら罰が当たる。毎日が発見で、楽しくてたまりません。
藤本 先生にとって、絵を描く意味って何でしょう。
熊田 命や自然の大切さを子どもたちに伝えたい。そしてお母さんたちにも知ってもらいたい。原画展に来た外国人は必ずこう言うんです。
藤本 実は正直言いますと、私は虫が苦手なほうで…。娘たちもしっかり親を見て育ち、虫が苦手になってしまっています。でも先生とお会いし虫の絵を見て、今までにない不思議な感じがするんです。孫には、ぜひこの感じ方を伝えたいと思います。
熊田 どの虫も懸命に生きています。その健気さ、かわいいもんですよ。
藤本 先生が描かれる虫は、とてもやさしい目をしていますね。
熊田 目は必ず、最後に描くんです。虫になって無心に描く。
藤本 単なるリアリズムではなく、ファンタジーのようなものを感じるんです。それが、多くの人を惹きつけるのではないでしょうか。
熊田 「ファーブル昆虫記」に、ガマガエルがオサムシを食べようと睨んでいる絵があるんです。このときは、自分が食べられてしまうような気がして、おそろしくて途中で絵が描けなくなってしまったんです。悩んだ結果、そこに、実際は出てくるはずのないミツバチを飛ばしたんです。一瞬だけ、ガマガエルが目を離す。
藤本 その隙に逃げて命拾いをする。
熊田 虫が生きていくのは大変です。このときもう完全に、私はオサムシになっていた。初めて思いました。「私は虫である。虫は私である」と。
藤本 虫になってこそ、伝えられる命のメッセージなのでしょうね。虫も一生懸命に生き、その役目をこなしている。そんなことに気づきます。
熊田 自然は美しいから美しいのではなく、愛するから美しいのです。
藤本 そんな風に思うようになったのは、いつ頃のことですか。
熊田 70歳を過ぎてからでしょうね。
藤本 イタリア・ボローニャの国際絵本原画展で入賞された頃ですね。
熊田 出版社が勝手に展覧会に出してしまってね。それまでぼくの絵に見向きもしなかった人たちが
、外国で評価されたら掌を返したようになって。あのときは癪に障りましたね。
藤本 本当にいいものをわかる人が少ない世の中ですね。
熊田 人間に感性がなくなってしまったんですね。今、一番悲しいのは、子どもたちにどんどん自然に対する感性がなくなってきていることです。ある幼稚園では、子どもが草むらに入ると先生が怒るんだそうですよ。
藤本 子どもたちが、自然を知らずに大人になってしまう…。
熊田 こんな都会にも自然はたくさんあります。ちょっと窓を開ければ、アウトドアですよ。
藤本 虫の声も聞こえるし、鉢植えのお花にはハチがいっぱい!