スペシャル対談 藤本裕子が各界トップに迫る!

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銀河観音に平和を託して   画僧  高杉嵯知さん

夢枕に突然現れた観音。それは輝く銀河と共に、目の前にただ静かに佇んだという。言葉を発せず見つめ合うことで「自分の描く観音が世界の平和と人々の覚醒を祈る銀河観音であると知らされました」。その日を境に、高杉嵯知さんの描く艶麗な観音画はクチコミで広がり、出会う人々の心をつかんで離さない。

 

画 僧 高杉嵯知さん高杉嵯知さん イラスト写真
たかすぎ さち  横浜市在住。画僧。水墨観音画家。仏教大学仏教学科卒業後、加行課程修了。京都知恩院にて1997年に僧籍少僧都を得る。1999年に観音画を描き始め、2000年より横浜・京都・鎌倉・銀座など各地で「銀河観音」巡回展開催。ベルギー・中国の国際展やサンフランシスコでの個展でもスピリチュアルアーティストとして絶賛される。エッセイストとしても新聞連載や広告など枠にとらわれない独自の世界観を持ち活躍。国際文化交流功労特別大賞ほか受賞多数。「sachi庵」庵主。

●Sachi庵
〒231-0021 横浜市中区日本大通34 ZAIM本館201
TEL045-222-7030(要予約・無料)

夢枕に突然現われた
銀河の彼方に立つ観音様

藤本 そうですか。ありがとうございます。描くときは何も考えないので、自分ではわからないんですけど。

高杉 そうですか。ありがとうございます。描くときは何も考えないので、自分ではわからないんですけど。

藤本 それと高杉さんの描かれる観音様には、いろんな表情があるんですね。やさしさだけでなく、力強く見守る感じのものとか…。

高杉 じっと話を聴いてくれたり、微笑んだりする感じのものや、しっかり見つめてくれたり、そばに一緒にいてくれる感じがするものだったりと、それぞれ微妙に違います。

藤本 そもそも高杉さんが、観音様の絵を描くようになったきっかけは、何だったのですか。高杉嵯知さんとの対談写真 その1

高杉 初めて描いたのは、9年前のこと。それまでに起こった出来事のどれか一つが欠けても、出会った誰か一人が欠けても、あの日、観音を描くことはなかったと思うのです。時の流れと人の流れの中でごく自然に観音を描くシーンにたどり着いたというのが実感ですね。直接のきっかけは友だちです。まず友だちの友だちに墨絵画家の個展に誘われ、私が別の友人もお連れすると、その方が先生と意気投合。後日、今度は私が友人のお供で行きました。そして友人がお地蔵様を描いたとき、「私だったら観音!」とフッと思ったんです。もし、友人が花を描いていたら、観音は思い浮かばなかったかもしれない。そう思うと、こわいくらいに一つひとつの出来事に意味があり、つながっていたのです。

藤本 どんな感じでしたか。

高杉 すごい手応えがありました。「今、私の心臓は観音を描くためにドキドキと動いてくれている」と思いましたね。あどけなくて無垢な観音が、この掌の中から生まれたんです。パズルの最後の一コマがピタッとハマったみたいに、私、その瞬間から観音を描く人になってしまったんです。もう水を得た魚状態で、その夜から夢中で描き続けました。

藤本 もともと墨絵の経験があったわけではないのですね。

高杉 全くありませんでした。ただ何十年とブランクはありましたが、子どもの頃に書道や油絵に熱中した時代がありますので、墨や筆には多少、慣れていたかもしれませんね。通ずるところがあったのかとも思います。

藤本 道理で、基礎となるものはあったのですね。とても初歩的な質問ですみませんが、観音というのは女性でしょうか、男性でしょうか。

高杉 男性と女性を超えた存在であるといわれています。でも私の描く銀河観音は、とても女性的だと思います。

藤本 では「銀河観音」とは、どんな観音なのでしょうか。

高杉 観音画を描き始めてから半年後のある夜、渦巻きの銀河に立つ観音が夢枕に現われたんです。その日も遅くまで描いていたのですが、描き終わってベッドに入るのを待っていたかのように突然のことでした。これが夢枕というものか!と思いました。そして、すぐに消えてしまうのだろうと思い、しっかり受け止めようと見つめました。時間は思ったよりたっぷりとあって、この間に自分の描いている観音の意味と名前を知らされたんです。平和と、本来の自分を呼び覚ますことを願っての銀河観音だということを…。静寂で美しい、祈りの世界でした。

藤本 「銀河観音」は高杉さんに現われた観音だったんですね。この絵を象徴する素晴らしい呼び名ですね。

高杉 私は、銀河の彼方から私たちを見守る存在があるということを知らされた者なのだと思います。この日を境に、それまで誰にも話していなかった絵のことがクチコミで広がり、個展をさせていただくようになりました。

藤本 どちらでされたのですか。

高杉 地元の横浜では数回やらせていただきました。京都・鎌倉・銀座、前回は鹿児島でした。海外はベルギーや中国での国際展と、サンフランシスコの個展がありました。春にはアトリエのあるZAIM(横浜市中区)のフェスティバル、秋には熊本の予定です。

面白そうと思った結果
知恩院で修行、僧侶に

藤本 この世界に入るまで、高杉さん自身の人生にもストーリーがあったのでしょうね。千葉茂樹さんとの対談写真 その3

高杉 私なりにですが、39歳で一人暮らしを始めたのが転機になりました。40代で佛教大学に編入し、結果的に僧侶になってしまったのです。

藤本 僧侶になったと、さらりと言われますが、簡単なことではありませんよね。

高杉 出家して僧侶になるなんて、何か特別な理由があったと思われがちですが、私の場合はむしろ逆だったんです。自分がとても良いエネルギーの中にいるのに気づいたんです。でも、あの頃はまだ何もしていなかったので、「こんなに素敵な気分を何に使おうかしら? 何でもいいから、自分にとって世界一面白いことをやろう」と決めたんです。その頃、新聞にあった京都・佛教大学の学校案内と目が合ってしまって、今さら勉強? しかも仏教だなんて考えてもみませんでしたが、「これだ!」という確信があまりに強く、迷う余地も与えられずに、すんなりその流れに乗ってしまったんです。実際はカルチャースクールで歴史や仏教美術をする程度の軽いノリでした。京都にも惹かれましたし、何だか面白そうというのが本音です。そこから夢中の5年間が過ぎ、気づいたら僧侶になっていたんです。

藤本 修行のときは、京都にいらっしゃったのですか。

高杉 はい。夏の行も2年にわたり京都の寺で過ごしました。

藤本 修行はいかがでしたか。

高杉 剃髪して入山するのですが、未知な世界のはずなのに、すんなり馴染んでしまって…。何かにすっぽりと守られているとしか思えませんでした。その頃からなんです。漠然としてですが、平和のために生きたいと思うようになったのは。

藤本 お話を聞いていると、不思議なことばかりが起こるものだなあという気がしてなりません。見えない「気」の力とでもいうのでしょうか。

高杉 何なのでしょうか。今思えば僧侶になるための修行というよりも、観音を描くための最後の準備だったような気がします。初めて観音を描いた瞬間、それまでのすべては観音を描くためにあったんだと気づき、胸が熱くなりました。同時に、初めて自分で自分に出会えた瞬間でもありました。

藤本 子どもの頃からずっと、観音を描くようにと、導かれていたのですね。

高杉 一人ひとりにとってそれぞれの導きがあり、お互いの縁に触れ合いながら生きている。人生は、毎日が奇跡の連続なのですね。お互いに精一杯、うれしくなるような「今・ここ・自在」に遊びたいですね。

藤本 そんな不思議なエネルギーに満ちた高杉さんなので、お元気で当然なのかもしれませんが、あえて、元気の秘訣があれば教えてください。

高杉 元気というのは元(本来)の気、と書きます。「お元気ですか」の挨拶は、言い換えれば「本来の自分やってますか? 自分らしく生きていますか?」なのだと、あるお坊様から教えていただきました。私は「銀河観音」という天からの授かりものをいただき、また、この絵を通して皆様にも出会え、元気になれたのだと感謝しています。

アトリエ「Sachi庵」で
多くの人々と交流

藤本 皆さん、この「Sachi庵」には、絵を見に来られるんですか。

高杉 はい。アトリエであり、ギャラリーであり、庵でもあるので、遠方から飛行機や新幹線でいらっしゃる方も多いです。長い間の胸の痛みや、封じ込めていたものからの解放、メッセージを受ける方もいるようです。そして、たくさんある絵の中から、ご自分のための見守り観音を見い出されていきます。ゆっくりお茶を飲みながら、お話しながら、何となく元気にうれしくなれるよう過ごしていただけたらいいなと思っています。

藤本 絵の魅力はもちろんですが、高杉さんのお人柄が、皆さんを惹きつけるのでしょうね。この絵を通して、高杉さんが、人々に伝えたいメッセージは何ですか。

誰もが毎日「今日から本番、
ゼロからスタート」の精神で

高杉 誰もが毎日、「今日から本番、ゼロからスタート」の精神でいけたらいいですね。そして、今日千葉茂樹さんとの対談写真 その1少しでもうれしかったら、今日までの人生は大成功。今日のところまでの人生の最終結果は今日なのですから。また、人生は一日一日、決まって進んでいくとも思っています。今日うれしく思えなかったら、明日うれしくなれない。おしゃれのセンスを磨くように、もし今日ここで、物事の受け止め方のセンスを、ほんの少し変える
ことで気分が変わるのであれば、やってみる価値はあると思うんです。

藤本 人生の過去を悔いるのでもなく、未来を不安がるのでもなく、常に今が大事というのは、とても大きなメッセージだと思います。最後に高杉さんの夢を伺わせてください。

高杉 皆が自分らしく、元気に生きられるためにも、まず、戦争のない平和な世界がいいですね。

藤本 銀河観音の絵や、高杉嵯知というひとりの人間を通して、たくさんの人が元気になることでしょう。これからも素敵な絵を描き続けていってください。今日は、素敵な銀河観音の絵に囲まれてお話を聞くことができ、癒されました。ありがとうございました。

対談を終えて

初めて目にした「銀河観音」に、ビビッときた私。「こんな素敵な絵を描かれる人ってどんな方だろう?」…私の好奇心がむくむくと込み上げてきて、すぐさま電話を入れた。

こちらの意向を一通り聞いた高杉さんに、訪問させていただく日程を相談すると、「いつでもいいですよ」という言葉が返ってきた。「いつもいろいろな方がみえて遅くなることもあるので、よかったら今からでもいいですよ」…って、こんな方は初めてだった。

そんな高杉さんだから、お話を伺っていて、すべてが納得できた。流れのままに、思いつくままに、自分の人生を切り拓き、楽しく生きている。そんな生き方がとても自然で、とても素敵。

「銀河観音を描いているときの高杉さんはどんな風?」と想像し、質問すると「むしろ、描いてないとき、どんな思いで過ごすかが大切なんです。こうして人様とお会いしている今・このときこそが、描いているようなものなんです」と微笑まれた。その生き方が、一寸の狂いもない線となって、美しい姿の銀河観音をあらわすのだ。

「あなたの中の観音に会いにいらしてください」という彼女こそが、あたたかく人を包み込む「銀河観音」に違いない。

(藤本裕子)

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