中村 まずは、「めだかのがっこう」「夏の思い出」など数々の名曲をつくった作曲家・中田喜直先生との出会いです。ぼくが30代後半、中田先生が会長だった頃に、日本童謡協会に入会させていただいてからのご縁です。2000年、『たんぽぽメッセージ』という初めての曲集を出版しました。そのとき先生は病床にいらっしゃったのですが、「いい歌がたくさんあるね」と大変喜んでくださって。記念に、巻頭で先生の言葉をご紹介させていただいています。
藤本 中村先生にとっても、とても名誉なことですね。
中村 歌は作詞家や作曲家の手を放れて一人歩きするものです。子どもの頃から中田先生の楽曲に親しんできたぼくにとって、先生は憧れであり雲の上の存在でしたから、これ以上の感激はありません。もう1つは、NHKの初代うたのおねえさんだった眞理ヨシコさんに、自分の曲を歌っていただくことができたことです。
藤本 『心の風景』というCDですね。曲は新春コンサートでも聴かせていただきましたが、情景や心情が伝わってくる、とても素敵な曲ですね。
中村 眞理ヨシコさんは最高です。彼女が歌うとね、ぼくの曲が素晴らしい曲になってしまう(笑)。作曲家として、こんなうれしいことはありません。そして3つめは、音楽を始めた中学生の頃からの夢だった、オペラを指揮することができたことです。
藤本 昨年の『マイ・フェア・レディ』に続いて、今年は『カルメン』の舞台をなさるそうですね。
中村 これも恩師、岡田有弘先生のおかげです。昔、ラジオでオペラを聴きながら、「いつかこんな曲を書きたい」「指揮者もかっこいいな」と夢をふくらませていたものですから、長年の夢が叶ったわけです。才能はないけれど、とにかく「好き」だからやり続けることができた。努力もしましたが、一番は「あきらめない」ことでしょう。50歳を過ぎて、ひとつずつ夢をカタチにすることができたので、60代には、一体どんなことが起きるのかとワクワクしています。
藤本 そんな風に言えるなんて、素晴らしいですね。努力や苦労もあったと思いますが、先生に「がむしゃら」とか、そんな言葉は似合いません。とても自然体に見えますよ。
中村 自然体といえば、人生は出会いがすべて。たくさんの方とのつながりの中で今日のぼくがあり、皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。
藤本 では最後の質問です。先生が音楽を通じて伝えたいことは何ですか。
中村 実は今、力を入れている活動があります。ボスニア・ヘルツェゴビナの子どもたちが「地雷」を描いた絵があって、こやま峰子さんが詩を書きました。それをぼくが8曲の楽曲にして、原画展と朗読コンサートを開いています。チャリティーですが、子どもたちの未来のために、少しでも役立てばと思っています。
藤本 絵や詩にメロディーを加えることで、そのメッセージは何倍にもなるのでしょうね。
中村 このような活動を多くの人に知ってもらい、平和の大切さ、ありがたさを子どもたちに伝えていけたらと思います。そしてぼくの楽しみとしては、いくつになっても夢を失わず、皆さんと一緒に青春の歌をつくり、歌っていけたらいいですね。
藤本 それなら、ぜひ、ヴィサンの会員の皆さんと一緒に、「青春を歌う会」を企画させてください。
中村 親から子へ、子から孫へと歌い継がれていく、いい曲を伝えていくのがぼくの仕事。音楽は苦手という人も、自分の感性に合った歌と出会えたら最高です。歌の上手い下手関係なく、みんなで楽しいひとときが過ごせたらいいですね。「抒情歌を歌って青春を取り戻そう」なんてどうでしょう。ぜひやりたいですね。
藤本 次回は、会員の皆さんをお誘いしておじゃましますので、よろしくお願いします! 今日はたくさんのお話をありがとうございました。