藤本 スイミングインストラクターをなさってどの位になりますか。
金澤 長男が小学校5年生のときに通っていたスイミングスクールで、自分も泳ぎたくなってスイミングを始めたの。教えてもらううちに、水泳指導の面白さに目覚めたんです。
藤本 水泳指導の面白さ?
金澤 初め、大学生に教えてもらっていたときは泳げなかったのに、ある先生に代わった途端に泳げるようになったんです。要はその先生を信じただけのこと。信じて言う通りにしたらすぐにできるようになって。そうか、これは技術ではなく、相手とどう信頼関係をつくり、どう乗せるかだなって。1973年のことです。
藤本 妊婦やベビーのご専門になられたのは?
金澤 3年後にベビースイミングを始め、その翌年マタニティスイミングを始めました。たまたま幼稚園の団体授業があって、母親だから子どもの扱いに慣れているだろうって、アシスタントの声がかかったんです。
藤本 当時、マタニティスイミングは、珍しかったのではないですか。
金澤 妊婦水泳自体なかった時代。もともと海外にはないものなので、日本初というか、世界初のことです。
藤本 今は水泳という枠に納まらず、さまざまな形で妊婦さんやお母さんたちを応援していらっしゃいますね。
金澤 何かをやろうと意気込んで始めたものなんてひとつもないんです。もともと栄養士の資格を持っていてお料理が大好きだったの。妊婦さんに接していたら、ちゃんと栄養もとらなければならないのに、ちっともできていなかった。「少しでも体にいいものを」とつくっていくようになったのが「昼食会」に発展したんです。
藤本 今日もそうですが、素晴らしいごちそうを用意してくださって。大変でしたでしょう?
金澤 こんなのすぐよ。昨日の夜、レバーを串に刺しただけで、あとは冷蔵庫に残っていたものを何でもかんでも入れてきちゃっただけなのよ。
藤本 どれも体にいいものばかり。とても美味しいです。
金澤 今日はカメラマンやスタッフもいらっしゃるというんで、それじゃあって。外へ食べに行く時間が惜しいでしょ。有り合わせのものでもこんな風にしてみんなで食べれば、楽しいじゃない?
藤本 ええ、それはもう。こうやって普段から、妊婦さんたちと交流なさっているんですよね。
金澤 「一宿一飯の恩義」「同じ釜の飯を食う」といって、一緒に食べるという行為は大きいわね。言えないことも言える間柄になれるのよ。
藤本 スイミングのコーチというより「お母さん」みたいに、何でも相談に乗っていらっしゃるそうですね。
金澤 妊婦さんもお母さんたちも、ちょっとしたことで不安になったり落ち込んだり。昔ならおばあちゃんや、隣近所のおばちゃんが教えてくれたようなことばかりです。
藤本 家族とも離れ、近所づきあいも少ない孤独な妊婦さんたちにとって、地域で妊婦さん同士友だちになれる機会というのは大きいですね。
金澤 ほかにも、夫と一緒に参加できる「ペアスイミング」や、マタニティスイミングを卒業した親子が集まる「カンガルークラブ」など、いろいろな会を続けています。こんなこと普通の主婦なら誰でもできることで、もともと「おせっかい」なのね。
藤本 地域のボランティア活動もそうですが、ちょっとしたことでできることはたくさんあるんですね。
金澤 私が人と違うところといえば、長く「続けている」ことだけ。水泳指導33年、ペアスイミング23年、妊婦昼食会23年、発声練習のために始めた声楽25年、カンガルークラブ20年。
藤本 私は今の活動というか、仕事を続けて17年。金澤さんに比べたらまだまだですが、正直、大変でした。簡単におっしゃいますが、続けることの努力は半端ではないでしょう。本当に素晴らしいことだと思います。
金澤 お母さんたちに喜んでもらいたいのが一番だけど、私も楽しいのよ。私の師でもある高田敏子さんの詩にあるんだけど「心にひとり 思う人を住まわせて 花を摘む」って。料理でも何でもそうでしょ。
藤本 気持ちがなければできないことですよね。
金澤 もともと黙って見ていられない性分でしょう。言わなきゃいいことも言っちゃうし、やっちゃうのね。
藤本 それが大切なんです。子どもたちは、家でも学校でも大事にされ過ぎです。地域には「雷おやじ」も「おせっかいおばさん」もいなくなっちゃって、誰からも注意もされないという現状。これが社会の問題です。