清野友義の絵本暮らし抄 絵本を通して子育てや人生を考える
子の心、親知らず
絵本劇場の風景で面白いのは、子どもたちの顔が画面と語り手の顔と画面が変わるたびにカチャ、カチャと音がする映写機の3か所を見ることである。会場の後ろから見ていると、まるで電線に止まっている雀のように皆同じように動くのある。じっと見ているのは、画面ではなく語り手の顔である。その瞳は輝いている。「ああ、子どもたちは、こんなにお話が好きなのだ」と思える瞬間だ。
また、映写の灯りをさえぎって影絵をつくったり、自分の頭を画面に映して楽しむ子たちがいる。その親はハラハラで、親の心子知らずである。私は「やめろ!」と止めないし怒らない。「どうぞ。どんどん影絵をつくって楽しんでおくれ。子どもは極楽、親地獄とはこのことか、家に帰れば地獄やで」と言ってもやまることはない。「あ、そうそう、おじさんの知っているギリシャ神話ではね、この灯りが頭にかかった人は、明日、起きたら頭がハゲテるんやて。指はね、へびになってるんやて!おじさん、こんな大事なことを初めに言うのを忘れてたわ。もし、ほんまやったら、お母さん、かわいいお子さんなのに、本当にごめんなさいね。心から謝ります」と言うと、慌ててさっ!と手を下ろし、画面はきれいに映る。中には夜中に起きて、鏡を見て頭や手を確かめ、安心して寝入る子もいるらしい。翌朝「どうもなってなくてよかった!」と、親や担任に報告してホッとするのである。
会場では、上演した絵本などを販売する。子どもたちは、上演を見て楽しかった本、感動した絵本を欲しがるが、親は「ダメ! 見たのと違う絵本にしなさい!」と言い、子どもは気に入った絵本を抱えて離さない。親子げんかも、子どもが泣いて子どもの勝ちならまだいいが、その場では親の勝ちでも、しばらくしてやはり、見た絵本にするという。子の心親知らずである。
また、すでに年代物となってしまった映写機(昔の幻灯機)は子どもたちには新鮮である。これも子の心親知らず。古くてもいいものはいい。お母さん方もご安心ください。







