池川 明の胎内記憶 赤ちゃんはお母さんを選んで生まれてくるのです

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LIVE LIFE 2007年8月号

赤ちゃんは昔「光」だった

生まれる前の赤ちゃん、しかも受精する遙か以前の赤ちゃんに会える人がいるって、知っていますか? また流産や死産をした後、赤ちゃんと会える人もいるようなのです。オーラの泉のような話ですが、今回はばりばりにスピリチュアルな話です。

まず、赤ちゃんと生まれる前に会ったことのある人の話です。

知り合いに、4年前に結婚した歯医者さんがいますが、先生が結婚したての頃、「光が見えた」と話されました。そのとき私は、「きっと赤ちゃんが来てくれるんですよ」と言ったようです(というのも、最近まで、そのことをすっかり忘れていました)。

そしてついに、先生の所に赤ちゃんが来てくれました。最近お会いする機会があり、(私が忘れていた)「光が見えた」という話を、再度話されました。それによると、先生が結婚したての頃、小さな光の玉があらわれて、「待っているから」と言われたそうです。その光はとても小さく、羽が生えているように見えた。それに話しぶりから、女の子のようだったそうです。

それから、流産した人の話です。旅立った赤ちゃんを感じたとき、「光の玉だった」と言う人がいました。流産のあとも、お母さんの側にいつもその光がいたそうです。そしてしばらくして、雲の上に旅立つのがわかったそうです。「バイバイ」とお母さんに挨拶したというのです。このように、赤ちゃんが旅立つ日が特定できる人も時々います。

余談ですが、7歳の女の子から聞いた話です。お母さんは、女の子が生まれる前に、2度流産しています。その子は「お腹の中で2人のお兄ちゃんがしっかり自分を支えてくれたから、無事生まれて来られた」と語るのです。

流産した魂も、ちゃんと役目があるようです。そういえば、仕事(これから産まれる赤ちゃんのお世話など)があるからと、忙しそうに雲の上に戻った赤ちゃんの話をしてくれた人もいました。でも、その魂にお願いをすると、一瞬だけ地上に戻ります。そのときに光の玉が一瞬輝くので、「戻ってきたのがわかる」そうです。

あるお子さんは、「雲の上にいたとき、ぼくは光だった」と話しました。私には、最初その意味がわからなかったのですが、たくさんのお子さんが「光だった」という話をしてくれることを考えると、どうやら私たちは、もともと光の存在だったようなのです。

個人的な考えですが、光の存在だった私たちは、肉体を持つことによって五感を通して得られる喜びや幸せと引き替えに、苦労や悲しみとい う負の部分も感じてしまうのではないでしょうか。

そして、負の部分は「光である魂」に曇りを生じさせ、本当は光だった私たちの存在が、次第に暗くなってゆくのでしょう。いろいろな経験を乗り越えたときに、再び肉体を持ちながらも、光り輝く存在に昇華していくのではないでしょうか。それを目指して実践するのが、「人生」そのもののような気がします。

家庭でのお母さんの存在は「笑顔」、すなわち「輝き」です。これが曇ったとき、家は暗くなってしまいます。ですからお母さん方は、いつまでも家の中では「天照大神」、すなわち「光の存在」であってほしいものです。

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