池川 明の胎内記憶 赤ちゃんはお母さんを選んで生まれてくるのです

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LIVE LIFE 2007年1月号

魂のあるお産を

インターネットのあるメーリングリストに助産院で逆子を死産した方が、助産院を許すことができないという趣旨の書き込みをなさいました。それに対して、以下の文章を私が書き込みました。

お子さんを出産時に亡くされたことは、本当に悲しい出来事ですよね。

このメールでさらに傷つくことがあれば、それは本意とするところではありませんが、いかように受け止められても結構です。

「命が大切だ」という、誰も疑問をはさむ余地のないことを前提に、「命を守るためには医療機関が関わるべきだ」という発想は、もっと「命」を見ない、管理された医療を推進することになると思うのです。

「命」とは人間が肉体として生きているだけではなく、「魂」といったものが一緒になって初めて生きていることになるのだと思います。

たとえ死産になったとしても、「魂」の部分を見つめることができれば、無駄な「死」はひとつもないと思います。ただ、現在の科学万能の時代、学校教育に「魂」の重要性を教える教育もなく、「いじめで死ぬことがいけない」といいながら子どもたちの「心」を見てあげるスキルがない教育で、人を救えることはほとんどありません。

残念ながら貴女の場合、助産師さんがうまくその「心」の部分と同時に赤ちゃんの「魂」をきちんと見るというスキルがなかった、もしくはあってもそれを貴女と共有できなかったことで、その死産の意味をお互いに考える時間が持てなかったことは不幸だったと思います。

病院でも救えない「命」もあるのです。しかし、どのような状況でも、救える「魂」は存在します。その「魂」を抜きに出産を考えることが、現在のお産のあり方の歪みを生んでいるように思います。

死のうが生きようが、産むということにはそれだけの力があり、いい死産もいい流産も、さらにはいい中絶さえもあるのです。赤ちゃんをおなかに宿したということは、ものすごく大きな意味があり、死産・流産を含めひとつとして無駄な死はありません。

それぞれ関わった方たちすべてに、その意味を考えてほしいと、赤ちゃんの魂は訴えているように思えるのです。その赤ちゃんの訴えを聞き取ることができないことは、本当に不幸なことです。「怒り」「悲しみ」「恨み」「辛み」などの感情は、その赤ちゃんの訴えを隠してしまいます。

ですから私は、裁判に訴えることは、その赤ちゃんの心を見ることができなくなると考えているので、賛成はしません。しかし、裁判で溜飲を下げたい、赤ちゃんが死んだ理由を知りたいとする裁判が後を絶ちません。死んだ理由は、死んだ赤ちゃんに聞かないとわからないのです。赤ちゃんの魂を証人として行う裁判なんて、ありませんよね。

開業助産師のガイドラインを遵守しても、なおかつ不幸な結果はゼロにはできません。それは開業助産師に限らず、開業医、そして大病院でも一緒だということをお伝えしたかっただけです。

赤ちゃんのご冥福をお祈りします。 合掌

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