待ち合わせたのは、国技館のある両国駅前の「ちゃんこ霧島」。取材を依頼すると、自らなじみの同
店に予約を入れ、会場をセッティング、撮影の構図まで意識されるという気の配りよう。実際の対談でも質問一つひとつを丁寧に聞き、言葉を選びながら真摯に答える。受け答えはもちろん、振る舞いひとつに関取の誠実さがにじみ出ていて、一気にファンになった。
小学5年生のときに「ぼくの夢は、横綱になること」とクラスメートの前で発表。
以来、相撲道一直線。中学校の卒業を待って15歳で入門し、1991年に初土俵。苦しい練習も厭わず、地道に励んできた。
書道や礼儀作法までを学ぶ相撲練習所時代は、「いっぱいいっぱいになり、逃げ出したこともある」という。だが、「逃げてホッとできるのはわずか半日。寝ても覚めても浮かんでくるのは、親方や兄弟子たちの顔、そして全国の応援団の皆さんの顔」。稽古でも取組でも、「闘う相手は、対戦する力士ではなく、自分自身である」ことに気づき、気持ちを切り換え、ここまでやってきた。
勝ち負けがすべてのこの世界にあって、過去、2場所連続で幕下優勝決定戦に出場。だが「ここ一番に弱い」とは本人の弁。やさしさが災いして、周囲のことばかりを考えてしまうのだそう。それでも、相手の首筋、あるいは後頭部を手首や腕ではたき落とす決まり手「素首落とし」を史上初達成。場所中3つの不戦勝で勝ち越すという珍しい記録保持者でもある。
今年1月場所は9勝6敗と勝ち越したが、翌3月場所以降はけがに泣き、一時は十両に陥落。だが再び7月場所で勝ち越しを決め、見事8回目の入幕。11月の秋場所に期待がかかっている。
目指すは「もちろん三役」。夢は「すべての人々を幸せにすること」。そのために自分ができることは何か、生涯のテーマに向けて「今は、一番、一番、精一杯がんばるだけ」と話す。
「相撲甚句の名手」といわれ、巡業や花相撲では美声を披露。卯年(1975年)生まれの特徴そのまま、性格は温厚で面倒見がよく、社交的。誰からも愛される「相撲界の江原啓之」こと、春日錦関。不思議なオーラに包まれた「幸せトーク」は、対談記事をご覧下さい。