修行僧の旅
冒頭、「ブンナ」という名前の由来を親から教わる機会がなかったという文脈で、「これは、奇妙な自分の名前に込められた親の思いを、主人公が自分で探っていく物語だ」と勝手に思い込みました。そして、おそらく文末かあとがきに出てくるであろう「オチ」を楽しみに読み進みました。そう思ったのは、私自身の幼い頃の体験とだぶったからです。
私が幼稚園に入る直前、母は、「みほ子」という、当時では珍しかった名前をつけた理由を、なぜか詳しく語って聞かせてくれました。「やさしい女の子になってほしいと願って、耳への響きが柔らかい音を選んだ。漢字もいくつも考えたが、結局は平仮名にした。それは、漢字を使ってひとつの意味に限定せず、大きくなってから、自分でこうだと思える漢字を当てはめたらいいと思ったから」。母は、子どもだから理解できないとは考えず、難しいことでもじっくり言い聞かせて教育する主義だったようです。
それから間もなく、浄土宗のお寺が経営する「パドマ(サンスクリット語で赤い蓮の華、の意味)幼稚園」に入った私は、園長先生の挨拶を聞いて、腰を抜かさんばかりに驚きました。「天竺」を模した本堂の飾りの前で、尊い「みほとけ」さまのお話を初めて聞いたのですから。仏さまとよく似た名前(と、当時は厚かましくも感じたのです)を親から授かったことを知ってからというもの、園で教わる一つひとつのことを真剣に胸に刻み、私は、先生から見ると申し分のない子どもに育っていきました。
もうひとつ、自らの体験で思い出した重要なことは、「上る」という行為でした。
幼稚園では品行方正の上、兄の影響か知識も豊富だった私は、何をしても余裕しゃくしゃくの優等生。そこで母が私を戒めたのは、「上ったらあかん」ということでした。「人よりちょっとできるからといって、とろい子や不器用な子に、偉そうにしてはいけない」。
その言葉を忠実に守ったおかげで、幼稚園でも小学校でも、「普通、勉強のできる子は、できない子を見下すのに、みほ子ちゃんは、そういう子には特に親切ですよ」と先生から誉められ、母はたいそう喜んでいました。でも私は「できない子を意識すること自体、上っていることではないか」と、逆に小さな胸を痛めてもいました。しかも、子どもの価値観では、頭が良いことなど何の値打もなく、容姿が良くて体育の得意な子が羨望の的。小柄で不器量だった私は、どうがんばっても「上り」ようもなかったことに大人が気づいていないことが、実はさびしかったのです。
私は人から見るとトノサマガエル、自分自身の中では、ツチガエル未満の存在でした。実際、中学を卒業する頃まで、トノサマガエルはおろか、雀さんやネズミさんのような行動も起こせない自信のない子どもでした。
賢さと貧相な外見のギャップのせいか、随分いじめも経験しました。そのとき、私を支えてくれたのは、多少の親ばかと価値観のずれがあるとはいえ、親が私を大事に思い、私を信じ、惜しみなく愛情を注いでくれているのが確信できたことでした。私自身も親を信じ、友人を信じ、悲しくなったときは、お天道様の判断はどうかと考えるようになりました。親の愛情と「みほとけ・ショック」のおかげです。ただし、私は今でも決して信心深い方ではなく、仏教の知識もないので、仏さまがお聞きになったら罰が当たりそうです。そして、両親からも、「そんな大それた名前をつけた覚えはない」と叱られるかもしれません。
ブンナが動物たちとのやりとりで学んでいったこと、親の大切さ・命の重さ・良心・懺悔・裏切り・自惚れ・身勝手・輪廻転生等々…、この本にちりばめられた貴重な多くの学びについては、とても、藤本さんにお聞かせできるほどの感想は述べられません。
名前の意味探しの旅だと思って読み始めた物語が、中盤から、若い修行僧の旅へと変化していました。ブンナは、美しい心と邪悪な心、自信と畏れ、色んな自分と向き合い、悩みながら、懸命に悟りを開いていったのだと。だから、最後にそれがお釈迦さまのお弟子さんの名前だったとわかったとき、ごく自然のことだと思いました。
そして、難解な宗教論や人生哲学を押し付けるのではなく、トノサマガエルの冒険になぞらえて、子どもだけでなく、大人にも、自分の生き方を考えさせるこの本に、心から感動しました。私自身もまた、修行の旅の疑似体験をした思いがしました。
快楽や観念への執着を超越し、喜悦する心も苦も滅し、お釈迦さまから「もう汝に教えることは何もない」と言われた富楼那のように、主人公ブンナも、その後また旅を重ね、多くの弟子を導き、最後は完全な涅槃に入ったのでしょうか。深い余韻を残してくれるお話でした。素晴らしい勉強の機会をいただき、ありがとうございました。
(川嶋みほ子)