今月の特集 編集部注目のこの話題!
きよの絵本劇場主宰 清野友義さん
27年前、マスコミは水上勉と清野友義氏の出会いを大きく報道した。
以下は文豪・水上勉が寄せた賛文だ。「本屋が忘れた世界だ。清野君の孤独な仕事に拍手を送る。私の小説の落とし児だ。この出会いはただ事でない気がする。細々だが応援したい」(抜粋)。
作品『ブンナよ、木からおりてこい』(原作・水上勉)は、誰より偉い人間になりたいと夢見るその裏側で取りこぼしている大切なことを、母親たちに伝えるために生まれた。その水上勉の信念が、作品を通して清野氏へ受け継がれた。
社会がどんなに変わろうと、子どもたちの心は変わらない。幼い子どもたちが40分もの長編物語『ブンナ〜』を聞く姿はまさに真剣そのものだという。そこには、命の大切さを伝える本気の人間(清野)と、命の大切さを感じる子どもたちの共感(響感)があった。
清野氏は、全国の親子に「命」を語り継ぐ旅に出た。「きよの絵本劇場」は20年間で1300公演にも達した。
一方、子どもたちを取り巻く社会環境は加速度的に悪化し、生きる場を破壊させていった。教育重視主義、経済偏重主義社会は、子どもの絵本の世界をも蝕んでいった。
「時代はますます良からぬ方向へと向かっている。今こそ伝えなければならない」と清野氏。
しかし、一夜にして運命を変える出来事が起きた。公演先のホテルで、突然倒れた清野氏。脳梗塞だった。そこが、郷里であったのは、偶然か否か。清野氏が生まれ育った町が、清野氏のこれからの人生にギフトしたものは…。
「きよの絵本劇場」の活動を知ったのは3年前。記事の中での出会いだった。そして、清野氏との直接の出会いは、脳梗塞で倒れたあとに書かれたメッセージがきっかけだった(2頁で一部紹介)。そこには、病いと闘いながらも、凄まじい力で生きようとする人間の姿があった。
以降、編集部では清野氏の快復を待ち、出会いの時を思い募らせていた。そして5月、入院先の病院で、ついに清野氏との逢瀬が実現した。
目の前には車椅子の清野氏。完全復活は無理だろうという。声も小さく、身体も思うに任せない。しかしそのゆったりした空間にいる清野氏に、未来に向かおうとする人間の無限のエネルギーを感じた。
これからが「きよの絵本劇場」の本気の旅になるのではないか。何だかわからない。ただ、ここに大切なものがあると…。
何かに取り憑かれたように、「ただ学ばせてほしい」と清野氏に懇願した藤本。翌日から清野氏と藤本の往復書簡が始まった。毎日綴る「絵本暮らし抄」は、藤本のために氏が書いてくれたもの。清野氏と藤本の共感の中で生まれた小さなウェーブ。これこそ、まさに「お母さん大学」なのだ。
清野友義氏と本紙・編集長の藤本裕子の往復メール書簡で始まった「絵本暮らし抄」。それは、療養中の「めぐみの家」で生まれたもの。明日に向かう清野さんのエネルギーがそこからわき出る。ある日の清野さんからのメール。「発症したことからお年寄りの方と話すことが多くなった。素敵な90歳を過ぎたおばあさんとも友だちになった。どのお年寄りも魅力的なのはなぜだろう。人生の辛酸をなめ、競争心などは無駄で馬鹿げたことだと悟りきったように無欲で懸命に生き楽しんでいる人生の達人だ。無駄をそぎ落とした素の演技で粋に達している。しわは、人生の濃淡のあらわれだから、私は老人を『素朗人』と呼んでいる。まるで優れた絵本の絵と文の結晶だ」。