八面六臂 藤本裕子の辛口エッセー

八面六臂 藤本裕子の辛口エッセー

2011年11月号

母の胸に抱かれて

先日、あるまちの講演会の帰りに地元の児童養護施設を訪問させていただいた。そこには2歳児から18歳までの子どもたち70人近くが生活している。養護されている理由は、母親が病気、行方不明、死亡、虐待など。中には、入所期間が10年を超す児童もいる。

この日私は、未就学児15人と遊ばせてもらった。子どもたちはみな、孫と同年齢。施設の先生が、私の訪問を子どもたちに伝えてくれていたらしく、部屋に入るなり、一斉に「遅いよ!」と言われた。待っていてくれたんだと、手土産も持たずに訪れたことを後悔した(大人の発想だが)。

最初に自己紹介。お母さん大学の藤本、では通用しないので、「ゆうちゃんです。好きな食べ物は、ビールです!」と言うと、「ビールは食べものじゃないよー」と一人が言い、みんなに笑われて(ウケて)しまった。

その後、ボランティアの皆さんと小一時間、子どもたちと一緒に歌ったり、本を読んだり。それは、孫たちと遊ぶような楽しいひとときだった。

そして、お待ちかねの「ハグタイム」。子どもたちが、先生やボランティアの人たちに交代で抱っこされる恒例の時間。いつも孫を抱っこしているので、抱っこは得意だが、その子たちのハグは、孫のそれとは少し違っていた。

どの子も小さな手にあふれんばかりの力を込めて、私にしがみついてきた。正直、戸惑った。幼子は、今会ったばかりの私に、どんな気持ちでハグしているのだろう。記憶の奥にある、母のやさしさを思い出しているのか、それとも、抱いてくれる人が、自分を愛してくれる人なのかを確かめているのか…。だとしたら、あまりにも哀しい。

6歳の孫は、いまだに「ママがいないと眠れない」と言う。子どもにとっては、それほど母の存在は大きいのだ。

もしあの子たちが、ふつうに母に愛され、抱かれることができたなら、あれほどまでに力を込めて、抱きついてくることはないだろう。子どもたちのハグする力が、私には痛かった。

たとえどんな母親でも、そばにいてくれたらと思うのは、大人の身勝手=エゴだろうか。あの子たちが、身を任せ、安心して眠れる母の懐があればと…。

帰り際、施設で何十年も、あの子たちの母代わりをしている先生と話した。長い間、抱きしめてきた人の苦悩は計り知れない。

今も私の胸に残っている、あの日のあの感覚…。ひとりの人間として何ができるのだろうかと、日々考えあぐねている。

(藤本裕子)

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