八面六臂 藤本裕子の辛口エッセー

八面六臂 藤本裕子の辛口エッセー

2011年8月号

母の団扇

子どもの頃、病弱だった私は、熱を出すことも多く、病院通いが日課だった。

ある遠い夏の日の記憶。40度の高熱でうつらうつらしていたところ、何ともいえない、涼しくやさしい風に包まれた。枕元の母が、団扇であおいでくれていたのだ。母のことはわずかな記憶しかない私だが、そのときの母のやさしい風だけが今も体に染み付いて、何年経っても、その感覚が消えることはない。

つい最近のこと。夏風邪をひいて寝込んでいたら、遠い昔の、いつかの風を欲している自分に気づいて、ほくそ笑んだ。もう50歳を過ぎているのに…。あおぎながら母は、何を思っていたのだろう。

病気になると、決まって母はいつもの何倍もやさしくなった。病院の帰りには、必ず駅前の本屋さんへ行き、ふろく付きの漫画を買ってくれた。

私が母になったのは、昭和57年の初夏。当時、はじめての子どもに手を焼いて、育児書を片手に奮闘。扇風機やクーラーの風は子どもによくないと、疲れているのに一晩中、団扇で風を送り続けた。だがいつの間にか、クーラーが当たり前となり、やさしい時間も消えてしまった。

今では、電気もガスも水道も当たり前。それがなかった時代の人たちは、お天道様を拝み、月明かりに歌を詠み、今日一日、生かされることに感謝して生きていたはずだ。

スーパーへ行けば、当たり前に肉や野菜、果物が並んでいる。特売は気にしても、農家への感謝はない。
だがひとたび、放射能汚染で食への不安が広がると、つくり手の心の叫びが聞こえてくる。さらに土の匂いや森の静けさ、海の香りなどを、体が無意識に欲しているのを感じる。

豊かな社会に生きた私たちは、簡単に昔に戻ることはできない。けれども母である私たちは、消えていくものの中にある大切なことを知らなければならない。少なくとも、すぐに私たちにできるのは、「足るを知り、生活を変えること」。生活を変えることは、生き方を変えること。今こそ、変われるチャンスなのだ。

小さな団扇の風に、遠い昔の母への思いがよみがえり心が潤える。それも、今だから感じられるのか…。

(藤本裕子)

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