八面六臂 藤本裕子の辛口エッセー

八面六臂 藤本裕子の辛口エッセー

2011年4月号

母の無力さ

生まれてこのかた経験したことのない異様な揺れが、私の体を襲った。一瞬、何が起きたのかわからなかった。得たいの知れない巨大な生き物が、地面の底でうごめき、今にも襲いかからんばかり。

とっさに走ったのは、娘(三女)のところ。見えない生き物が、娘に襲いかかると思えてならなかった。

部屋に入ると、タンスが倒れ、食器棚から皿やコップがなだれ落ち、粉々になっていた。幸い娘は無事だった。そのときはじめて、地震だということがわかった。

娘は激しい揺れの中で、震えながら、「ちゃーちゃん、ちゃーちゃん」(娘が私を呼ぶ名)と叫んでしまったと、そのときの様子を話した。

その生き物(津波)は、同じ頃、その何千倍ものエネルギーで、万の人を無尽でのみ込んでいた。どれほど多くの人々が、その瞬間、「お母さん、助けて!」と叫んだことだろう。

だが、容赦なく荒れ狂う津波には、「お母さん」という叫び声も、祈りも、届かなかった。

自然を相手に、私たち人間はなす術もない。母なる海が、なぜ愛する子らを苦しめるのか。「偉大なる母」という言葉も、むなしい。

今、私たちに、何ができるのだろう…。

戦争反対!と平和を唱える人たちが、「武器を花に」と語っていたが、「見えない相手」とどう闘うのか…。

母から子への愛もまだ本気じゃないと、あなた(神)は言いたいのか。すべてのことには意味がある、というのなら、その意味に真剣に向き合うことが、残された私たちのやるべきことなのかもしれない。

今も余震が続いている。被災地は依然、混乱状態だ。地震と津波に追い打ちをかけるように起きた、福島原子力発電所の事故。最悪の状況も「想定」せざるを得ない。

蛇口をひねれば当たり前に水が出て、スイッチを押せば電気はいつでもつくものと思っていた。深刻な事態を招いた責任は、私たちにもあるはずだ。

豊かな時代に、何不自由なく暮らしてきた。そして、ただ祈ればわが子を守れると思っていた、愚かな自分…。

どんなときも、わが子は「お母さん」と叫ぶ。そのとき、笑顔でわが子を包むには、祈るだけでは足らない。母の知恵と想像力、そして「百万母力」が必要と、肝に銘じた。
(藤本裕子)

バックナンバーの一覧へ戻る

ページのTOPにもどる
老若男女響学「お母さん大学」プロジェクトはこちら
お母さん大学メルマガ藤本でこぼこ通信 登録はこちらから
『百万母力』はこちらから
『百万母力』はこちらから
『百万母力』はこちらから
『百万母力』はこちらから
ブンナプロジェクトはこちらから
池川 明先生のDVD「胎内記憶」&本のご購入はこちらから
 
株式会社トランタンネットワーク新聞社 〒221-0055 神奈川県横浜市神奈川区大野町1-8-406