八面六臂 藤本裕子の辛口エッセー

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2009年11月号

幸せの価値観

ゴロちゃんが虫になった。ゴロちゃんとは、「みつばちマーヤの冒険」や「ファーブル昆虫記」を描いた細密画家の熊田千佳慕さん。本名を熊田五郎という。過日、98歳で天国に旅立たれた。

生前、雑誌の取材で対談させていただいたことがある。

小さい頃、ゴロちゃんは病弱で、10歳まで生きられないといわれていた。外出は許されず、一日中庭で虫を見たり、家の中で絵を描いたりして過ごしていたから、虫や草花が友だちだった。

その後奇跡的に快復し、ある日、幼稚園での出来事。庭の藤棚にクマンバチが飛んできた。ゴロちゃんは黄色いハチの背中の、あのビロードのような毛に触りたくて触りたくて…。それを見ていた先生は止めようともせず、じっとゴロちゃんを見守り、ゴロちゃんがハチの背中を触った瞬間「よかったね」と一緒に喜んでくれた。ゴロちゃんが小さな指先で、初めて「命」を感じた瞬間だった。

「その感触は、90歳を過ぎた今でも鮮明に残っている」と語った熊田さん。それは、偉大な画家になる瞬間だったのかも知れない。

どんなに生活が苦しくても、自分の描いた絵を売ろうとはしなかった。なぜなら、それは「神様へのレポート」だからと。生涯を通じてビンボー暮らし(自称)だったが、お金より大切なものがあることを知った人間にとって、ビンボーは決して苦ではなく、その環境があってこそ、熊田ワールドと呼ぶ作品が次々と誕生した。

人はそれぞれ、幸せの価値観が違う。お金があれば幸せな人、名誉があれば幸せな人もいる。親は子に、少しでもいい暮らし、いい教育をと願うだろう。

だが熊田流「幸せの価値観」は、少し違っていた。

人生最後の仕事として「お母さんとは何か?」というテーマにぶつかった私には、熊田さんの「幸せの価値観」がほんの少しわかるような気がする。

けれども幼い孫たちに、ゴロちゃんが体験したような、人間形成に影響を及ぼすほど素晴らしい機会を与えたいと願う私も、まだまだ欲深い。クマンバチを触ろうとする子どもを黙って見守るには、もう少し修業が必要だ。そのために私は、新聞をつくらせてもらっているのかも。

熊田さんが大切にしていた「足るを知る」という言葉。私たち母親は、わが子の笑顔さえあれば、幸せではないのか。無心(ピュア)になればなるほど、お母さんの心は大きくなる。

(藤本裕子)

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