八面六臂 藤本裕子の辛口エッセー

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2009年4月号

母が遺してくれたもの

本紙でも連載中の名物コーナー「誕生日に母を語る」という企画。誕生日は年に一度、自分を産んでくれた「お母さん」を思う日…。

私の母は53歳でこの世を去った。早過ぎる母の死。私は、今日(3月21日)、その歳を迎えた。私は、母と一緒に暮らしたことがない。母の面影はというと、いつも微笑んでいる美しい人だった。

母の思い出は、数えるほどしかない。今でも忘れられないのは、母のお弁当。いつも祖母が私のお弁当をつくってくれていたが、ある日、母が私のためにお弁当をつくるという。子どもながらうれしくて、心が躍った。しかし、その夢は一瞬にして壊れた。母がつくったお弁当は普通ではなかった。二段重ねの重箱にボイルした有頭えび、数の子、ビーフステーキ…。まるでおせち料理ののようなそれは、確かに私が好きなものばかり。本当はごちそうを喜んでいいはずなのに、私はただただ恥ずかしかった。もちろん味も覚えていない。友だちが持ってくる普通のお弁当が羨ましかった。

母が私に遺してくれたものは何もない。ずっとそう思っていたが、そうではないことに、この歳になってやっと気づいた。母が私に「母」とは何かを教えてくれなかったおかげで、私は今、誰より「母」にこだわり、誰より「母」を感じたいと思っている。唯一、私に遺してくれたものが、「お母さん」というテーマだったなんて…。

母を思う…。それは、決して、うれしいことや楽しいことばかりではない。中には母を恨んだり憎んだりする人も多い。が、どんな母であれ、母は子に、何かを遺してくれている。母からのメッセージをどう引き継ぐかが、未来へつながるカギになる。

母はきっと、私に母の分まで、「母」を感じてほしいと、空の上から私を見守っているのかな。いや、娘としては、私のことなど忘れて、新しい世界でしっかり楽しんでくれていたらと思う。

お母さん、ありがとう! あなたが私に与えてくれた偉大なるテーマ「お母さん」がある限り、私の残りの人生は、憂いに満ちた日々になりそうです。

さて、今年の「誕生日に母を語る」の宿題レポートを終えた。来年の誕生日には、また違う「母」を感じることができるだろう。私が生きている限り、母は、いつも私の心の中で生き続けるだろう。

偉大なるお母さん。

(藤本裕子)

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