八面六臂 藤本裕子の辛口エッセー

八面六臂 藤本裕子の辛口エッセー

2009年3月号

故郷を色づける母

文豪・水上勉は、貧困の家庭に生まれた。4歳まで盲目の祖母の背中で世の不条理を知り、9歳で口減らしのために京都の寺に出された。

福井県若狭の小さな村。2月半ばの大雪の日、迎えに来た和尚さんに連れられて行く息子に向かい、母はホームの片隅で、ぺこりとお辞儀をした。

世話になる人にではなく、息子への詫びだったのだろうか。モノが豊かな時代に生きてきた私には、シーンは描けても、母子の心情はわからない。

その後、水上勉は、母を恨み、けれど母を思いながら、偉大な作家への道を歩むのだが、まさにその冬の日が、文豪・水上勉を誕生させた日といえるのかもしれない。

水上作品を語れるほどの私ではないが、どの作品にも母の匂いがして、たまらなく心が騒ぐ。

ある作品に故郷の話が書いてあった。「母親に逝かれてみて、急に故郷の山河が私をよび戻すのである。在世中は、いつでも、どこにいても、母なるひとは、故郷の家から私を見つめていた。ところが、故郷に母がもういなくなったということで、急に故郷は色づけを変えた」。

故郷の若狭へ帰ると、駅のホームから見える山の上にも、水平線の彼方にも、海岸にも母が出てくる。母が生きていたときには、全く感じなかったことだという。

小さく年老いた母は、死してなお、さらに大きくなってわが子を包む…。やっぱりお母さんはスゴイ!

さらに水上氏は「私は、子供時代をふり返って、何一つ教訓などたれなかった貧乏な父と母のことを思い、ふたりは、いま千篇の書にまさることばをいっぱい残して死んだことに気づいている」とも書いた。

貧乏な暮らしを望む者などいない。しかし、豊かな時代に生きている私たちは、その豊かさゆえに、本当に大切なものが見えなくなってしまっている。

いつの時代も子を思う母の気持ちは変わらないはず。だが今の社会を見ると、何かが違うと思わざるを得ない。

それにしても、母とはいいものだ。死んでからも、故郷となって子どもを包むことができるなんて…。

子育ては、決して楽な道じゃない。だからこそ、子どもたちの心にずっと、母は生きる。

私もいつか、娘たちの故郷になれるのだろうか。

(藤本裕子)

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