八面六臂 藤本裕子の辛口エッセー
もしも、私が…
久しぶりにおかしかった。最近、末娘とウォーキングをしている。健康のためというより、ストレス解消みたいなもの。というのも、「今日は仕事どうだった?」という娘の言葉に、「聞いてよ」「マジ感動した」「許せないよ〜」と、仕事で出会った人のこと、会社で起きたトラブル、悩んでいること、頭にきたことなどをしきりに話しながら歩く。怒っているときほど歩くのが速いのは、原稿書きと一緒。
そのおかげで、娘は私以上に会社のことを知っている(だから、絶対にトランタンの仕事をしないという)。
先日も「今日は新入社員の面接だ」と言うと、「ちゃんと化粧をしなさい」「すぐに相手を信用しないように」「ダメならすぐに断ること」「採用の基準を明確にね」「お母さんになったらダメだよ」…。まるで会社の取締役のように冷静沈着に判断する。それでも私がそうできないことを知っているから、裏切られたときのことまでイメージする。
そんな話で盛り上がっている最中に、「お母さんは、好きな仕事をしているからいいね」と娘。思わず「えっ?」と。私は今の仕事を好きでやっているのかな…。なぜか「うん」と素直にうなずけない私。文章を書いたり編集をしたり、これが私の好きなことかといえば、正直なところ疑問。なのに、なぜやっているの? 好きでもない仕事をここまでやれるのか。「やっぱり好きなんだよ」と娘。いや、今の本音は、「できれば、孫とのんびりしていたい」。
そんな話をしているうちに「もし、お母さんが別の職業人だったら?」という話になった。娘は、まるでストーリーを描くかのようにスラスラ語った。
警察官だったら…犯罪の裏はまず見抜けない。悪人と闘う前に署内の警察官と闘い、即刻クビ。先生だったら…校長とけんかして、またまたクビ。看護師だったら…いくら気をつけても間違って注射し、患者が心配で夜も眠れない。弁護士だったら…依頼人が嘘をついたら弁護できない。飲食店だったら…みんなにタダで食べさせてしまう。これでは、どの職業もやれないということだ。
つまり、トランタン新聞社の仕事を17年間も続けてこられたのは、これしかやれるものがなかったということ。娘はそう語りながら、妙に納得していた。私はほめてもらっているのか、けなされているのか、よくわからない。だが、そのとき、ひらめいた。
「そうだ! 私はなぜトランタンの仕事をしているかを考えるために、この仕事をしているのだ」と。そのひらめきには、さほど反応を示さなかった娘だが、私自身は、妙に納得していた。
そして、もうひとつ。やっぱりお母さんになるために、この仕事をしているのだと…。







