八面六臂 藤本裕子の辛口エッセー
老夫婦心中「孤独」の果てに
ある新聞記事の見出しだ。
福井県のある町で、老夫婦が元火葬場の焼却炉で焼身自殺をしたという記事だった。新聞では、2人は身寄り(子ども)がなく、近所づきあいも苦手。さらに数年前から妻が認知症(痴呆症)になり、夫がその妻をつきっきりで看病していた。そして、2人が火葬場という異例の場で実行した心中の背景には、老夫婦の「孤独な現実」があったと記されていた。
いつもなら、ただ「かわいそうに」と少し気に留めるだけの私だが、なぜか心にひっかかるものがあった。
身寄りがない、近所づきあいがない、認知症…。「孤独」を証明するかのごとく、並べられた情報の数々。どこかの劇場でそのままシナリオになるストーリーだ。だが、この老夫婦は、本当に孤独の果てに死を選んだと決めつけてよいのだろうか。疑問が残った…。
タイトルをつけた記者は、どこまで夫婦のことをわかっていたのだろう。確かに「孤独」の小道具はそろっている。しかし、それだけで、80歳の夫と82歳の妻という老夫婦の人生のシナリオを、会ったこともないひとりの記者が、描いてよいものだろうか。ジャーナリストとして、この老夫婦の声をちゃんと聞いたのか。死人に口なしとは、よく言ったものだが、真実を書くべきジャーナリストは、どこにいるのだろう。
前夜、夫は全財産を市役所に寄付し、処分を依頼する遺言書を郵送していた。それは、約1年前に作成されたものだという。自分の人生の最後をきちんと覚悟していた。
また、老夫婦は、車から大音量でクラシック音楽を流し、ともに焼却炉に入っていったという。それが事実であれば、彼らは自分たちの最後のステージを、ずっと前から描き、エンディングソングまでも用意していたことになる。
私には、この老夫婦は、人生最後のエンディングロードを、微笑みながら2人で手をつなぎ、「もう、十分生きたよね」と語りながら歩いている姿が見えた…。
人生の最後くらい、自分で決めたいもの。私も、そんなことを考える歳になったかと思うと、歳をとるのも悪くないなと思えた。
あの世から、「あなたもおせっかいな人ね」という老夫婦の声が、聞こえた。







