八面六臂 藤本裕子の辛口エッセー
母の死が残してくれたもの
先日、義母が他界した。最後に見た棺の中に横たわる 母の体は、7人の子どもを産み育てたとは思えない ほど小さかった。大き過ぎる棺にちょこんと小さな母。 大好きだった花で埋め尽くしてあげようとしたが、どんなに花を入れても棺がいっぱいにならない。悲しい 気持ちより、母の偉大なる力に涙が出た。95歳の生涯 を全うしたひとりの人間がここにいる。長い人生には たくさんのドラマがあったに違いない。その話を私た ちは聞いてきたのだろうか。もう母の声はない。
和歌山の龍神という山奥で育ち、両親は百姓だった。田舎育ちというのに女学生時代を東京で過ごし、教師になった。ハイカラさんだった。その後、教師だった父と出会い、母となるが、母の人生の大半は「子育て」 だったに違いない。貧乏だったが、父には愚痴ひとつ 言わずに働き、どの子にも最高の教育を受けさせた。
息子、娘たちはそれぞれ独立して幸せになり、夫婦で安泰な余生を楽しんでいた矢先に夫に先立たれ、ひとり和歌山の田舎で先祖の墓を守っていた母。嫁の私は母から学ぶことばかりだった。不思議なことだが、母がわが家を訪れると、決まっていいことがあった。 母に守られていることを、感じずにはいられなかった。
母の告別式は、家族と母を慕っていた人たちに囲まれてしめやかに行われたが、ひとつだけ私の心に「気になる」ことがあった。長男が母との最後のお別れに 来なかったからだ。長男は母が体調を崩したころから、言動が変わったという。
告別式の日に聞いた話では、義兄には母にかわいが られなかったトラウマがあるのだという。社会人とし ても立派な義兄、私には衝撃的な言葉だった。周りは その義兄を、長男なのに、60歳にもなる大人なのにと 批判したが、私はそうは思えなかった。義兄はきっと 母が大好きだったに違いない。だからこそ常識では考 えられないことが起きたのかも。何ひとつ問題のない 藤本家に起こった不可解な謎は、もしかしたら、母が 藤本家のすべての子どもたちに残してくれた大切な財 産なのかもしれない。
家族って何? 親とは何? そして、生きるとは? 告別式を終え、母の住んでいた家を久々に訪れた次女 が一言。「おばあちゃんの家って、こんなに小さかった っけ」と…。この家は、母の生きてきたステージだ。 でも、母のステージは、こんなに狭いんじゃないよと、 娘たちにどう伝えられるのだろうか。
今度は、私が娘たちに伝える番。残りの人生で何を 伝えられるのだろう。来年、梅の花が咲くころに、娘 たちと母を訪れよう。







