八面六臂 藤本裕子の辛口エッセー
晴れない心
誰も自分の価値観など持っていない。テレビやマスコミの価値観、それが自分の価値観だと信じている。 長く刷り込まれた常識は、滅多なことでは剥がれない。ただ当たり前に、何の矛盾も感じず、疑問のひとつも持たずに受け止めるだけ。「何かがおかしい」とは思っても、自分で価値観をつくるという発想など、起こりようもない。いったい、自分ってどこにあるのだろう?
人と話すとき、顔では笑っていても、心で「違うだろ」と叫んでいる私。こんな自分でいいのだろうか。だんだん人間不信になってくる。消化不良の毎日。もがく自分をなぐさめたくて、あきらめが肝心と書いてある本を読んだ。それでも、私の心は晴れない。
そんなとき、パズルのように、私の心にピタッとハマった話。ある母親が、11歳になる息子からこんな風に言われたという。
「先生は、1時間目の社会の授業では、機械が進歩してハイテク技術になり、世の中はどんどん良くなっていくという話をし、2時間目の国語の授業では、人の便利な生活によって、自然がこわされていくという話をするんだよ」と。
相反する話に矛盾を感じずにいられなかった彼は、「社会と国語がけんかしているみたいで、いやなんだよ」と言った。
11歳の君の心は美しい。その言葉は君だけのもの。そんな感性を大切にしたい。
いつからだろう。私たちが、すべてのことを常識で判断し、心で考えなくなったのは…。
おかしいことを「おかしい」と言わなくなったのはいつなのか。そしてとうとう、おかしいということすら、気づかなくなってしまった私たち…。
型通りの挨拶やつくり笑顔を交わしても、心がなければ気持ちわるい。世の中みんな白でもなく黒でもなく、グレーなことだらけ。なまぬるさやしょっぱさを感じても、顔をゆがめることもない。
気づいたら、もう何も書けない自分。書くことが、話すことが全部ウソのような気がしてくる…。15年も新聞をつくり続けてきて、今さらこんな自分と出会うなんて…。心はちっとも晴れない。
でも、言いたい。11歳の君は正しいよって。







