八面六臂 藤本裕子の辛口エッセー

八面六臂 藤本裕子の辛口エッセー

LIVE LIFE 2004年10月号

行動する秋は、愛と出会い、海へと広がった

▼考える秋から、行動する秋へ…。たくさん考えてたくさん悩んだ。次は行動だと、とにかく動いてみた。声をかけていただいたものにはできるだけ顔を出し、気になったら連絡をして会いに行く。とにかくアクションしてみた。すると、今までとは違う出会いが…。

▼久しぶりに届いた一本のメール。懐かしいメールの主は、数年前、人間とは何かを考えるために、突然企業のトップを辞めて放浪の旅に出た中村宜睦氏。「ラフランスの会」と名乗りだしたから、「ラフランスの会」って何?と聞くと、西洋梨=用無しという意味だって。なるほど、今の社会には用のない人材に、あえてなろうという人たちか。数年後に再会した中ちゃんの顔からは、かつてのシャープさは消えていた。早速、彼に付けたあだ名は、「マヌケな中ちゃん」。それほど、中ちゃんはとんでもなくマヌケで幸せそうだった。人間らしい素敵な笑顔。その中ちゃんが紹介してくれた女性が、世界を舞台に活躍している歌手のスーザン・オズボーンさん。(ビーボラビータ11月号の対談を読んでください)「ヒーリングの女王」と呼ばれる彼女の歌声はとても素晴らしい。前号の『リブライフ』で紹介したスーザンさんの記事を読んでくれた藤田完二氏は、ずいぶん前にスーザンさんに感動したひとりだと連絡をくれた。そのつながりにびっくり! 藤田氏は、トランタン新聞社が「家庭保育園」という保育事業をしていたときにご指導いただき、『月刊お母さん業界新聞』では「お母さんのための相談室・完ちゃんのメンターネット」というコーナーで連載も。偶然のつながりに驚いた。

▼この夏の終わりに、大きな出会いがあった。私に「愛」というテーマを教えてくれた人、パッチ・アダムス氏。ロビン・ウィリアムズが主役を演じた映画『パッチ・アダムス』本人である。パッチ氏との出会いは、トランタン新聞社に届いた一枚のプレスリリース。紙面に掲載したきっかけから、対談の話が出て、彼の本を読んだ。息もつかずに一気に読み終えると、すぐさま神戸に行く準備をした。神戸にパッチが来る。3日間も密着取材をしたのは、トランタン新聞社始まって以来のこと。最終日、大阪の教育情報誌『ビーボラビータ』での対談が予定されていた。当日の朝、スケジュール上のトラブルがあり、予定していた私との対談はキャンセルに。対談は実現しなかったが、パッチ氏と出会えたことだけで満足できた。またいつか必ず会える。別れ際のパッチ氏の熱いハグに「仲間」の予感が。医者であり、クラウン(道化師)であり、詩人であり、そして人間であるパッチ氏。必ず彼に会える日が来る。分刻みのスケジュールの中で、私とパッチ氏が2人になれる時間を必死でつくってくれた、企画プロデューサーの高田佳子さんに感謝したい。最高の夏だった。ありがとう。

▼ひとりの母親との出会い。彼女の子どもは障害を持っている。私はその母親のことが以前から気になっていた。いつか彼女とゆっくり話したいと思っていたとき、先方から会いたいという連絡をいただいた。その偶然に驚いた。彼女は、障害者たちが自分らしく生きる社会をつくりたいと本気で考えている。彼女が素晴らしいのは、障害者であるわが子を心から誇りに思っていること。その生き方の素晴らしさ、その熱いメッセージに心が感じた。ひとりの母親として、ひとりの人間として、障害があるなしではなく、未来の子どもたちのために一緒に夢を語り合った。

▼ひとりの母親からの電話。私の本を読んで、いてもたってもいられなくなったという彼女。その思いは行動となり、私の講演会を企画してくれることに。詳しくは、中面の特集記事に。彼女のように、講演会を企画してくれた人はほかにもいた。何でもいい。自分がやりたいことがあれば、行動すれば必ず結果が出る。考えたら、できない口実は山ほどある。とくに子育て中の母親たちは「子どもがいるからできない」が専売特許。一歩踏み出せば、どれほどの出会いがあるかわからないのに。高砂市の磯部久美子さんは、今まさに、それを実証してくれている。資金獲得を行政にかけ合ったり、フリマを開催したり。絶版になっている私の本をインターネットで探し集めているなんて。自分のことで恐縮だが、つくづく、すごいことだと感心する。彼女自身も汗をかきながら、その汗がたくさんの出会いにつながっていることに驚くだろう。彼女の行動こそ、私の講演会よりも何倍もの価値に値する。それが、どれだけたくさんのお母さんたちに勇気を与えることか。彼女の思いや行動力を評価しつつも「もし集客が厳しかったら、講演会の会場の部屋を小さくしてもいいですよ」と言う行政(主催者)。何としても講演会を満席にすると、心に誓った。藤本では、高砂市に100人の母親を集めるのは大変だ。私もそんなときがあった。お母さんたちのイベントなんて大したことない、と期待もされなかった日もある。悔しかった。根性で満席にしたイベントも数知れず。無理もしたが、感動も大きかった。私は、彼女の勇気に拍手を贈るために高砂市に行く。初めて行く高砂市はどんな街だろう。どんな人たちがいるのだろう。待っていてくれる人がいることがうれしい。関西圏の人には、ぜひ応援に来てほしい。同じ子育てをしている仲間のために。『リブライフ』読者の集いもやれたら、と思う。

▼ベルリンの青木淑子さん。彼女と出会って10年が経つ。先日、久しぶりに届いたメールに書いてあったヴィム・ヴェンダース氏のことがなぜか気になった。映画に詳しくない私は、ヴェンダース氏のことすら知らないのに…。でも、青木さんのメールから伝わるヴェンダース氏への思いに何かを感じる。心が騒ぐ。力もないが、私にも何かをやらせてほしいと返事した。ヴェンダース氏のイベントを日本で実現するには、半端なお金ではすまされない。今のトランタン新聞社のレベルではない。でも、何かをしたい。そんな自分がいた。それなら、まず、この『リブライフ』で読者に伝えてみよう。小さな新聞でもたくさんの出会いはあると、ベルリンの青木さんに原稿依頼をした。ベルリンの秋、素敵だろうな…。いつか行きたい。大切な友だちがいる街、ベルリン。入稿を終えたら、ヴェンダース氏の映画を観よう。皆さんも、ぜひ。

▼数日前、飯田史彦氏の著『生きがいの創造』に出会った。ベストセラーだが、読んだことがなかった。本紙連載中の池川明氏(池川クリニック医院長)のコーナー(先月号)にも氏のことが書いてあり、気にはなっていた。数日後、横浜の医師会から飯田氏の講演会のプレスリリースが編集部に届いた。すぐに書店で同本を購入。本を開いた瞬間に目に入ったのは「ムネオ・ジェイ・ヨシカワ」という名前。思わず、叫んだ。その人と、数日前に会って話したばかりだった。『リブライフ』読者はこれまでの紙面でご存知と思うが、ハワイ大学名誉教授の吉川宗男氏。『生きがいの創造』の冒頭では、吉川氏が「発刊に寄せて」を書いていた。今まで何度もお会いしているが、それについては一言も聞いていない…。吉川氏とは、ドリプラの子どもたちに感動した仲間同士。国際メンターシップ協会名誉会長だ。ドリプラ以外の氏との共通項は、氷川丸。18歳のとき、単身でアメリカに夢を抱いて渡った吉川氏。舞台はもちろんこの横浜、そして船。この氷川丸も、当時シアトルと横浜を航海していた。氷川丸に来ると昔を思い出すという吉川氏。そんな縁があるとは知らず、私の心をドキドキさせ始めた飯田氏。たぶん私は、いつかこの人と出会うと思う。飯田市も吉川氏も、実は池川先生の友人だ。人のつながりは偶然ではない。

▼世界じゅうの人たちを震かんさせたアメリカの同時多発テロ。テレビはどのチャンネルも同じ。人々は何度も繰り返し悪夢を見せつけられていた。パッチは、そのときすぐにアメリカのテレビ局CNNに抗議の電話を入れたという。「私はパッチだが、人々に愛を伝える報道をしてほしい」。すると相手は、「今、誰もそんなことに興味はない」と、パッチの言葉には耳も傾けなかった。パッチはテレビ局に反論した。そんなことはない。「愛」について、アメリカ市民のひとりでもあるこの「私」が興味を持っている。それだけでなく、私の回りの人々は誰も戦争に興味を持っていない、と。視聴率がすべてのテレビ局には、パッチの声は届かない。利己主義と欲だらけの人間の戦いの犠牲になるのは、いつも守るべき存在の子どもたち。「愛」があれば、戦争など起こらない。報道とは何かを考えたとき、目をそむけたくなる事件ばかりではなく、人の心がつながるような記事を書くべきだとパッチは言う。「すべてはマスコミが悪いのだ。君たちは、自分の仕事を恥じたまえ」と、神戸の記者会見の席で語ったパッチの顔は、おどけた道化師ではなく、眼光鋭く、丘に立つライオンのようだった。パッチの社会への「怒り」は、彼の心の中で生き続け、そして「愛」に生まれ変わった。30年以上の活動があって、ようやく彼の「夢の病院」が実現した。それだけではない。彼が伝えてきた「愛の戦略」は、すでに世界じゅうに広がっている。まだ私は15年…。何もカタチになっていない。

▼パッチが必要としている新聞がここにある。この新聞で伝えていこう。人が生きていく上で大切な「愛」。この『リブライフ』があれば、世界じゅうに人々の「愛」を伝えられる。この新聞をつくり続けていけば必ず出会いがある。まだまだ小さな新聞だが、こんなにたくさんの出会いがあることを、世界じゅうの人たちに伝えていこう。私がこの『リブライフ』で生きているように、これからの時代を生きる若者たちにも伝えたい。みんなつながっている。世界につながっている。

▼『リブライフ』をつくるきっかけをくれた、沖縄の『ドリームプラネット』の子どもたち、そして会長のマキノ正幸氏。彼らとの出会いがなかったら、今の私はいない。本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。ドリプラの子どもたちは毎日を一生懸命に生きている。悩んだり、苦しんだりすることもあるだろう。でも、あそこには確かな「愛」ある。いつかドリプラの子どもたちは、世界に向けて夢を広げていくだろう。大切な仲間たち。ずっと心はつなげていたい。トランタン新聞社は、新しい価値を伝えていくメディアとして、この『リブライフ』を広げていく。たとえばそれは海のように。世界じゅうの人々につながっている「海」。私は、そんな海になりたい。密かに『海になりたいプロジェクト』を立ち上げた。「海」という字の中にある「母」…。今までの子育観が私の中で大きく変わった。本気で子どもを育てる母親たちに伝えていきたい。世界じゅうのすべての母親たちが、あの海のようになる日がくる。 そんなことを考えていたら、数日前、長女のお腹に新しい命が誕生していることがわかった。新しい価値の風とともにやってきた小さな命。孫とはいいたくないけど(笑)、みんなで新しい価値を産もう。母のように…。????
(藤本裕子)

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